第53話 ひとときの平行線
「ふうん……」
ウィリアの評価は、驚きが半分、期待外れが半分だった。
総督府に救助された時には、遠目に鉄の翼人たちの攻撃を見ただけだったが、今回は標準的な法官を相手にした、一対一の決闘だ。互いの力のほどを測るにはいい目安となる。
結果としては、あの戦場で見た轟爆の術のようなものは見ることができず、竜人の雑兵同士の喧嘩のような、法官とイデアの兵士の少しばかり上等な取っ組み合いが行われただけだ。
……どちらも、訓練を積んだ竜人の戦士には届かない。
イデアの兵士は常識外れの速度での移動や大跳躍など、目を見張るような動きをみせたものの、それが一連の流れや判断の連続――戦闘技術として洗練されたものとは思えなかった。
あまりにちぐはぐな出来。まるでド素人が戦っている最中、危機的状況で都合よく何者かに乗っ取られでもしたような。
全体の仕上がりとしては、どちらも文句なしの二流だ。
……とは言っても。
現実としてイデアの軍と帝国の征伐軍が組んだ結果、翼人を含む遠征軍をひとつ壊滅させた。その結果は覆らない。ならばその力は侮りがたいものとして考えなければならない。
だが、今回の決闘と、前回の敗戦がウィリアにはどうしても結びつけて考えられなかった。
どう報告したものか。思案しながら使用人としての仕事を片付けていると、退席していく観客の流れの隅に、不意にある男の顔が目に留まった。
黄土色の肌と黒い髪、美しい生地を無駄のない縫製で包んだ装束。
……イデアの巨人を操っていた――。
服装は違うが、顔ははっきり記憶している。空飛ぶ巨人を操っていたあの兵士だ。
あの日、ウィリアを救出した男に間違いない。
総督府に拾われて以降、折をみて接触方法を探っていたが、ここで機会に恵まれるとは。
……逃さない。
小さく深呼吸。今自分が身につけている人格を全身に行き渡らせ、
「あのっ」
言葉はおそらく通じない。だから、大きく身振りで、
「お時間よろしいですかっ」
*
……何だこの子。
直哉が観客席から引き上げる人混みを避けて、会場の隅っこで時間を潰していると、総督府の使用人らしき少女が帝国語で何かしら呼びかけてきた。
顔見知りではない。そもそも、直哉は積極的に“現地”の人間とは関わり合いを持たないスタンスだ。変な情が移ると仕事がやりにくくなる。
とはいえ、直哉を見ながら、大仰な身振りで声をかけられれば気のせいと片付けることもできない。
懐からブライトワンドを取り出し、翻訳モードに切り替え、
「何か用?」
ブライトワンドに吹き込み、帝国語の自動翻訳音声が流れる。
すると直哉が対話に応じたことが嬉しかったのか、
「お会いしたかったです。兵士様」
弾むような少女の笑みとともに、左耳のイヤホンから遅れて翻訳された自動音声が届く。
以前に会ったことがあるかのような少女の言葉に、直哉は限りある記憶を少しばかり漁ってみる。
だが、総督府の使用人の中に、プライベートな会話をするような人間はいないはず。
……うーむ。
頭をひねってみても、出ないものは出ない。
であれば、こういう時は正直が一番だ。
「あー、ごめん。俺らどこかで会ったっけか」
翻訳音声の時差を経て、少女は少し残念そうに、けれど明るく答えた。
「先日救っていただいた、村の女です。……覚えておられませんか?」
言われて心当たりは一件ほど。そういえば最近、コックピットに乗せた女の子がいた。髪型も服装も違うが、言われてみれば髪色と目の色は同じだ。
「そっか。あれからはここで?」
「ええ。総督府からの温情をいただいて。仕事は大変ですが、おかげさまで生活できています」
なるほど、と合点がいく。総督府の使用人はそういう人間の受け皿になっていたのだったか、と。
「今までと違う環境だけど、つらくはない?」
「家でも身体の悪いおじいさまとおばあさまのお世話をしていましたから、やることはそう変わっておりません」
あの日の怯えきった表情とは打って変わった快活で明るい笑み。おそらくはこちらが彼女の素の表情なのだろう。
それを取り戻せる程度の環境ではあるのだろう、と直哉は少しばかり安堵を得る。
「それで、あの……兵士様も、今日の決闘はご覧になられていたのでしょうか」
「ああ。まあ知り合いだったしな」
デスクワーク一本のお調子者が、決闘の真似事に巻き込まれたというので、ちょうど非番だったこともあり見に来たのである。
だいぶんひやひやさせられたが、結果としてはなんとか勝ちを取れたようで一安心というところだった。
「お知り合いだったんですね! でしたらその、よろしければ教えていただきたいのですけど……」
どうしても気になって仕方がない、といった様子で、少女は切り出す。
「今日の決闘、カンダ・ヤチ様の戦いぶりは、兵士様からご覧になって、いかがでしたか?」
「……いかが、とは?」
「高等法官様とイデアの兵士様の戦いとかで。私たち使用人の間では、高等法官様のお誘いを決闘で断ろうとするカンダ・ヤチ様って、どんな方だろうと様々な噂が飛び交っていて」
