第56話 囚われのあなたに

 山中の隠れ家で、デニルは、遠雷のような音が立て続けに響くのを聞いた。

 イデアの連中が使う大型武器の音だ。

 音の方を見やれば、ズタズタに引き裂かれた特大型飛竜の残骸が山並みの中へ墜ちていく姿が見えた。

 ……やはりか。

 巨大な翼は見る影もなく、翼と比して細長い胴体は白い雪飛沫とともに山腹にの残雪に叩き付けられ、小規模な雪崩を伴って転がり落ちてゆく。

 目的地の遥か手前。術式で操作された軍用家畜が無様に転がり落ちてゆく姿に一抹の同情心をおぼえながら、『作戦は失敗した』と仲間へ念話を飛ばした。

 ……徒労だったな。

 デニルは嘆息する。ザッフェルバル辺境に建てられた捕虜収容施設。そこからの捕虜奪還の是非については、本国でもずいぶんと揉めたらしい。

 結果として、本国からはあの特大型飛竜一匹出すのが限界のため、あとはデニルたち密偵たちでなんとかしてくれ、との命が投げて寄越された。

 だが、そもそも密偵たちは情報収集を主任務としており、戦闘は自らの身に危険が迫った場合に、状況を切り抜けるためにこなせるだけに過ぎない。

 厳重な警備の捕虜収容所を襲撃し、大人数の捕虜を連れて山岳地帯を横断するなど、明らかにデニルたちの能力を超えた用途外の命令だ。

 当然、デニルも無茶だと噛みつき、本国の上司も頭を抱えながら、どうにか書かれた筋書きが『兵員輸送用の特大型飛龍を捕虜収容所へぶつけ、混乱の中捕虜を救出し、飛竜もしくは徒歩で国境の駐屯地まで護衛し送り届ける』という、結局無茶なもの。

 ……乏しい手札で勝負に出ようとすれば、こうもなる。

 威力偵察とは言え、十五万の地上兵力を叩き潰した敵相手に、輸送用飛竜一頭を持ち出して何ができるのか。

 けれど、大軍を動かせば前回の二の舞、天空から鉄柱がいつ首都に落とされるかもしれない状況下で、『放牧していた家畜にやられたままで終わってはならない』との強硬論は本国では未だに勢いを失っていない。

 その奇妙な妥協点が、事故に見せかけた今回の茶番というわけだ。

 だが、ここで頓挫してくれてよかったとも思う。

 密偵の頭数も足りていない中、収集すべき情報は膨大。敵の正体もまともに掴めず、増員要請が通ったと思えば投入まもなく半数が捕らえられ脱落。

 帝国の能天気ども相手にしていた時代とは、あらゆる状況が変わりすぎている。

 イデアがザッフェルバルに入り込む以前は、勘が鈍らぬようにと日々自主訓練に打ち込まねばならぬほど暇を持て余していたというのに、今はいつ自分に追手がかからないかと気を張り続ける日々だ。

 ある意味当然だが、デニルもそんな状況で、いそいそとに精を出していられるような状況ではなかった。

 ……もう少しまともな情報や戦訓でも握っているなら、奪還する価値もあるだろうが……。

 奪還作戦の前に接触した際の、捕虜との接触を思い出し、デニルはもう一つ溜息をついていた。

 こちらが知りたいことは何一つ掴んでおらず、ただ怠惰に過ごした日々のくだらない愚痴を聞かされたばかりの無為な時間。

「あれでは、捕らえられたのもむべなるかな、だ」



 ティルとカズキは、暫定国境線での翼竜の対処を終え、次の目的地にあった。

 ムルスデナルフ捕虜収容所。

 先の攻防戦で捕虜となった、数十人の竜人と人間のスパイを収容する施設である。

 I.D.E.A.により新たにコンクリートで建てられた建物は、帝国の法官たちにより丁寧に封印の儀を施され、捕虜たちは誰一人も魔術や呪術の類を使えないようになっている。

