第51話 刹那に舞う

 決闘当日。

 ウィリアたちザッフェルバル総督府の裏方たちは、当初の予想通り右往左往していた。

 客人はあれがないこれが欲しいと好き勝手なことを言うし、客人の使用人たちも主人の顔色を伺って好き勝手なことを言うので、階級や立場を踏まえながら手際よく要望を捌いていかねばならない。

 客と言っても、さすがに領都や周辺都市の法官たちがせいぜいで、教導官クラスの重役はそうそういない。だが、格が低い分荒っぽく、使用人への態度が悪い方々が多い。

 そんな“お客様”を相手にせざるを得ない状況にもかかわらず上司はまったく当てにならないので、ウィリアも顔の広い仲間と情報を取り合って、断片的にしか状況が見えないながらもどうにか奔走するしかなかった。

 そんな中で、ウィリアの興味を引いたのはI.D.E.A.の使用人たち。

 雑談はせず、こちらから振っても簡単な応答を返すのみの彼らは、独特の奴隷民族なのだろうか。言葉遣いが独特で、やや意志疎通がとりにくいところもあったが、主人に与えられたとおぼしき仕事は的確にこなしていた。ある意味では、ウィリアたちよりずっとスムーズに。

 そんな彼らに対し不気味がる同僚もいたが、一部の慣れた先輩たちは彼らから的確に情報を引き出し、あるいは巧妙に指示を与え、鉄火場の手伝いに当たらせていた。

「癖はあるけど、話し方とかはみんな一緒だから覚えたら簡単だよ」

 とは要領のよい先輩の談。

 ウィリアも見よう見まねで彼らとやりとりを重ねつつ、忙しさにかき回されていればあっという間に時間は過ぎ、まもなく決闘が始まろうという頃。

「おお、総督代行が」

「ディトレン様に、ティルヴィシェーナ様だわ」

 一等観覧席で客人たちがそう口々にするのを聞きつけ、ウィリアはさりげなく視線を向ける。

 総督のために用意された特別な観覧席。そこに、確かにその名を持つ二人が現れた。

「あ……」

 次期総督の少年、ディトレン・ツァル・ザッフェルバル。そしてザッフェルバル総督代行、ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリア。

 雲の上にいた存在。いずれ自らの刃を届かせるべき存在を、ウィリアはその日、はじめて目にすることとなった。



 ティルはどことなく落ち着かない思いで総督代行の観覧席に座っていた。

 ……うまくいきますように、うまくいきますように、うまくいきますように……。

 ヤチの決闘。ここでヤチが負ければ、ティルはその後はてしなく不毛で面倒くさい政治戦に巻き込まれることとなる。

 本来であれば総督代行が首を突っ込むべきでない領域に口出しする上、そうなればおそらく高確率で警衛隊の法官たちから反感を買うことになる。

 そうならないためにも、ヤチにはなんとしてでも勝利して欲しい、というのがティルの偽らざる本音だった。

「ヤチさん、大丈夫でしょうか……」

 口に出しても仕方がないのに、やはり言葉がこぼれてしまう。

 正直、勝率は半分と聞いていれば、不安しかない。

 その様子を見かねたのか、側に控えたレファが、同じく隣に立つカズキに問いを投げる。

「ヤチ様は自身の兵士を率いる騎士と聞き及んでおりますが、武術の心得は?」

「ないわけではない、程度でしょうか。基礎はある程度学んではいますが、剣での打ち合いは、素人に近いでしょうね」

 カズキの正直な物言いにレファは顔をしかめるが、ティルからすればとっくに本人から聞いた話だ。「私は机上の戦士使いなの! 安楽椅子小隊長なの!」とよくわからない泣き言といっしょに。

「だからこそ、そこをどう補うか。カンダ少尉の仕込み鎧は、その一点に絞って製作・調整されているはずです」

「……信じましょう」

 レファは相変わらずしかめっ面でカズキを見ずに言う。

 ティルとしてはこの二人にはもう少し仲良くなって欲しいのだが、溝とも言えない名状しがたい何かが二人の間に横たわっているらしい。

 そんなこともお構いなく――あるいはわかった上でか――ティルの席の後ろでは、アカリとミツバが、

「ねー、ミツバ姉。実際やっちー先輩って、運動できたっけ? スポーツとかしてた?」

「バドミントンはそこそこできる奴だった覚えがあるが、士官学校に行ってからは実技にひたすら文句をたれていた記憶しかない。銃を撃つのは好きそうだったが格闘が苦手なんだと」

