春の襲撃編 13

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 そして悪夢の放課後。

 蒼翔と緋里は生徒会室を訪れていた。流石の生徒会もいきなり戦闘という馬鹿な真似はしない。とは言ってもすぐだと思うが。

 中の雰囲気は既に戦闘モード、というわけではなかった。それ程まで余裕があるのだろう。その余裕がぶち壊された瞬間の顔が見てみたいものだ。


「「失礼します」」

「いらっしゃい」


 悪魔の呼び込みだ。今すぐにでも抜け出したい。

 今回は蒼翔が1歩前で緋里が1歩後ろだ。


「よく来たわね」

「えぇ、自分達が『不正』をしていないことを証明しなければなりませんので。それに、緋里を侮辱されるのは自分にとって我慢出来ないことですので」

「私も蒼翔が侮辱されるのは何よりも怒りを覚えます」

「あらあら。双子ってやっぱり考える事も一緒なのね」


 いや、別にそうではない。双子だからといって同じという理屈は蒼翔達にはない。

 今の時点で侮辱されている、というわけではなく今日の戦闘を断って『不正』とでも拡散されれば、学校中から侮辱される可能性が高いからである。


「いえいえ、これでも私達喧嘩は日常茶飯事ですよ」

「……ま、正直なところあなた達が双子なのかも疑問に思うのよ?」

「『剣採家』なら自分達の個人情報を簡単に調べられるはずです。そして先輩は恐らく昨日調査したんでしょう。ですが残念でしたね、自分達は正真正銘の双子ですよ。養子等の可能性もありません」


 蒼翔は事実を述べただけである。蒼翔と緋里は正真正銘双子だ。誰がなんと言おうとも、たとえ顔がそんなに似ていなくても双子だ。

 愛歩は図星を突かれたような顔をしている。蒼翔は憶測で言ったのだが、まさか本当に調べられていたとは。しかし、どんなに、例え『二刀流家』だろうと蒼翔の正体を掴める者はいない(流浪を除いて)。


「ところで、まだ全員揃っていないようですが」

「あらよく気づいたのね。関心がないようだから1人ぐらい居なくても気付かないと思っていたわ。あとで来るから大丈夫よ?それよりも、早速だけれど『模擬戦闘室』に行きましょう?」

「「えぇ勿論」」


 意識していなかったが、双子だからか声が揃ってしまった。こういうところは本当に双子だな、と思ってしまう時がある。


 っで早速来ているわけだが。まさか2日連続で『模擬戦闘室』に来るとは思ってもいなかった。まぁ昨日のはアクシデントだから仕方が無いのだが。

 相変わらず何も無い部屋である。確かに、ここならば何も考えずに戦闘ができるだろう。だが、実際の戦場では何も考えずにはいられない。それが戦闘である。自分の思うがままにしても、犠牲者が増えるだけである。


「さて、『模擬戦闘室』に来てもらったわけだが。もう1度、ルール確認をしておく。8対2の勝ち抜き戦。相手を気絶もしくは戦闘不能にした方が勝ち。剣を使おうが、魔法を使おうが構わない。但し、殺傷能力がある攻撃は禁止。しようとした場合、俺が力づくで止めるから覚悟しとけ。いいな、」


