春の襲撃編 12

 ●●●


 二刀流綺瞳は《与えられし名》である二刀流家の次女だ。ではなぜ《劣等生》としているのか。

 二刀流家は《与えられし名》の中でも別格の存在だ。二刀流家は『想力分子』の優劣によって与えられたわけではない。どちらかといえば、二刀流家は劣等生。しかし、二刀流家は日本にとって欠かせない存在。


 ――日本の情報庫。


 そう呼ばれている。

『日本の情報が知りたければ二刀流家に聞け』という言葉があるぐらいだ。情報収集能力が凄まじく、1日あれば知りたいことはなんでもわかるぐらいだ。二刀流家は日本国内の情報ならいくらでも持っているし、日本の機密情報だって持っている。しかし、その情報は盗まれることはない。いや、できない。この二刀流家の裏にはあの・・《与えられし名》がいるから。


 しかし、二刀流家は表向きには『周りの《与えられし名》達には劣り、《剣魔士》としても劣るが、私達の本当の力は国を揺るがす』と言い張っている。まぁ嘘をついているわけではないが。

 《劣等生》のくせに《与えられし名》とか名乗るな、と一般人・・・に罵られているため、無視や差別されることが多い。だが二刀流家はそれはしょうがないと我慢している。


 当然、綺瞳もそうだった。昨日、入学式の日なんて誰も喋り掛けてくれなかったし目も合わせてくれなかった。同じクラスの女子に陰口を言われているのはわかっているのだが、男子なんて聞こえるような声で喋る。正直、あまり心地よくはない。

 だが、彼だけは違った。二刀流家の事を知らないのかわからないが、悪口を言うわけでもなく差別するわけでもなく喋ってくれた。小学校から同じで――


「おはよう綺瞳」


 ――初恋&現在進行形で『好き』な相手、刈星蒼翔――

 自分の席で妄想していた時に急に挨拶をされたが動揺はしない。先程までこういうシチュエーションの妄想をしていたからだ。


「おはよう蒼翔君!」


 その満面の笑みはまさしく『天使』。

 ――この人の為の笑顔なんだから。


「今日も元気いっぱいだな」

「うん!蒼翔君はいつも暗そうだけど」

「いや、これが普通なんだが……」


 蒼翔はいつもこんな感じだ。自分では明るいつもりでも、相手から見たら暗い。あまり第一印象が良くないと言われている為、必死に頑張ってはいるのだが。前なんて頑張ったのに「気持ち悪いからやめて」と言われた程。正直どうすればいいかなんてわからない。

 綺瞳は思わず「フフッ」と笑ってしまった。


「……珍しい武器だね」

「ん?これか?」


 綺瞳は座って蒼翔は立っていた為普通ならば見えるはずだが、綺瞳は蒼翔の顔しか見ていなかったので今笑ったのが初めて蒼翔の下半身を見ることになる。

 蒼翔の腰にぶら下がっている『剣』をマジマジと見つめる。


 現在の日本は武器の携帯を認められている。国民の半分ぐらいしか持っていないが、主にスタンガン等の護身用だ。銃などを持っている人は少ない。この考えは昔から同じで、『銃』を持っていても良い事は何も無い。アメリカなどは昔から許可されているらしく、それに伴うリスクも知っている。アメリカは毎年のように、その持っていた銃が暴発して家族が死んだとか、小さい子供がおもちゃのように遊んでいて死んでしまったりだとか、いい話を聞かない。それが200年先にまで日本国民の考えが残っている。