「むしろあの細さで格闘とかよくやってたよね……。というかデスクワーク志望で普通にそれやらさせるんだ……軍隊怖い」

「軍隊はろくでもないぞ。『わたし勉強もスポーツも万能だから』と成績のいいバカが適性を鵜呑みにしてほいほい釣られて泣きを見る場所だからな」

 それってヤチさんの話ですよね、と気になる会話を繰り広げていたが、

 ティルから話しかける前に、会場にひときわ大きな男の声が響いた。


「両者、入場――!!」


 ザッフェルバル警衛長。審判を務める男の声だ。

 その声に引き出されるように、機械の鎧を身につけたヤチと、決闘相手のクロウザル高等法官が、ゆっくり場内の中心へ歩み出てくる。

 ざわついていた会場が、一気に歓声に包まれた。



 八智は歓声のただ中にいた。

 ローマのコロッセオ、あるいは陸上競技場を思わせる、石造りの観客席にぐるりと囲まれた広場。

 そこで八智は、法官の男と一対一で向き合っている。

 相手の法官は全身に金属の鎧をまとっていた。訓練用の板金鎧。頭に羽根飾りと、背にマントをはためかせている。ヨーロッパの騎士甲冑を思わせる作りだ。

 対する八智の装備は、全く思想を異にしていた。

 両手両足に自身の手足より一回り大きな義肢を装着し、背にはその動作を支えるための高密度のバッテリーパックと、姿勢・運動制御用補助AIを背負っている。

 また、それ以外の部分――全身は防刃耐Gスーツで覆いつつ、胴体は防弾ジャケットの上から複合軽装甲を被せて守り、頭部はフルフェイスのARモニタ付き耐弾ヘルメットで覆われている。

 今回の決闘用に設計・製造された一点モノのワンオフ装備。

 一種、サイボーグじみた出で立ちで、八智はその場に

 そう。八智自身の口が招いた事態とはいえ、ここまでくるともう他人のせいにでもしたい気分である。

 少なくとも、八智自身ここまで観客が集まるとは思っていなかったし、


「カッサンドルフ家の嫡子にして次期当主、高等法官クロウザルが宣言する! この戦いに勝利した暁には――

ヤチ・カンダを我が妻とする!!」


 こんな大バカ野郎に付き合わされて見せ物にされるのは、心底うんざりなのだから。



「では、審判は我、ザッフェルバル総督府警衛隊・警衛長、マーロス・ソム・ベルンガ教導官が執り行う」

 向かい合う八智とクロウザルの間に厳めしい男が立ち、マイクもない中、決闘場の真ん中で堂々と宣言する。

 ザッフェルバルの軍事・警察の総責任者たる警衛長。過日の失態をティルの温情で許され、その座に残っている男が、今回なぜか審判を申し出たらしい。

「双方立会人として、ザッフェルバル警衛隊・南領都警護隊長、ディルムナッド高等法官。I.D.E.A.は第一揚陸歩兵大隊・第二歩兵中隊長 ハジメ・ハマザキを置くことに、異議はないな」

「「ありません」」

 立会人には、双方の直属の上司が選ばれるしきたりということで、両者とも所属部隊の隊長が立会人として選ばれていた。

 八智の側は当然、浜崎中隊長となる。野戦服ではなく、陸戦隊制服に身を包んだ中隊長は、メガネの奥からどこか死んだような目で八智を見ている。

 ……うわぁ。

 八智からは試合前に九十度頭を下げて直々に頼み込んだし、外交部からの要請を受けた軍の正式な仕事であるから、向こうも断りはしなかったが、

 ……後が怖いなぁ。

 冷や汗を流す八智の心中などお構いなしに、審判は淡々と決闘のルール説明を続ける。

「武器は訓練用の、刃を潰した法儀剣のみ。使用本数に制限はなく、折れた場合は所定の剣置き場より自由に交換してよい。また、審判に申し出て交換を申請してもよい」

 ここで使われる法儀剣は、両刃の直剣に鈴や鉄柵のついた、帝国で使われる法儀剣の中でも最も簡素なもの。この手の決闘や訓練では、刃を潰した安物の法儀剣がよく用いられ、調達も用意なのだとか。

 一方、剣の本数・交換自由についてはI.D.E.A.側からの要望で採用されたルールだ。

 両者の背後に一カ所ずつ武器置き場が用意されており、取りに戻れるのであれば自由に使用してよいことになっている。

「法儀の使用は自由だが、この決闘場全体には教導官三名による抑制法儀がかけられている」

 法儀の種別に制約はないが、殺傷力を抑えるため、ベテランの教導官の手により、威力や効果が減衰させられるのだという。

 とは言っても、鉄の塊を振るって殴り合い、火の玉や岩の塊を放り投げれば、事故は付き物だろう。

「決闘中、対戦相手を殺害しても罪には問われないが、これは殺すための戦いでないことを十分に留意する事」

 うへぇ、と思いながらも八智は背筋をただす。殺す気も殺される気もないが、こういう場で事故がつきものであることは、士官学校時代の訓練で身にしみて理解していた。

「決着の条件は、どちらかが敗北を認めるか、気絶や負傷その他で戦闘継続が不可能と審判・立会人が認めた場合とする」

 だが、もはや避けられない以上、腹をくくって相手を打ち倒すしかない。

 ……どうか、さっさと降参してくれますように……! 



