第04話 仲間外れの宇宙人

 放課後。

 今日も花壇で朝倉さんと花を育成していた。

 中学時代の自分を振り返れば、女の子とこんなことをしているなんて、まず考えられないこと。

 正直、煩わしい。

 他人と関わるだけで息苦しさをおぼえる。

 だけど、それ以外の温かな感情も仄かにある。

 それを完全に否定するのは難しい。

 なんだろう、これは。

 言葉で表現できない何かが、胸中で渦巻いている。

「発芽してから、結構育ってきたわね」

 さらりとした長い髪の毛を耳にかけながら、朝倉さんは話しかけてくる。

 彼女の輝きは今日も一点の曇りなどない。

 こうして二人きりでいるのは、かなりの月日が経っているというのに、話しかけられるのに慣れない。

 むしろ、ずっと傍にいつづけるせいで、自分の中での彼女の存在が日に日に増加しているぐらいだ。

「あ、ああ。この調子ながら夏にはひまわりの花が咲くかも……。初心者でも比較的簡単らしいし」

 植えるものは、ひまわりにした。

 正直、ひまわりはあまり好きじゃない。

 まるで太陽みたいな花で、自己主張が激しい。

 だが、たまには自分らしくないものを植えようと思った。

 変な植物を植えたら朝倉さんになんて言われるか分かったものではない。

「あなたって、結局部活は入ってないの?」

「うん。入ってない」

「そうなんだ」

「…………」

 当たり前のことだが、朝倉さんは毎日ここに来るわけではない。

 一週間に、一、二度ぐらいのもの。

 朝倉さんも確か部活動に所属してはいないが、傍から見ている忙しそうだ。

 クラスのみんなの相談役といった感じで、みんなの困ったことに手を貸すのをよくみる。

 人間関係が広ければ広いほど、それだけ時間を割かれる。

 その割かれる時間が朝倉さんは多すぎて、どうやって情報処理しているのか疑問だ。

 俺はこうやって、たまに朝倉さんと話しているだけで頭がパンクしそうなのに。

「そ、そういえば、涼宮って文芸部に入っ……た……のか? いや、あれ、バニーガール部? じゃない。確か――」

「SOS団?」

「そ、そう、それ、それ」

 なんだかいつもいつも、朝倉さんに話を振ってもらって、こちらは全く面白い話ができない。

 だから、部活動繋がりで、涼宮の話を振ってしまった。

 涼宮のことは大嫌いだ。

 大嫌いなはずなのに、なんだか朝倉さんと会話する時にいつも涼宮の話をしているような気がする。

 なんというか、あいつは話にしやすいのだ。

 いつも何かしらやらかす。

 それも大概他の生徒が起こさないような大事件を。

 この前だって、バニーガール姿で校門前に立ち、その変人たる存在感を明確なものとした。

 校長先生の名前はいえずとも、涼宮ハルヒの名前は校内に轟いた。

 控えめにいっても、あいつは頭がおかしい。

 不思議なことがあればSOS団に! とかそういうことを言っていた気がするが、あまりにもぶっ飛んだことをしすぎて何のために校門前に立っていたのか思い出せない。

 中学時代と同じ、いや、それ以上の奇行。

 なにより、一番の驚きは――涼宮ハルヒに仲間ができたことだ。

 正確なメンバーは把握してはいないが、四、五人ぐらいで活動している。

 SOS団と名乗っている奴らは、何故か文芸部で活動している。

 文芸部の部室なのだから、小説の一つでも大人しく書いていろと言いたい。

 涼宮のことだ。

 無駄な行動力を発揮して、文芸部を乗っ取ったに違いない。

 しかし、誰の入れ知恵だ? あれは。

 孤高の存在である涼宮が、まさか徒党を組むとは全く予想ができなかった。

「なにやってるんだろうな、あいつら?」

「さ、さあ、分からないわ。ある人に訊いたら、涼宮さんの目的は宇宙人や未来人や超能力者と仲良くなって遊ぶ、とか言ってた気がするけど……」

