第52話 間隙に刺す

彼の者の ゼ・ディント力をもって・ハーケ・コーファ彼の者ドルツェーア・自身を討てヘム・ハーケル……!!」

 クロウザルの詠唱が終わり、力が満ちると同時。

 振り下ろされたヤチの法儀剣が折り砕かれ、その身は大柄な鎧ごと派手にのけ反った。

 ……まさか、この法儀を使うことになろうとは。

 クロウザルは自身は好まない搦め手。だが、力では敵わないならばこうするほかない。

 好むと好まざるとにかかわらず、必要であればその手を打てる者こそ、真の強者と心得ている。

 そして、そうまで手にしたこの瞬間は最後の機会。これを手放せば、勝利は掴めない。

 観衆には無様な姿を晒すだろう。だが、

 ……私は、貴女が欲しい!!

氷結よヤ・ビェレア彼の者の動きセームルト・ハーケを封じよ・アメルク

 大仰な鎧を固め、少しでも動きを止めるよう全力をもって法儀剣の鉄柵を打ち鳴らす。



「あたた……」

 八智はまたも目を回していた。

 バリアみたいなのに派手に弾かれた、と言うところまでは理解できたが、頭が追いついていかない。

「くまちゃ――」

 何が起こったのか、熊野に問いかけようとした直後、

《ごめん! ちょっとうごかすね!》

「んがー!?」

 八智の問いかけをぶった切った声。

 直後にかけられたGはちょっとどころではなかった。

 尻餅をついた状態から、ホバージェットで強引な後退。軽く五十メートルほど派手にかっ飛び、パワーアシストで強引に立ち上がらされた。

《各部温度急速低下! 排熱を一時機内に循環――予測してたけど……!》

「え、なになになにどういうこと!?」

《凍結魔法! いったん距離をとろう!》

 八智自身も遅れて身体に不自然な寒気を自覚し、ようやく理解した。凍結魔法を食らったのだ。しかも、氷のつぶてが飛んでくる系ではなく、八智と機体の温度を直に下げる系。

 ……あんにゃろ殺す気か!

 関節部や強化外骨格部分だけ冷却、という器用なことはできなかったのだろう。しかし、有効すぎる手ではある。

 八智の強化外骨格は、戦闘用機械であると同時に精密機械でもある。関節や電子回路部に強力な凍結・加熱魔法の類いを食らえば、すぐに動作不良を起こすだろう。

 耐熱・耐冷防御は一定限度を超えると本来の機能との両立が難しい。特に、魔法のような下限上限温度の想定もしようがないデタラメを相手にするならなおさらだ。

《通常温度まで回復。回路が無事で良かった。殺傷力低下の法儀のおかげかな》

「了解。とりあえず、折れた剣を交換するね」

 ホバージェットを軽くふかせ、さらに自陣まで後退。

 折れた剣を捨て、立てかけてあった予備の剣を取り、構える。

 幸い、凍結の影響は少なく、腕の操作に違和感はない。熊野のとっさの判断のたまものだ。

 視線の先に敵。モニターの数値が示す相対距離は百二十メートルほど。

 ……今のコンボはなんとかしのいだけど。

 次は何を仕掛けてくる。いや、仕掛けられる前に畳みかけないと。

 着実に縮む相対距離を前に、八智は自身の手札に思考を巡らせる。



 ……不覚……!

 万に一つの好機を逃し、クロウザルは歯噛みしながらヤチを追う。

 大柄な鎧を身につけているはずなのに、彼女は恐ろしいほど俊敏に動く。

 クロウザル自身も法儀で甲冑の重みを軽減し、加速をかけてはいるが、あの速度まではとても届かない。

 ならば、矢を放つしかない。

 ……先の手といい、この手まで使わせるとは……!