 ティルも、この収容所には建設当初より携わり、折に触れて捕虜たちと面会を続けていた。

 この日もまた、捕虜の一人と面会をしていた。


『ああ、ああ。ンフェウオズの女神に並ぶとも劣らぬ慈愛の使徒よ。貴女の慈悲に深く感謝する……』


 竜人。クノス・バル・カルトー。

 捕虜となった魔の者どもの中で、最も位が高いとされる者だ。

 二足歩行をする人間大のトカゲからの、慇懃とも取れる謝礼に、気圧されないように気を張りながら、ティルも念話で堂々と返す。

『ありがとうございます。異郷の戦士。貴殿の礼に深く感謝いたします』

 先程ティルは施設の中央祭壇で施設全体に霊力を満たした。クノスが伝えるのはそのことに対する礼だ。

 霊力と、羊や豚の肉が食事の代わりになるという。

 彼らの収容当初はこの件で大いに揉め、あわや捕虜側に死者を出すところだった。



 ――竜人は、霊力を常に摂取せねば死に至る。

 竜人は、総じて高等法官並の魔術を扱う。これは先日からの幾度の交戦でもザッフェルバルと征伐軍、I.D.E.A.の皆の共通認識となっていた。

 だからこそ捕虜の収容に際しては厳重な霊的封印処理を施し、魔術や呪術の類いの一切、大地の御遣いへの接続を断つべく徹底した対処を施した。

 一方で、大地の御遣いは善人であろうと悪人であろうと気まぐれに力を与える。

 完全に断つことはできないからこそ、しかしザッフェルバル・征伐軍混成の高等法官十数人がかりで霊力封印の儀式を交代で展開し続け、彼らの抵抗手段を奪おうとした。

 そして、その結果として竜人たちは

 ――助けてくれ。人間が食えず、精霊の加護もなければ我々は餓えて死んでしまう。

 霊力を断たれた竜人たちはみるみるうちに弱り果て、幾度も生きた人間を食べたい、霊力封印を解除してほしいと訴えた。

 しかし、生きた人間を食事として与えるなど言語道断。霊力封印の解除も、その並外れた身体能力や術式技能を踏まえればただ逃走のための武器を与えるだけになってしまう。

 日に日に弱る竜人。彼らの死が迫る中、ティルは過去に起こした奇跡から一つの試案を得た。

 魔龍に与えたように、霊力は他者に分け与えることができる。

 あけぼしの格納庫で密偵を封じたように、ティルの演武は大地の御遣いを並外れて強く惹きつけることができる。

 ――ならば、ティルの制御下においた霊力を分け与えれば、危険なく彼らを生かすことができるのではないか?

 征伐軍、I.D.E.A.双方の協力を得て、竜人たちと接点を持つ大地の御遣いに対し、ティルと収容所に詰める法官たちの合同演武を奉納。

 大地の御遣いへ強くティルの意志を通した上で竜人たちに霊力を与え、彼らの命を長らえさせることに成功した。



 それ以来ティルは、ムルスデナルフ捕虜収容所で定期的な霊力の供給のための演武の奉納を行ってきた。

 同時に、演武の日は、こうして代表であるクノスと面会することで、竜人たちの困りごとを聞き、可能な範囲で待遇の改善に務めるとの目的で続けてきた。

 といっても、近日は捕虜たちの体調は安定してきており、待遇改善には一定の目処が立ってきた状況だ。面会時間は短くなってきたが今日はいくつか大きな話題があった。

『クノス様の国では、このような飛竜をご利用になってはおりませんか』

 差し出すのは、紙に写し取った翼竜の姿。砲撃前に、I.D.E.A.の艦からその姿を捉えた写真だ。

 作戦中、I.D.E.A.の艦群は翼竜から遥か遠くにいたはずだが、すぐ側にいるように明晰な図が撮られていた。

『さて、見覚えはありませんね……』

 嘘か本当か、知らぬと答えるクノス。意志には揺らぎはない。

『なるほど。皆様が乗られていた地上を走る竜の近縁にも見えますが』

『いえ、我々は確かに竜を飼い慣らしてはおりますが、種も幅広くおります。全てを知っているわけではありませんので』

『例えば日常でこのような空を飛ぶ竜に乗られることはありますか?』

『あいにくと、軍務でも生活でも空を飛ぶ用事はございません。位が低いもので』

『位が高い方々は、このような飛竜に乗られることがあると』

 無言。

『我々と同行していた高位の戦士は、飛蛇とびへびのような種に乗っていた姿は見たことがあります。それ以外は、どうにも』

『……わかりました。貴重なお話、ありがとうございます』

 これ以上突っ込んでも彼の気分を害するだけだろう。

 彼らの軍隊の様子や生活環境など、この面会を通じて得られる情報は何でも取ってきてほしいと、ユズホの所属する情報部から依頼をいただいているが、会話に応じてもらえなくなればそれはそれで別の目的に差し支える。