 ほぼ全員が無言で頷く。

 仁王立ちしている杁刀はとても格好いいのだが、そのヘアバンドが一瞬で雰囲気をぶち壊す。


「早速始めていこう。こちらからは2年女子書記の雫瀬蘭夢が相手をする。そちらは?」

「私が行きます」


 か弱そうな女子がヒョロヒョロと自信なさげに前に出てきた。

 自信たっぷりに堂々と前に出る緋里。

 順番は今適当に決めたものだ。


「では1分後に始める。準備しておけ」

「「はい」」


 とそれぞれの準備をし始めるわけだが。正直、準備する事などない。

 左右に2つのグループで固まっている。言うまでもなく、蒼翔達と生徒会役員達だ。どれだけ不信感を抱いているのだろうか。


「蒼翔」


 そんなこんな辺りを見回して考えていると突然緋里に呼ばれる。


「どうしたの?」

「いや、どうも向こうは少々卑怯な戦法を使ってくるらしい」

「じゃあ――」

「――本気を出して来い、緋里」

「言われなくても」


 蒼翔には見えるのだ。相手が少々卑怯な手を使ってくる『想力分子』の揺れを。


 緋里と蘭夢が対面する。

 緋里は堂々としているが、蘭夢はおどおどと落ち着いていない。それ程怖いのだろうか。それとも緊張しているのか。


「では始める」


3スリー


2ツー


1ワン


「スタート!」


 杁刀の合図と共に試合が開始する。

 両者共に1歩も動かない。流石の緋里も無闇に動くことはできない。あれだけおどおどしているが、もしかしたら演技かもしれないからだ。

 だが、緋里は様子を伺っていたから動いていなかったわけではない。

 蘭夢は無表情で堂々と立っていた。あれだけおどおどしていた蘭夢が、「スタート!」という合図と共に豹変したのだ。


 緋里は思わず凝視してしまった。

 その隙が蘭夢を動かす引き金となった。

 蘭夢の体が左右にブレる。ノイズがかかったようになると、蘭夢の体が次々と分裂していき、蘭夢が次々と緋里を囲むように現れた。

 四方八方を囲む蘭夢。


 蒼翔には見えていた。

 ――蘭夢の魔法を。

 蘭夢は『想力分子』を使って魔法陣を作り出した。作り出した魔法陣は『幻実げんじつ』。


『幻実』。対象の人物にだけ見せる世界を作り出す魔法。

『幻実』は幻覚や現実とは違う。自分の『想力分子』を対象の者の体内に流し込み、脳内で幻覚を見せる。ただ、幻覚とは違い、本人は現実になる。つまり、現実にはないものが、その人にとってはそれが現実となる。だから、今緋里の四方を囲んでいるのは紛れもなく蘭夢本人。攻撃をすれば当たるし、攻撃されれば傷つく。だがそれは脳内だけのことであり、本当の現実では何も起きていない。だが、精神的な苦痛を避けることはできない。脳が傷を受けた、と勘違いしてしまいそれが体に現れることもありえる。1種の危険な魔法というやつだ。「殺傷能力があるじゃないか」と思うかもしれないが、残念ながら「殺傷能力」まではない。脳内では死ぬかもしれないが、現実世界では死なない。だが、脳内で死んでしまうと現実世界では意識を失ってしまう。戦場において、気絶した瞬間に殺す。これが『幻実』の使い方だ。


 傍観者には今、ただただ立ち尽くす2人しか見えない。だが、蒼翔はわずかな『想力分子』をその魔法陣から頂いたので、蒼翔にも見えている。


 緋里は何が起こったかわからない、というわけではない。この魔法なら緋里でも知っている。だが、対処法までは知らないし、覚えてもいない。どうしようかと蒼翔に目を向けるが、蒼翔は知らん顔をしている。なんて使えない弟なのだろう。


 緋里は小さく溜息を吐くとゆっくり息を吸った。そして、両手を広げて想像する。

 緋里の両手に赤と黒の『剣』が出現する。緋里は二刀流使いだ。


 緋里はそのまま剣を高く突き上げる。すると、何やら黄色い光が剣の周りに集まっていく。未だに蘭夢は無表情で動こうとはしない。どうせなら見てみたいのだろう。

 充分に集まって剣全体が光に包まれると、緋里はそのまま剣を構えた。


 現実でも同じような光景が映し出されていた。何も無いのに、緋里が剣を取り出して光を纏わせている。普通なら不思議だと思うだろうが、どうやら生徒会は慣れているせいか雫瀬蘭夢の魔法について驚きもしない。