 忸怩たる思いとともに、法儀剣の鉄柵を三度打ち鳴らす。

 武具としての弓矢がなくとも、必中の矢を放つ術を、クロウザルは心得ていた。

氷結よヤ・ビェレア――」



 突如アラートが八智の耳を叩く。

 飛来物をカメラが捉え、即座に脅威目標と判定しアラートを通知してきたのだ。

「なんか撃ってきた!?」

《氷の矢! 避けて!》

 魔法攻撃だ。見た目通りの氷でできただけの矢とも限らない。

 弾速、想定軌道を認識し、AIは瞬時に八智の視界に予測弾道を描画。

 八智はホバージェットを吹かせ、描画された赤い線から逃れる。

 が、

「うっわめっちゃ曲がってくる!?」

 避けた、と思ったのもつかの間。ミサイルよろしく、八智を追って、物理法則を無視して追いすがる氷の矢。

 速度で振り切っても、その低速さゆえか、氷の矢は確実にターンして八智を追う。

「にゃー! こいつフレアとか積んでなかったっけ!?」

 八智は半ば錯乱しながら赤外線ミサイルの対抗手段カウンターメジャーの名前を口走るが、魔法の矢相手にそんな手段は確立されていないし当然積んでもいない。

《量子レーダーでロックはできてるから、自動迎撃で切りはらうよ! 後退しながら、正面でうけて!》

 事前に各種センサー、レーダーシステムは闘技場設備に紛れて設置済み。

 コンパクトな機体に収まらない機能類は一部高速無線通信で補っている。

 相手の探知方法がないからと行ってやりたい放題だが、そもそも負けが許されないからである。

「……了解! 自動迎撃――」

〈自動迎撃:アクティブ〉

 熊野の指示に従い、息を整えながら氷の矢に機体正面を向ける。

 氷の矢。魔法で生成された氷である以上、その重量や速度で威力が測れるタイプの飛び道具ではない。

 それ故に威力が想像できないことに恐怖を感じるが、振り切れない以上腹をくくるしかない。

 アラート音がうるさく耳を叩き、悪寒が背に走る。

「このへん……ッ!」

 最適な距離、とAIが判断したその瞬間。八智の腕は自動制御でひとりでに動き、立て続けに氷の矢を切り払った。

 破壊した感触では危惧したような凍結の追加効果はなかったようが――。

《氷の矢、追加三本!》

「っ!」

 必死で逃げ回る八智の姿に、味を占めたのだろうか。

 氷の矢を放ち、さらに剣を構え駆けてくる騎士甲冑の姿。

《さっきと同じ。できる!?》

「当然!」

 だが、対処法はもう見えた。

 今度は動かず、正面氷の矢に向かい、剣を構える。

 直後に自動迎撃機能が作動。三本とも確実に切り払ったことを確認すると、

「くまちゃん、ワイヤー! 使うよ!?」

《いいよ、やって!》

 相手が飛び道具を使うまでは、と使用を封じていた手を、熊野の了解を得て一つ解禁。

 リモートでシステムロックが解除されたことを確認すると、八智は剣で切りかかる構えを取り、ホバージェットで突撃の加速。

相手がそれを見て、受けの構えを見た瞬間。

「アンカーセット、投擲――」

 機体の動作をAIに預ける。選んだのは事前に組まれていた投擲モーションのプログラム。

 標的は、三十メートル先の騎士甲冑。

「行け――ッ!」

 即座に右の逆手に剣を持ち替え、同時にワイヤーアンカーを剣にセット。腕の出力の限りでぶん投げる。

 わずかに不意を衝かれたらしい敵は、咄嗟の横っ飛びで八智の剣をかわしきる。だが、態勢は崩れ、地面に一回転。それでいい。欲しいのは詠唱や構えに使うはずだったその時間だ。

 ……このまま畳みかける!!

 ワイヤーを巻き取り、投げた剣を手元に戻し、八智は思い切り叫ぶ。

「くまちゃん、自動格闘プログラムオートマのいちばんキツい奴!」

《了解!》

 隙は作った。だがそこから先の手は、八智にはわからない。

 先ほどの手痛いしっぺ返しで八智は痛いほど理解させられた。勝ちまで持ち込むには、八智の格闘スキルでは届かない。まともに戦って勝てる相手ではない。

 なら、もう機械任せしかない。後は野となれ山となれ。

〈自動戦闘機動レベル5:レディ〉

 息を吐き、舌を噛まぬよう口を結んだ瞬間、機体が動いた。

 腰部ロケットブースターの作動と同時に、跳躍。宙に飛び出すやいなや空中から左腕アンカーを打ち出す。

 土の地面にアンカーが突き刺さって固定され、リールの巻き取りとブースターの加速で自由落下を待たずに落下。

 燃料を使い切る前にカートリッジを強制排除し着地。人間の視認速度を上回る動きで、騎士甲冑の背後から勢いのままに横薙ぎに剣を振る。

 豪快な金属音。

 十分な手応えとともに、甲冑が派手に宙へ吹き飛んだ。

〈自動戦闘機動レベル5:シーケンス・エンド〉

 ……決まった!