《こちらでもできるだけサポートするから、よろしくね。八智ちゃん》

「うん。こちらこそ。苦労かけるね、くまちゃん」

 通信の先は、あけぼしの戦術管制室。歩兵用管制卓の一角を借り、今回の決闘のための、いわばセコンドとして詰めているのだ。

 出力・機能の監視をしつつ、戦況を見極め、必要であればAIの自動制御への切り替えなどを担当する。

 視界の狭い八智のためのもう一つの目となりつつ、戦術のアドバイス要員として、実際に無人機の指揮経験のある熊野と、パワードスーツの開発担当者が詰めている。

《がんばって、ここまできたんだし、勝とうね》

「私の人生が勝手に賭けられてんだから、負けてたまりますか――っと!」

 言いながら、八智は姿勢を下げ、地面に両足をしっかり接地させる。

 大きさゆえに癖はあるが、ほとんど手足の延長として動く。数週間かけて設計・テストを重ね、八智のために調整された、ワンオフの強化装備。

 その機能は、人間の繊細さを拡張しながら、脚力と腕力。それを純粋に強化したもの。

 そして、扱う武器は右手に刃を潰した法儀剣。以上。

 ならば、格闘技術に明るくない八智が取れる手はシンプルにひとつ。

「では、両者、構え――」

 ……全力で振り抜いて、気絶するまでぶん殴るだけ!

「――はじめッ!」

 一拍遅れて機械翻訳で開始を知ると、

「跳べッ……!!」

 八智は思考のまま、一挙に跳躍。

 高出力人工筋肉の爆発的な跳躍力に加え、同時に腰部ロケットブースターをを点火。

 カートリッジ式の固体推進剤が爆発燃焼し加速。耐Gスーツ越しに八智の身体が軋む。

 二度目の踏み込みで突入角の修正。

 敵は動かず防御の構え。なら、正面から力尽くで叩き潰す。

 三度目の踏み込みで対象に食らいつくための最終補正をかけ、ブーストカット。燃料カートリッジを強制排除。

《八智ちゃん、いけ……っ!》

 慣性に乗り、相手が構えた剣ごと叩き潰すべく、まっすぐに剣を振り抜いた――が。

「……んにゃ!?」

 まともな手応えがないまま、一気に振り抜き、八智はそのままつんのめった。

 ……受け流された!?

 八智の剣を正面から受けると見せかけて、男は滑らせるように威力を後ろに流したのだ。

 気づいて振り返れば、既に体勢を立て直した騎士甲冑が、縦に剣を振りかぶっていた。

 避けきれない。認識と同時、アラート音が耳を叩き、身体が勝手に動きだした。

《ごめん八智ちゃん! 緊急回避!》

 ほぼ同時に熊野からの声が来て、八智はやや遅れて理解する。

 補助AIによる緊急回避動作だ。スーツ脚部に内蔵されたホバージェットがうなりを上げ、強引に旋回した。

「ちょっあっ……んなろー!!」

 八智はそのまま回転に身を任せ、AIの判断に便乗して右足で相手の胴を蹴り抜いた。



「ぐ……っ! なんと……」

 派手に地面に転がされ、クロウザルは痛む胸と混乱する頭を抱えながらなんとか立ち上がった。

 驚異的な速度だが稚拙で直線的な突撃。クロウザルは正面からの一撃を正確に受け流し、切り返した一撃は必中かと思われた。

 直後の蹴り。

 ……まさに、トカゲ並みの動き……!!

 感心する間もなく、立ち上がるやいなや、襲いかかる剣筋。

 とっさに構えた剣で受け切れたのは偶然か訓練のたまものか。

 ……重いッ!?

 単純で直線的な剣。受け流すだけでも並大抵でない衝撃が腕の芯まで響く。 

 それが、常識外れな速度で無数に繰り出される。凄まじいの一言だ。

 法儀を繰り出す余裕もなく、加護を祈るので精一杯。

 衝撃を受けきれず、手の感覚が少しずつ失われていく。

 だが、その動きの単純さ、速度の単調さに、クロウザルの思考は少しずつ余裕を得る。

 ――ならば!



「このこのこのこの……ッ!」

 八智は、とにかくパワーアシストに任せて相手を殴り続けた。

 単純に八智ができることなどその程度に限られているからだ。八智自身の経験から、素人は教科書通りにやるのが一番だと身にしみているからでもある。

 打撃、打撃、打撃。

 相手の疲労待ちのところはあるが、八智もさすがに感覚が鈍ってくる。

 集中を保とうと、意識を持ち直した、その一瞬。

「このっ……! ……あれ?」

 何度目かの打撃に、相手が大きく吹っ飛んだ。

 そこまで意図したわけではないが、アームのパワーからすれば不思議でもない距離を飛び、相手が地面に転がる。

 体力切れだろうか。だが、油断せず追撃を加えようと、剣を振りかぶり突っ込む。

《違う!》

 熊野からの警告。何が違うのか、意図を読み取ろうとしてすぐ、

《詠唱の時間稼ぎ……!》

 剣を振り下ろした瞬間。自身に降りかかった現象となって八智はその意味を理解した。

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