「随分と余裕がありますね?」

「勿論ですよ?だって実質1対1なのですから――」


 迷わず本物の蘭夢に向かって走り出す。

 蘭夢に向かって光の線が通る。

 蘭夢は緋里の速さについて行けず、頬に少し傷を負ってしまった。


『幻実』は相当な『想力分子』の量を費用する。だから、ほかの事ができないのだ。その為あまり使われない。これならば、普通に殺しに行った方が速い。


 その速さは異常で、もうその実体は見えず剣の光の線しか見えない。

 光の線が蘭夢を抜けると、そのまま急回転し、周りから一斉に襲って来ていた蘭夢達を次々と倒していく。

 殺した、とは言っても塵となって消えるだけで血は出ない。これも『幻実』の特徴だ。

 別に周りの蘭夢は気にする必要はなかったのだが、普通に戦っても緋里が『不正』をしていないという材料がない。だからここで力を見せつけるしかないのだ。

 半分ぐらい倒したら中心部分で急停止する。


「あら?こんなものですか?」

「いえ、少し甘く見ていました」

「ですよね。『幻実』はこんなものではなかったはずです」

「よく知っていますね」


 瞬間、1人の蘭夢から氷の刃が飛んでくる。

 緋里は剣をクロスさせて防衛するが、無数に飛んでくる氷の刃に集中して他の事に集中できない。多分、手を抜いた瞬間氷の刃に打ち抜かれるだろう。


『アイス・キラー・ソード』。氷を刃にして相手に飛ばす魔法。『想力分子』の使用量が少ない為使用する者が多い。俗に言う一般的な魔法。《剣魔士》なら1度は使ったことある魔法。殺す程の魔法威力ではないがその圧倒的な攻撃量に半死状態に出来ることができる。ただそんなことが出来る確率は低い。防衛するのが簡単だからだ。だから、目眩しや足止め等に使われることが多い。


 だからこんな程度緋里には通用しない。

 緋里が残りの『想力分子』を使って大きな扇風機を作る。電源を入れると共に蘭夢に向かって風が吹き出す。その結果氷の刃が逆向きになっていき、蘭夢が自滅する。それを確認すると扇風機を消した。

 安堵している暇はない。


 緋里の体の周りが紅く淡く光り出す。『想力分子』が反応し、緋里の周りに実体化して現る。


「あれはまさか……!?」


 驚きの声をよそに緋里の体が見えなくなるまで光り出す。

 これはチャンスだ、と思った蘭夢達が一斉に剣を出現させて襲いかかる。

 剣先が光に触れるその瞬間、光が、緋里が消えた。

 蘭夢達の剣が地面に突き刺さり交差する。


(何……!?)


 光る物体が動いているかと思うと、その蘭夢達を囲むように光の枠ができる。

 次の瞬間、轟音と共に目を瞑るような光が目と耳を刺した。

 目を開けると、先程の光の枠の所が少し凹み、焦げている。つまり、爆発したのだ。その枠の中でのみ。


 殺したのは蘭夢の作り出した者。実際の蘭夢は無傷だ。だからルール違反にはならない。

 それより、杁刀達生徒会はそんな事よりも緋里の姿に驚愕していた。


 赤と黒の輝く姿。目をチカチカさせるような光を放っている。まるでロボット騎士みたいなその姿からは、とてつもない威圧感を覚える。

 足先から指先まで全てが輝いている。


「――『想力霊装イマジネーション・ソウル』!?」


 愛歩が驚きのあまり目と口が閉じない。女の子なのにはしたない、というのは今この状況では関係ない。


 ――世界で最も強いと公表されている『想力分子』の使い方。


想力霊装イマジネーション・ソウル』。世界の《剣魔士》の中でも使える者は10人もいないと言われている。それ程、膨大な『想力分子』が必要になるからだ。だから、『想力霊装』ができる=日本でも最高峰の保有量を有しているということ。《与えられし名》ではない彼女が何故使えるのか、そのショック・驚きで目と口を閉じてられないのだ。

『想力霊装』はその人の『想力分子』のイメージによってできる。だから人それぞれ色や形が異なる。たまに一緒の時があるが。

 その力は絶大で、国一つ破壊できると言われている。だから、絶対に名前は公表されているはず――


「まさか貴女……!」


 瞬間、『模擬戦闘室』を瞬速の如く駆け回る緋里。


「――リード・セイレン――!?」


 緋里が蘭夢の目の前で止まる。剣先が蘭夢の首元を突き刺している。じわじわと溢れ出る血と涙。

 蘭夢は怯えすぎて声すらでなくなっている。

 緋里が仕留めなかったのはルールに基づいてであり、本来なら仕留めてもよかった。


 蒼翔は確かに本気を出せとは言ったが、身元がバレるようなことまでしろとは言っていない。


(手のかかる姉だ……)