 だから、話題を変えることにした。次は外交部からの本題。

『今日は、もう一つお話があります』



 ……来た。

 和貴は念話が届くように設計された隣室で、ティルが切り出した言葉に僅かに意識を集中し、電子メモにペンを走らせる。

 念話でのやりとりは、当然だがボイスレコーダーが使えない。魔法適正のある職員での聞き取りとメモ書きかタイピングによる速記が命だ。

『私たちはこうして言葉を交わすことができる。ならばやはり、私たちと皆様方の共存の道はあると考えております』

 クノスは答えない。

『皆様が私たち人間を生きたまま食すことを欲する以上、互いの断絶の深さは決定的です。――しかし、断絶を断絶と知り、なお互いに絶滅させ合わずに生きながらえる道を探りたい』

『――それは』

 クノスがやや呆れたように意志を放つ。

『それは、我々ではなく我らが同盟の頂に立つ御大翼おんたいよくに伝えるべき言葉でしょう』

 御大翼おんたいよく。それは、彼らの部族共同体の頂点に立つという偉大な指導者らしい。

 詳細を聞き取ろうにも、おおよそ『恐れ多い』ではぐらかされるが、単独の意志決定体であることは間違いないようだ。

『私もそれを望んでいます。けれども、今は言葉を伝える術がない。先日クノス様にご教示いただいたとおり、今の皆様方はこのまま帰国されても窓口になることも叶わぬと』

 これは、先日の面談でクノスから軽く聞き取った内容だ。

 弱肉強食の社会であるから、家畜に負けたなどというレッテルを背負って帰国したらまず発言権のない奴隷同然の立場に置かれるのだ、と。

 彼らも当初は帰国を望んでいたが、最近は『双方の支配範囲外のどこか森の奥深くに逃がして欲しい』という者も出てきた、とも。

『ええ。我らが属する一族、御大翼の盟約の下に立つ者すべては強き者であるべき。弱き者は強きに従うか死のみが与えられる場所。貴女方の意志を通すのであれば、力を以て御大翼の前に立つほかありますまい』

 ……そこが問題だ。

 和貴やティルたちが“御大翼の前に立つ”ためには、どうしたらよいか。

『ならば一つご教示いただけませんか。仮に強者であれば、皆様方の家畜であり食糧とされている私たちの言葉も、皆様方の長へ通ると?』

『それは是とも、否とも……御大翼と言葉を交わそうなどという大それた人間は、歴史上かつて存在しておりませんから。西方の放牧すら、人間の言葉を聞いて定めたわけではありません』

 放牧。それは、帝国史では魔の者どもの侵攻を一時的にでも食い止めた、とされる帝国建国時代のこと。

 彼ら竜人の中では、他民族――狼人族や兎人族と呼ばれる巨大勢力との戦争に戦力を割く必要があり、“収穫”の手が足りないからしばらく自然の中で増えるに任せた、のだという。