 綺瞳が珍しいと言ったのは武器そのものではなく、持っている武器が珍しいということだ。

『剣』を持ち歩く者など江戸時代の頃でしかない。


 この時代の戦い方は、『剣』であり『魔法』である。

『剣』を使っての接近戦。

『魔法』を使っての遠距離戦・近距離戦。

 遠近両方使い勝手のある『魔法』の方が使える。だが、殺傷能力のある『魔法』を使えるのは《剣魔士》全体の4分の1も満たない。それよりも確実に殺れる『剣』の方がいい。

 どちらにせよ『想力分子』を使うのだが。だからこそ、保有している『想力分子』全てを『剣』に注ぎ込み、進化させた方が遥かにいい。

 かの世界最強の《剣魔士》である刀塚玄翔は『魔法』ではなく『剣』使い。

 遠距離戦・接近戦――両方を『剣』を使って戦えるのは彼だけだろう。


『想力分子』で剣は作れるのに、何故わざわざ持ち運びの邪魔になるのに持っているのかと疑問に思うのは普通の反応だ。


「自分はこの剣しか使えないんだ。いや、他の剣も使えるが、この剣でないと本来の力を発揮できない。これは先祖代々受け継がれているものなんだ」

「へぇ〜なら『魔法』使えばいいんじゃないの?蒼翔君なら《与えられし名》に匹敵する『魔法』使えると思うけど」

「自分には無理だよ。ましてや《与えられし名》に匹敵する『魔法』なんて使おうとも思わないよ。揉み消されるのがオチだ」

「うわぁ意外と考えてる事コワーイ」

「自分でもそう思う」


 2人で「アハハ」と笑う。

 蒼翔だって健全な男の子だ。こうして初恋の相手と喋っているのは少々照れてしまう。


「……そういえばなんで自分のことを『自分』って呼んでるの?」


 通常、「俺」「僕」「我」「拙者」「俺様」とか(最後の方は気持ち悪いが)なのだが、蒼翔はずっと「自分」と呼んでいる。あとがどんなにタメ口だろうと、少し距離があるように感じてしまう。綺瞳は蒼翔ともっと距離を縮めたいのでできればやめて欲しいのだが。


「『俺』の方がいいなら変えるが」

(!?)


「いいチャンス!」と綺瞳は思った。


「じゃあ私と話すだけ・・、『俺』ね!」

「わかった」


 蒼翔と綺瞳の距離は少し縮まった。

 ――まるで恋人同士のように。


 ●●●

 蒼翔は朝からあまりいい気分ではなかった。

 今日は生徒会全員を相手に模擬戦をしなければいけないからだ。正直、負ける気はしない。いや、負けない。負けてはならない。

 昨日遼光にこのことを言ったら「勝ってきて《与えられし名》のメンツを潰すのよ!」と言われた。怖いです遼光さん。だから負けてられないのだ。それに、緋里の為にも。


 重い足取りで教室に入ると1番最初に目に入ったのは、1人孤立している二刀流綺瞳の姿。そして、周りでガヤガヤしているクラスメート。

 理由はわかっている。綺瞳があの二刀流家の娘だからだ。

 周りのクラスメートの気持ちもわかる。

 しかしクラスメートの味方になるつもりはない。ましてや綺瞳を無視することもできない。

 自分の身を削ってでもいい。


 蒼翔が話し掛けると思ったより元気にみせていた。余程無理しているのだろう。だがそれを口にする程蒼翔は無神経ではない。

 思った以上に周りのクラスメートの目線が痛い。聞こえてくるのは、

「何あいつ喋りかけてんだよ」

「いい子ぶるなよ」

「あいつも同じ人間のクズだな」

 怒りが溢れてきた。


(人間のクズ、か……どっちがクズなのだろうか……ただの《劣等生》如きが)


 心の中で毒を吐いていると綺瞳は武器について知りたがってきた。

 これは本当の事を言うべきなのだろうか迷ったが、嘘を付く程度の事でもないし最低限の情報だけ話した。とは言っても武器自体の話はしなかったが。

 と次は呼び方についての指摘。

 正直蒼翔的には慣れているため変えたくはないが。

 綺瞳がそういうのなら変えても問題は無い。

 これからは『俺』と呼ぶことに決めた。


 その後まだ時間がある為喋っていたら唐突にヤンキー(旧)口調で話しかけられた。

 松田光喜だ。


「おい刈星蒼翔と言ったな」

「キャァァァァ!お化けェェェェェェ!」

「はぁ!?」

「ま、まぁ……」


 松田光喜の姿を見て綺瞳が怯えるように叫ぶ。蒼翔も少し苦笑してしまう。

 その姿はまさしくミイラ。ほぼ全身包帯でグルグル巻きにされていた。


(ここまでボロボロにしたか……?)


 いや、していないはずだ。こんな全身ボロボロにはしていないはず。


「誰がお化けだてめぇ!」

「ヒっ……」


 いや、あなたがお化けです、とツッコミをしたくなる程。

 少し怯えているが演技だろう。蒼翔にはそう見える。綺瞳は案外小悪魔なのかもしれない。相当ストレスが溜まっているのだろう。


「それで?何か用か?」

「……」


 前回の事もあり少し警戒しているが。

 このような状態だし(全身包帯巻いているのに)またやってくるとは思わない。

 少し睨み合いになったあと。


「昨日はすまなかった!」

「……」

(え……?)


 意外にも程がある。いや、昨日まで(さっきまで)ナンダトゴルァ!ヤンキーだった奴が一瞬でプライドを捨てて土下座してくるとなったら、我が目を疑うしかない。


「これから一生兄貴について行きやすっ!」


(組長ではないんだが……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る