春の襲撃編 11

 ●●●


 平和とは何だろうか。

 《消える暗殺者》と磯海絃義は『アルサ』の予定通り《剣魔士候補生》の殺戮計画を進めていた。


 絃義には別に問題はないのだが、《消える暗殺者》は先程平和について語っていたが、この殺戮計画はどう見ても平和ではない。


 《消える暗殺者》はその疑問に思っている顔を見逃しはしなかった。


「僕はねぇ絃義君。平和とは争いが無くなるとこではなく、個人の意見が尊重される事だと思っているのだよ。争いなんて無くなるわけがないからね。そんな世の中があったら僕は行ってみたいよ。そんな平和な日本を作る為には、さっきも言ったけど国内を荒れ果てさせればいい。人は追い詰められれば追い詰められる程、本来の力を発揮する。それと同じ原理だ。日本を追い詰めればいいのだよ」


 もう訳がわからない。消える暗殺者は目の前で『アルサ』が盗み出した重要機密の資料に目を通している。相変わらずのお面をつけながら。

 顔の表情が見えない為、機嫌をとるのが難しい。相手はまだ高校生だ。機嫌を損ねたら何をしでかすかわからない。慎重に扱わなければ。


 《消える暗殺者》の正体はわかっていない。国籍もわからない。最初に現れたのは『RC同盟国』。その次に『日本』。だから噂では『RC同盟国』出身ではないかと。


 と資料に目を通し終わったようで、その資料を机の上に置く。


「さぁて早速準備を始めよっか」


 ●●●


 ――《消える暗殺者》。


 その名を蒼翔は聞いたことがある。お福さんのお面を被った小さな少年。その姿を見ずに死に至る、と言われ世界一の暗殺者とも呼ばれている。《消える暗殺者》の名の通り、その姿を見たと思ったらすぐに消えてしまう。まさしく《消える暗殺者きえるあんさつしゃ》。


 今、蒼翔が破壊した《剣魔士特別自衛隊》の基地を直している穂垂と艫伐とバーモンを背に、遼光と緋里と喋っていた。先程まで遼光は怒っていたのだが、ようやく自業自得だと気付いたらしく、今は落ち着いている。


「どう?」

「えぇ最高品です」

「よかったね蒼翔!」

「あぁ」


 どうやら蒼翔だけではなく、緋里も喜んでくれたらしい。それだけでもまぁいいことだ。


 この剣。ただ単に遼光が作った訳ではない。蒼翔の家系に古くからある伝統的な刀。

 名は『灼屑やくず』。江戸時代の刀のような形をしており、銀色に輝いている。遼光が改造してしまったので中身は空洞で『想力分子』がなければ竹も切れない。この伝統的な刀を改造するのは心苦しかったが、今の時代こんなものでは生きていけない。蒼翔は先祖に謝って刀を改造した。

 しかし、この刀は蒼翔にしか反応しない。いくら『想力分子』を注ぎ込んでも微動だにしない。たとえ双子の緋里だとしても。


「急に話変わるけど、呼んだのはこの為だけじゃないのよ」


 遼光、蒼翔、緋里の顔が先程とは一変して《剣魔士特別自衛隊》として、真面目な真剣な顔になる。


「……実は『念擂々』についての新たな情報が手に入ったの」

「それはどういう伝手でしょうか?」

「緋里、それは秘匿なんだよ」

「ムゥ……」

「知りたい気持ちはわかるが……」


 確かにそれは気になるだろう。しかしそれは聞いてはいけない、タブーだ。蒼翔だって知らない。つまり、それ程重要な組織ということだろう。

 ……いくら口を膨らませても教える気は……ないと思う。


「……《|フェイド・アサシン消える暗殺者》との関連が見えてきたの」

「「な……」」


 《消える暗殺者》というその名に、

 双子の記憶の中に眠る、

 怒りと悲しみと憎しみが、

 次々と目を覚ます。


 その怒りが表情となって現れる。


「大丈夫?」


 その表情はかなり酷かったようで。


「すみません、続けてください」

「お願いします」

「えぇ……まだ断定ではないんだけど、『念擂々』が《消える暗殺者》じゃないかと考えているのよ」

「恐縮ですが、それはどこの誰がなぜそのようなことを言っているのか教えて貰っていいでしょうか」


 怒り。


「『念擂々』本人が、よ」

「「……」」

「証拠に、あの・・お面を見せてきたわ。それに、『念擂々』の脱獄の方法がおかしいのよ。『RC同盟国』の牢獄には『想力分子感知機』が付いているのよ。しかし『念擂々』が脱獄した時、反応はなかった。つまり『想力分子』は使っていない。しかし、牢獄には傷1つついていなかったようだし、監視官も殺されてはいなかった。だとしたら『念擂々』はどのように脱獄したのか。……『異能力』しか考えられないわ。しかも、このようにして脱獄できる『異能力』は1つ。『空間』よ。そう、つまり《消える暗殺者》の能力なのよ」

「そんなはずは……もし『念擂々』が《消える暗殺者》だったらそもそも捕まらないはずです!ね!?蒼翔!?」

「いや……もしもこれが考えての行動だったのならわかる。しかしそれだと、なぜ自分から公表したのかわからない……何を考えているのか……わからない……!」


 突如の沈黙の訪れ。

 蒼翔と緋里は様々な感情や情報が混乱して何がなんだかわからなくなっている。


『異能力』。『想力分子』の異常現象によって備わる能力。

 これは遺伝ではない。『病気』という部類に近いものだ。『想力分子』は通常その人の周りにまとわりつき、その人の『想い』に反応して実現化する。しかし『異能力』は、『想力分子』が異常現象によって、『想い』とは別に反応する。つまり、『想力分子』が通常とは違う動き、存在となる。

 その中でも『空間』という『異能力』は別格になる。『空間』は、『想力分子』がその人の体の中に存在し、頭の中で座標・場所(具体的ではないとダメ)を想像するだけで、一瞬で、光の速さで移動できる。言わば『瞬間移動』だ。本当に光の速さで移動するため、攻撃を当てるのはほぼ不可能。


 実は蒼翔も『異能力』者だ。


『念擂々』が《消える暗殺者》だと言うということは、学校に、《優劣剣魔士育成機関学校『第1生』》に《消える暗殺者》がいるということになる。つまり、自分達の近くに、すぐそばにあの悪魔が潜んでいるということになる。


 緋里は恐怖のあまり足が崩れる。


 蒼翔は様々な感情が入り乱れて顔が恐ろしく怖い。


 しかし遼光の表情はいつもと変わらない。


 先程までとは変わり、3人の雰囲気が一気に重くなる。


「つまり……自分の標的は《消える暗殺者》ということですね」

「えぇそうよ。あなたの標的は《消える暗殺者》なのよ?殺さなくて、いいの?」

「は、は、遼光さん……」

「えぇ勿論。みんな・・・の為にも殺さなくてはなりません」

「あ、蒼翔?」

刀塚玄翔とつかけんととしてではなく……刈星蒼翔かりぼしあおととしてね」

「えぇ勿論。自分個人として《消える暗殺者》を、『念擂々』を殺します」


 蒼翔の目には殺意しか見えていなかった。



 2人は帰っても話すことはなかった。


 無言状態のまま、入学初日が終わった。

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