 今次の散発的な侵攻や大軍の派遣は、あちら側での戦いが終結し、竜人たちの戦力に余力ができたことが背景にあるようだ。

『少なくともクノス様はこうして私の言葉に耳を傾けてくださるのですね』

『我々は変わり種です。ここにいる者全て、誇りある戦死や自死を選べなかった臆病者ですから』

『それでは、仮のお話とはなりますが』


『皆様が“強者”になっていただければ、我々との対話に応じていただけるのでしょうか?』


『――――は?』



『例えば、我々が力を示し、クノス様が我々の“族長”として交渉に立っていただければ、御大翼とのお目通りは叶いますでしょうか』

『な――』

 目の前の家畜のあまりの暴言に、さすがのクノスの背筋に怖気が走った。

 ありとあらゆる罵倒語が脳をよぎり、しかし眼前の相手はクノスの生殺与奪の全てを握っているとの認識と理性が、辛うじて絶句の形で意志を留めた。

 大それた、あまりに大それた提案だ。

『領地も、家格も、従者も、奴隷も――何も伴わぬ、頭だけが竜人の、異族の一族など。誰も認めません』

 荒れる心中を抑えながら、クメルは絞り出すように言葉を取り出す。

『やはり、そうですか。それらの格式を備えた上で、力を求められるのですね』

 対する家畜は涼しい顔でそう言ってのける。今の言葉がどれほど竜人を侮辱したものかも知らず。

 ……いや、だからこそなのだろう。

 侮辱とも知らない、竜人の世界の何も知らないからこそ、何もかもをクメルを通じて知ろうとしているのだ。

『ですからご教示いただきたいのです。皆様方の世界で、対話に応じていただくための流儀を』

 そして、生殺与奪を握ったクメルを踏み台として御大翼に手を伸ばそうとしている。

 身に走る怖気を必死に抑えながら、クメルは応答を続けた。



 それからしばらくティルは情報収集を続けた。

 クノスから引き出せた情報はいくつかの常識的な習俗、そして、

 ……竜人の階級社会について。

 竜人社会は複数の部族で構成され、部族間・部族内の位階は外敵との戦いで立てた武功とその世襲による、とのこと。

 逆に言えば、外敵がいなくなり、武功を立てる機会を失えば、世襲のまま階級は大きく変動しない。それ故に、下層の部族は常に武功を――外敵を求めていると。

 これはティルたちが立ち上げようとしたクノスを族長にした偽装部族にも当てはまる。

 外征先がなければ武功の立てようがなく、発言権も得られない。

 そして、クノスは有名部族の分家の分家の長、めぼしい外征先は数年前についに刈り尽くされ、

 ……いま、帝国がその相手に選ばれようとしている。

 この点への対策は後ほどカズキと検討しなくてはならないだろう。

 と、ガラス越しに外のカズキを見れば、小さく手が動く合図を見た。

 時間もずいぶん過ぎてしまったのだろう。そろそろ最後の話題に入った方がよい、との合図だ。

『……それでは、話は変わりますが、今日はクノス様へ少しだけお見せしたいものが』

 外のカズキに合図を返してしばらくすると、法官が二人がかりで“それ”を運んできてくれた。

 ガラガラと硬質な車輪の音が響かせながら現れたのは、ティルの身の丈半分ほどの金属の塊。

 一見して用途などわかりようもない、カズキに言わせれば『外見を取り繕う以前の段階』の機械。

『……それは?』

『霊力を産み出す機械です』

 クノスは、ティルの言葉を理解できず、ずいぶんと間を置いて、

『…………は?』

 問い返しの一言のみ。

『心中はお察しいたします。こうしてご紹介させていただいている私も、半信半疑なのですから』

 苦笑しながら、ティルは説明を続ける。

『言われてみれば単純で、けれど普通に霊力を用いていればあまり思い至ることのない話ではあるのですが』

 それは、I.D.E.A.の発想ではなく、そもそも帝国に遙か昔からあった発想。

『私も、クノス様も大地の御遣いに呼びかけ、与えられた力をもって火を得ることができます。けれど同時に、火打ち石を叩けば火を熾すこともできる』

 ならば、

『火打ち石で得た火を、霊力に変えることができるのではないか、と考えることは、ごく自然でしょう』

『…………ええ』

 飢饉も戦乱もない、ある平和な一時期に試みられた実験の記録。

 帝国国法院が死蔵していた、火を霊力に変換する理論。

『もちろんたき火程度では、とうてい実用に足る霊力は得られません。けれど』

 それをI.D.E.A.が再発見し、彼らは言った。我々なら実用まで持って行けるかもしれない、と。

 なぜなら、

『私たちの協力者は――あなた方を打ち負かした天の御遣いは、“太陽にも等しい火”を手にしているのです』

 


 ……まあ、そこに置いてあるのは水素電池だけどね。

 口には出さないものの、ティルの大見得に少しばかりカズキは背中がむずがゆくなる。

 それに、自動化の実現には魔族からの鹵獲装備の恩恵も大きい。魔力を保存する石や、魔力を流し込むと半自動で儀式を実行する紋章などが不可欠であったのだから、あまり魔族相手に自慢するのも居心地が悪い。

 しかし、これまで属人的な入手方法しかなかった霊力が、機械的に生産できることの価値は計り知れないことは確かだ。

 現状は小規模なエネルギー源を用いての実験段階だが、抽出炉や対消滅炉の天文学的なエネルギーを転用可能となれば、ティルの言葉もあながち大げさではなくなってくるだろう。