「ある人……? キョンのことか?」

 同じクラスメイトの男子。

 涼宮ハルヒとまともに会話できる数少ない人間の一人。

 本名は知らない。

 というか、本名で呼んでいる奴を聴いたことがない。

 流石に家族からは本名で呼ばれているだろうが、多分、変な奴だ。

 そんな呼び方をされている奴で、しかも涼宮と仲良くできるってことはとびっきりの変人奇人で間違いない。

「そうそう。涼宮さんも初めの頃よりは話をしてくれるようになったけど、彼の方が答えてくれるから」

「そっか……」

 なんか、チクリと針が刺されたみたいに、胸が少しばかり痛む。

 これは、嫉妬なのだろうか。

 朝倉さんは、男女分け隔てなく仲が良い。

 だから、特別な存在などいない。

 そう、分かっていながらも、なんか辛い。

 独占欲?

 彼氏とかならまだしも、朝倉さんはただの他人だ。

 こんなことを想ってしまうのは自分勝手だし、なにより気持ち悪い。

「……なんで、涼宮は宇宙人も仲間に入れたいんだろうな……」

「――どういうこと?」

 なんの気なしに。

 ほとんど独り言だったその呟きに、朝倉さんは硬質な訊き方をしてくる。

 なんだろう。

 気のせいだろうか。

 ごくごくたまに、完璧超人である朝倉さんから何かが見え隠れするものがある。

 誰にだって表裏はあるけれど、朝倉さんの『それ』は、何かとんでもないもののような気さえする。

 彼女の裏側を知ってしまったら、ナイフで一突きにされそうなほどに。

 ……なんて、そんなことはありえない。

 ありえないが、あまりにも非の打ちどころがない人の地が少しでもでると極端に驚く。

 他の人がしたら些細なことでも、朝倉さんがしてしまうと、目立ってしまう。

「いや、そんな、深い考えがあるわけじゃないけど、だって明らかにおかしくないか? 宇宙人だけ」

「そう? 涼宮さんらしいと思うけど」

「確かに、らしいといえばらしいチョイスなんだけど、未来人と超能力者と違って、宇宙人だけ人間じゃないじゃん」

「…………? 人間じゃない?」

「そうそう。こう、うねうねと触手とかが動くやつとか、光線銃もってるサングラスのような目ん玉している貧弱な肉体を持つやつとか、そういうイメージなんだよな、宇宙人だけ。人間とは、決して仲良くなれないような、そんな感じがする」

「…………」

「ほら、映画とかだとさ、宇宙人の目的って地球侵略が多くないか? グロテスクなエイリアンとかもいるし。そういう宇宙人と仲良くしようだなんて、やっぱり涼宮はおかし――」

「ごめんなさい」

「えっ?」

 朝倉さんはそういうと、素早く踵を返す。

「私、用事があるからこれで……」

「えっ? でも、来たばっかりで――」

「待ち合わせしてるから。――それじゃ」

 有無を言わせず、どこかに行く。

 何か失礼なことを言ってしまったのか。

 洋画ファンだとか? 宇宙人好きとか? 一応、謝った方がいいだろうか。

 テンパり過ぎて、とにかく話し続けようとしていた。

 朝倉さんがどんな顔をしているかも気にせずに、宇宙人を否定してしまった。

 もし、好きなことを否定されたら誰だって怒るだろう。

 やっぱり、謝った方がいい。

 だが、必死になって謝るって、なんか、逆にキモイと思われないだろうか。

 でも……やっぱり、追いかけた方がいいはずだ。

 明日になってクラスで会ったら気まずい。

 今のうちに一言、ごめん! とすぐに謝れば、きっと朝倉さんなら許してくれる。

 だから、走って朝倉さんのことを追いかけた。

 後悔しないために。

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