 蒼翔はそう思いながら緋里を取り巻く『想力分子』――『想力霊装』を消した。


「緋里は棄権としてもらいます。雫瀬蘭夢先輩の相手は自分がします」

「ちょっと待って!」

「会長何でしょう」


 愛歩が慌てて蒼翔を止める。

 生徒会全員思っていることは同じだ。それは蒼翔もわかっている。


「何故……何故貴女が『想力霊装』を使えるの!?」


 愛歩が聞いているのは緋里だ。

 だが、緋里に答えさせはしない。


「先程会長が自ら名前を呼んでいたではありませんか――リード・セイレン――と」

「でもそんな……」


 蒼翔が愛歩を会長と呼び始めたのは、そこの区別はつけようと思ったからである。それ以上も以下もない。


「……あ、あの〜リード・セイレンって何でしょうか?」


 と、ここで立ち直りが早い蘭夢が聞いてくる。

 これは一般常識なのだが。


「俺から説明しよう。リード・セイレン――刀塚玄翔と同じくそのプロフィールの何もかもがわからない、日本の兵器だ。だがどこの軍隊にも所属していないようだが。日本の中で『想力霊装』を使える人物として重宝されている者だ。1説には刀塚玄翔の姉というのも流れているが」

「まさか……そのリード・セイレンが貴女だとでも!?」


 緋里は蒼翔にバラされ困った顔をしたが。


「えぇ。緋里はそのリード・セイレンです」

「「「「「「「な……!」」」」」」」


 生徒会全員(まだ来ていない1人を除いて)が驚愕の表情を見せる。


 別に緋里の事をバラしても蒼翔に、日本に被害はない。何故ならここで口止めをするからだ。

 蒼翔は最終手段で、緋里だけの正体をバラして自分達が『不正』をしていないと証明させた。まぁ別に証明させなくてもよかったのだが、なんとしてでも生徒会全員の悔しがり、驚愕の表情を見てみたかったのだ。単なる蒼翔の好奇心。また1つ遼光が片付けなければいけない案件が増えた。御愁傷様である。


「じゃ、じゃあ貴方は刀塚玄翔――」

「残念ながらそれは違います。自分はリード・セイレン――刈星緋里の双子の弟、刈星蒼翔です。自分達は国の命により、緋里が《優等生代表》に、自分が《劣等生代表》になったわけです。本来なら、自分は《優等生2位》ですよ」

「……なら――」

「――しかし、刈星蒼翔がまだ『不正』をしていない、という証拠にはならない。いくら双子でも『想力分子』の保有量、《劣等生》である可能があるからな」

「えぇ勿論、引き続き勝ち抜き戦をやっていきましょう」


 なんだろうこの強気の男は、と蒼翔は興味深く見てしまった。普通ならもうここで『不正』はしていない、と認められるはずなのだが。仮にそうなっても蒼翔は勝負を持ちかけるが。それを考えると逆によかったのかもしれない。


 どちらにせよ、緋里はもう棄権している。つまり、1対8だ。

 まぁこんな数大したことないが。


「では準備」


「3」


「2」


「1」


「スタート!」


 突如として始まるカウントダウン。この男、杁刀礼樹は馬鹿なのだろうか。

 だが、2人共ある程度訓練を受けている《剣魔士》だ。この程度では動揺しない


 蘭夢はすかさず『幻実』を発動するが。


「え……?」


 蒼翔に効かないのだ。『想力分子』が蒼翔の脳内に入り込めない。何かに阻まれている?


 ゆっくりと近づく蒼翔。手に剣を出現させて剣をブラブラさせながら1歩、また1歩とゆっくり。蘭夢も1歩、また1歩と退る。

 だが、男性である蒼翔の方が歩幅が広いし、蘭夢は何がなんだかわからず1歩が小さいため、すぐに蒼翔は蘭夢のすぐ目の前に近づいた。


 剣を1振り。

 そうするだけで、蘭夢の体は簡単に吹き飛び、蘭夢は戦闘不能になり蒼翔の勝利で終わった。

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