 いくら変換効率が悪かろうと、莫大なエネルギーを原資にできるのならば、相応の量を得られるのだ。

 あけぼしの主機たる抽出炉でさえ電力変換効率は50%に遠く届かない。それでも必要量の電力を得られているのは、ひとえに規模で補っているからだ。

 魔力を電力と同等の概念に落とし込み、将来的にはパッケージングして配布や、配線を通じた配給が可能になれば――。

『将来的に、魔族のみなさまに、生きるために必要な霊力をお届けすることが可能になるかもしれません』

 ティルは続けて念を送る。

『そうすれば、あなた方は生きるために我々人間を食する必要がなくなるでしょう』

『……それは』

 理屈としては、竜人たちは餓えに困ることはなくなる。

 それはちょうど、今の彼らと同じ。ティルの演武で得た魔力と、豚や羊の肉で生きながらえる、という。

 だが、彼らがそれを甘受してくれているのは敗者であり虜囚だからだ。

 今、自由に人間を食することのできる竜人が、ひいては支配者層、貴族たちがその状態をよしとするとはとても考えがたい。

 人間に置き換えれば、『点滴で全ての栄養をまかなってやるから食事をするな』と一方的に言われるようなものだからだ。

 だから、和貴たちも代案は考えている。

『もちろん、食は喜びであるとの理解は我々人間にもあります。魔力を得るだけでは納得できないとの思いがあることも想像できます』

『で、あれば――』

『であれば。人間以外の生物――例えば、我々も食している羊や豚、牛の肉に強い霊力を宿らせ、食べていただくのがよいのではと考えています』

『……それをどれほどの同胞が是とするか』

『もちろん、あなた方の文化を知らぬよそ者が考える浅知恵であることは承知しています』

 だから、とティルは続けて念を送る。

『だからこそ、皆様にご協力いただきたいのです。皆様の食の実感を奪わず、しかし、我々にんげん以外を食していただく妥協点を得る提案とするために』

 それから、ティルは、おそらく彼女にとって精一杯の笑顔を浮かべて念を送る。

『竜人の皆様方にとって、美味しいお食事を提供できるよう、知恵をお貸しいただけませんか?』

 クノスは深く息を吐き、大きく間を開けて一言のみ。

『食べるだけならば、よろこんで』



『……やはり、救出作戦は失敗したようだ』

 家畜の長との面会を終え、牢に戻されたクノスは仲間たちに念話で伝える。

 厳しい魔力封印の中で短距離しか届けられず、近場の牢の仲間に伝言を頼む状況だ。

 そうしてようやく行き渡った言葉に返る意志は、

『でしょうね』『当然です』『勝てるわけがない』『虫のいい話だ』

 ほとんどが諦観。落胆すらない。そもそも期待していなかったからだ。

 人間の密偵が遠方より微弱な念話で計画を伝えてきた時は正気を疑ったが、やはりクノスたちの危惧の通りの結末となった。

 命惜しさに家畜にんげん奴隷ほりょを選んだ戦士など、同盟も一族も助ける理由がない。

 形だけの救出作戦だ。

 ……本心では、皆諦めている。

 眼前の死が恐ろしく、その先をまったく考えずにここにいる者たちばかり。

 救出されたとて、その後の扱いは期待できないだろう。

 それよりも。

『今日の話だが――』

 続けて、家畜の長から提案された協力要請の話を伝える。

 奴らの考え、和平へ持ち込もうとする、その手段。

『どう思う?』

『どう、と言われても……』

 クノスの言葉に、一人の竜人はただ戸惑いを返す。

 当然だ。ここにいる誰も、クノスですら、そのような大きな方針を考えたこともない末端の兵隊でしかない。

 まずは、落ち着いて相手の言葉を咀嚼する時間が必要だ。

『食事をするだけ、というのなら、断る理由はない……と、僕は考えます』

 続けて、隣の牢の最年少の一人がそう言う。

『……私も、そう思う。奴らの意思をそのまま受け取れば、だが』

 やはり返る意思はない。その様子を見て、クノスは続ける。

『もしかすると、私の考えが及ばない罠が仕掛けられているかもしれない。何か危惧があれば、遠慮なく伝えてほしい。それまでは、彼らの提案に乗ろうと思う――いいだろうか』

 時間をおいて、いくつか了解、承認、賛同の念が力なく返り、クノスは嘆息する。

 ……どのみち、今の我々に取れる選択肢などないものな。



 ウィリアが捕虜奪還の失敗の報を聞いた数日後。

 作戦で使用された特大型飛竜が飼われていた牧場が、跡形もなく消し飛ばされたと、本国からの連絡で知った。

 飛竜の生態に合わせて急峻な山岳地帯に築かれた施設だったが、噴火にも近い火の手が幾度も上がり、飼育していた十数頭の飛竜ごと崩落したのだという。

 威嚇のメッセージだろう、との本国の分析に、ウィリアも異論はなかった。

 ……やはり、一筋縄ではいかないわね。

 牧場の位置を即座に特定し、おかしな気を起こすなと釘を刺しに来ている。

 この情報収集力と協定首都イーノルボンすら即時に攻撃できるのではと思わせる攻撃範囲の広さ、正確さ。この根源を探らねば、勝ちはない。

 だから、

「ナオヤさん!」

「おう、待たせたな」

 ウィリアたちはもっと敵を知る必要がある。僅かでも、突破口を見いだすために。

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神域のあけぼし 夕凪 @yu_nag

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