「あー。アレはな……」
思えば、ちょっとしたロマンス小説とかでありそうなネタか、と直哉は一人納得する。
現実は非情でイケメン側がぶちのめされる結果となったが。ここからまだストーキングすんのかなあの法官。
「まあ、決闘には勝ったし、あいつも結婚は受けないんじゃねぇの。彼氏……あー、想い人とか婚約者みたいなのがいるだろ多分」
あの見た目と天下無敵の人なつっこさで彼氏の一人もいないとは考えにくい。実際のところは知らんが。
「あっ……そうですよね。やっぱり」
「やっぱここから法官との恋愛沙汰に発展した方が、君らの中では面白いのかな」
「喜ぶ方は多いと思いますよ。想像が広がって噂話のしがいがありますからね」
少女はくすくすと笑いながら、けれど、と言葉を継ぐ。
「どこかに想い人がいて、寄ってきた悪い虫を自力で退治した、なんてお話はそれはそれで喜ばれると思います。女の子が自分の力で想いを貫き通せるなんて、素敵ですよね」
「なるほどね。確かに」
法治が行き届かない世界では、話し合いの解決には限界があり、そういった場合はたびたび力で意志を通す必要に迫られる。
そういうわけで神田中尉も相手方をぶん殴る必要があったわけだが、
……それができない弱者にとっては、厳しい世界だよなぁ。
だからこそ、力を持たない女子にとって、それができる同性は憧れの対象になり得る、ということなのだろう。
「今のお話はちょっと脚色して同僚に流します。きっとカンダ様は一夜にして人気者になりますよ」
「……ほどほどにな」
まあ、人なつっこくてやかましいのが好きなヤツだから問題ないだろう。だいたいが自分でまいた種だし。
「カンダ様は兵士様の目から見ても、とても武に優れた方なのですか?」
「……ある一面ではそうかもな。格闘戦は専門外だろうけど」
実戦経験だけ言えばトップクラス。順番が近づいていたとはいえ現地で昇進一番乗り組だったし、お調子者の割に仕事はわりとそつなくこなしている様な印象だ。
今回みたいな、パワードスーツを着ての現場戦闘に優れているかと言われれば間違いなくノーだが。
アレは金のかかった酔っ払いの喧嘩みたいなもんだった。まあデスクワークの女の子が火器なしで魔法剣士と突然殴り合えと言われればああなるだろうが。
「決闘では、あの方の本領を発揮できていないと?」
へえ。と直哉は少し少女に興味を持った。そこまで食いつくか、と。
「そういうの興味あるんだ」
「あ、あはは……私を助けてくれた人たちなので少しでも知りたいなって」
照れくさそうに頭をかきながら、
「その――兵士様のことも」
「――――」
思わせぶりに付け加えられた言葉の意味を掴みかね、直哉が怪訝な表情を向けていると、
「あ、兵士様じゃ失礼ですよね。――あたし、ウィリアっていいます。お名前を伺っても?」
「直哉。速見直哉だ」
とりあえず答えるだけ答える。と、ウィリアは急に居心地悪そうに視線を泳がせ始めると、
「ナオヤさん。その、えっと……また、お話しさせてください。絶対ですよ!」
そう言って強引に話を切り上げると、ウィリアと名乗った少女は足早に人混みの中へかけていった。
……なんだありゃ。
嵐のように現れたかと思ったら、嵐のように去っていった。
そして、最後の言葉の意味を思い返せば、
「どうすっかなぁ……」
一つの理解には至ることはできる。直哉もそこまで世間を知らずに生きてきたわけではない。
だからといって、直哉は何かしら動く気はないし、そもそも確信というほどのものでもないので、結局直哉がどうこうすることはないのだが。
出会い頭に頭をぶつけられ逃げられたような、どこか釈然としない心持ちのまま、直哉は彼女の後ろ姿を見送るしかなかった。
*
……大丈夫。やれた。私はやれた。
暴れる胸の鼓動に左手で押さえながら、ウィリアは心のなかで小さく言い聞かせる。
焦って突っ込みすぎた気がして、慌てて話を切り上げてしまったが、照れくさくて逃げ出したと取れるように演じたから、そこまで不信感は抱かれていないはずだ。
……できる範囲で印象づけはした。表の人格と相性は悪くない。
後は名前と服装を頼りに情報を集め、行動を把握し、どこかで逢瀬の時間を取る。
特に服装は大きい。彼と同様の白い礼服らしいものを身につけた人間は、総督府の中でも時折見かけている。
おそらく一定の組織への所属を示す服装。そして、彼は巨人を操る兵士、であればあの服装をしている人間たちは、そこに携わる兵士たちだと推測できる。
……ナオヤ。
心の中で名前を反芻する。表の人格に、彼への想いを満たすように。
……次はもっと上手くやる。焦るな、時間をかけて、じっくりと懐柔する。
そうして、いずれは有用な情報源、協力者にしてみせる。
……あたしは、自分の身を差し出してでも、あたしの価値を証明してみせる。
それこそが、自分が焦がれた師匠へできるたった一つのことなのだから。
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