 AIがそう判断し、八智もそう確信した瞬間。

《まだ!》

 熊野の声と同時にアラート音。

 空中に飛んだ甲冑から、氷の矢が飛んで来ていた。

「あんにゃろまだ生きてる!?」

《殺しちゃダメだよ!?》

 そりゃそうだ、と思いながら、

「オートマレベル5、もっぺん!」

〈自動戦闘機動:レベル5:レディ〉

 剣で矢を切り払うと、着地点を狙って一気に加速。

 だが、さすがにあちらの落下の方が早い。騎士甲冑は勢いのまま決闘場の地面に叩き付けられ、転がる。

 落下のダメージはあるだろうが、悠長にそれを確認することはしない。

 ……詠唱の隙を与えたらまた反射バリアが来る……!

「ああああ!!」

 これ以上何もさせない。縋り付くように八智は最後のロケットブースターを起動。

 ホバージェットの速度にさらに加速をかけ、全力で剣を振りかぶり、

 突きつけた。

 騎士甲冑の喉元、首に届く手前で、AIは正しく剣を止めた。



 目で追うことすらできない一撃を、勘のみに頼り剣で受けたところまでが、クロウザルの限界だった。

 剣を受ける直前、地面をわずかに蹴り、少しでもその一撃を軽くし、前後不覚に陥りながらも破れかぶれに“氷結の矢”の法儀すら放つことができた。

 普段の訓練と、これまでのトカゲとの実戦で鍛えられた勘のたまものだっただろう。

 だが、そこまでだった。

 激しく地面に叩き付けられ、受け身の法儀でも抑えきれない衝撃に一瞬意識を持って行かれ、意識を取り戻したその瞬間には、首元に剣先があった。

 突きつけられた剣を払うだけの力も、残っていなかった。

 ……完敗だ。

 敗北した。その事実は悔しくてたまらないが、全力を尽くして、その上で負けたという納得感もあった。

 ……鍛え直しだな。

 法儀に剣術に、もっと鍛えねば彼女には届かない。

 その事実を心が受け止めると同時、クロウザルは、再び意識を手放した。



「勝者、ヤチ・カンダ――!」

 主審の宣言に、ティルは一気に肩の力が抜けるのを感じた。

「勝っ、た……」

 ティルだけでない。一緒に観戦していたカズキやアカリ、ミツバも一斉にため息を吐き出していた。

「よかった……」

「ギリッギリでしたね、やっちー先輩。でも、勝ってくれてよかった」

「ひとまず解決といったところか……」

 相手方の法官――クロウザルの心中を思うと気の毒ではあるが、

 ……これで、良かったんです。

 今は仕方がない。I.D.E.A.の人間は帝国の人間とは違う論理と倫理で動いている。婚姻などはその最たるものだ。

 カッサンドルフ家は、ザッフェルバルでは名の知れた家柄だから、相応の家柄の令嬢を娶る力はあるだろう。周辺の社交界では彼の噂をしている女性も少なくないはず。

 だが、I.D.E.A.の人間は、帝国における地位や家柄など歯牙にもかけない。ヤチなどはむしろ「身動きがとれなくなるからいやだ」と言っていたぐらいだ。

 そんなヤチたち、I.D.E.A.の女性の在りかたも、交流の少ない帝国の人間から見れば、ヤチなどは“跳ねっ返りで戦士をやっている貴族の令嬢”としか見えないのだろう。

 ……このあたりの衝突も減らしていかないと。

 ザッフェルバルとI.D.E.A.がこの地で交流をはじめて、すでに月が2周りと半分ほど巡っている。

 今回の決闘は、未だにI.D.E.A.の力や在り方を理解しない人々へ、改めて彼らの力を示すよい機会となっただろう。

 特に領都やルタン以外の、I.D.E.A.職員・軍人が常駐しない小規模集落・都市の法官たちなどは、実力どころかその姿すら見たことがない者たちも大勢いる。

 そんな彼らにとっては、I.D.E.A.は未だに“なんだかよくわからない理由でもてはやされている新参者”という認識のままとなっている。その侮りが、法官側からI.D.E.A.への無用な突っかかりや重要な局面での連携不足を生みかねない。

 こういう機会で、大勢にI.D.E.A.側の実力を周知することも、彼らの力を借りる上で必要なことだ。

 ……ヤチさんたちには、あとでお礼を言わないと。

 突発的な事故とはいえ、こうして場が綺麗に収まったのは彼らの労力あってこそのものだ。

 形式ばった宴は気疲れしまうだろうから、総督府の一室で、親交のある方々を招いて、小さなお茶会でも開こうか。

 ようやく肩の荷が下りたティルは、しばしその先のことに、心躍らせながら思いを巡らせる。

 そして、

「ティル、どっちもすごかった! これ、また見たい!」

「あはは……」

 まだこの案件の政治的意味を知らない次期総督、ディトレン公だけが終始はしゃぎっぱなしだった。

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