第05話 たった一人の文芸部員

 朝倉さんがどこにもいない。

 廊下を走って教室の前まで来たが、それらしい人影がなかった。

 だとすると、もう、教室しかない。

 そう思ってドアに手を掛けたのに、

「ドアが、開かない。鍵がかかっている?」

 教室の鍵をかけるには、あまりに早い時間。

 まだ学校には残っている生徒が大勢いる。

 なのに、いつの間にかこの教室にだけ鍵がかかっていた。

 ここに来る前に、他の教室も一応探してみたが、普通に鍵は開いていた。

 なんだろう。

 とても嫌な予感がする。

 この教室に朝倉さんが閉じ込められているような気さえしてきた。

「誰か、いますか!!」

 ドン、ドン、ドン!! とドアを何度か強めに叩くが、びくともしない。

 反応などない。

 誰も人などいない。

 人の気配なんてない。

 だけど、誰かがいる気がする。

 朝倉さんがいる。

「…………くそっ」

 気持ち悪すぎる。

 何分教室の前にいただろうか。

 そんなスピリチュアルな感性持ち合わせてなんていない。

 教室の女子達が、私霊感あるんだ~、とか心底どうでもいいほら話を話していた時には、本気で虫唾が走ったものだ。

 それなのに、今の自分はなんだ。

 あいつら以下だ。

 まるでストーカーのように朝倉さんをつけ回し、そして誰もいないはずの教室でここには彼女がいる! と思い込んでいる。

「帰ろう……」

 だって、どうしようもない。

 どうせまた明日会えるのだから、その時朝倉さんと話してみよう。

 教室ではみんなの眼があるから話せないが、どうしよう。

 また、花壇に来てくるとは限らない。

 呼び出してみるか。

 直接話しかけるのは無理でも、手紙ならどうだろう。

 靴箱に手紙を置いておいて、それでひと気のない場所に呼び出す。

 ……なんだか、ラブレターみたいで勘違いされそうだが、それが一番自分にとってやりやすい。

「おっ!」

 俯きながら早歩きしていると、誰かから声を掛けられる。

 返事をすることができずに通り過ぎてしまって、無視してしまった。

 多分、俺のことを見て話しかけてきてくれたのだろう。

 だが、今更こちらから挨拶したら、なんだこいつ? と思われてしまうだろう。

 本当に無視してしまうことになってしまうが、足早に立ち去る。

 顔を上げると、そいつは顔見知りだった。

 教室で、ハルヒの次にうざい奴だった。

「わ、わ、わ、わっすれものー、忘れ物ー」

 流行の歌か、自作の歌かは分からないが、谷口は歌いながら教室の方向へ向かっていく。

 どうやら、あまり気にしていないようだ。

 忘れ物をしたのだろうか。

 教室に向かっているのなら、施錠されて入れないだろう。

 挨拶よりもいうべきことだが、もう無理だ。

 時間が経てばたつほど、こういうのは言えなくなってしまう。

 谷口のことは忘却の彼方に投擲して、外へ出る。

 朝倉さんも見つからなかったし、自分の作った花壇でもみて癒されよう。

 そう思っていたのに――

「なっ――」

 言葉を失ってしまった。

 どうして、こんなことになっているのか。

 ここを離れて、そこまで時間は経っていないはず。

 少なくとも、放課後までは健在だった。

 立派とはいかずとも、希望の芽は芽吹いていた。

 それなのに――


 花壇は見るも無残な姿となって荒らされていた。


 土は掘り起こされている。

 草の根は念入りに、切り刻まれていた。

「誰が……こんなことを……」

 野犬の類の仕業なのか。

 それにしてはこの短期間で、いくらなんでも荒れ過ぎだ。

 それに根の切り口が、ちぎられているというより、切られているように見える。

 スコップで土を掘り返したあと、そのまま切ったかのような切り口。

 まっすぐではなく、に妙に曲がった切り口なのだ。

 だとしたら、人為的なもの。

 ただのいたずらで、ここまで花壇を荒らすなどありえない。

 怨恨の線が濃厚。

 だが、ありえるのか。

 極端に人嫌いで、とにかく誰とも関わろうとしていなかった。

 なのに、誰かに嫌われるなどありえない。

 誰かに好かれることはないのと同時に、嫌われることもない。

 それがボッチの特権だったのではないのか。

「…………あ」

 一つの可能性が脳裏に浮かぶ。

 ここに花壇があることを知っていて、それでいて少しでも自分と関わりがある人物。

 そんなの一人しかいない。

 朝倉さんだ。

 でも、なんで。

 そんなこと、ありえない。

 あの人は、優等生だ。

 朝倉さんがこんなことするとは思えない。

 性格は完璧だ。

 周りからの信頼もある。

 それなのに、どうしてこんなことする必要が――


 ザッ、と背後から足音が聴こえる。


 背筋が凍りつく。

 どうしてだろう。

 ただ誰かの足音が聴こえただけなのに。

 誰かがこちらに近づく音がするというだけなのに、まるで死神にでも後ろに立たれたかのような……そんな絶望感がまとわりつく。

 振り返りたくない。

 だけど、このまま怯えながらいたら、精神が崩壊しそうだ。

 戦々恐々としながら後ろを振り返る。

 そこで目にしたのは――光。

 何色にも混ざり合ったその後光に、眼が潰れてしまいそうだ。

 この光、憶えがある。

 朝倉さんを眼にした時のような光。

 だけど、彼女ではない。

 彼女とは比較にならないような、希薄な存在。

 まるで蜃気楼のような存在感なのに、何かがおかしい。

 眼前に立っている大人しそうな顔をした女生徒というよりは、その背後にある何か。

 まるで守護霊のようなものが、とてつもない光を放っているように見える。

 朝倉さんとは姿がまるで違うのに、朝倉さんにとても似ているような気がする。

 そうして惚けていると――


 後頭部にとてつもない衝撃を受ける。


「あがっ――」

 ――攻撃!? 

 いや、ありえない。 

 彼女は目の前に立っていて、そして何もしてない。

 だけど、どうして、後ろから攻撃が?

 まるで殴られたみたいに痛い。

 そして、思い出す。

 彼女のことを。

 会話などしたことはない。

 だが、有名人の一人だ。

 彼女は、いつも眼鏡を掛けていた。

 たった一人の文芸部員。

 だけど、今はSOS団とかいう、訳の分からない組織に属する頭のおかしい集団の一人。

 長門有希だ。

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