第10話

歌舞伎役者と対峙する本物川。


永きにわたる赤ら顔と同胞団の戦いは、今まさに終わりを迎えようとしていた。


今まで幾度となく目の前にたちはだかってきたメインストリーム。その全てが赤ら顔の歌舞伎役者の身体に収斂している。しかしそれと同時に、めぐみとめぐみの同胞の力と情報の全てが本物川さゆりに凝縮されている。今この空間はこの世の全てなのだ。



歌舞伎役者が動き出す。メインストリームに意思はない、ただの力の塊だ。その動きに一切の淀みはない。


同時にさゆりも仕掛ける。永きにわたるメインストリ―ムとの因縁に決着をつけるのだ。この期に及んで小細工を弄する気はない。



両者の力がぶつかり合う。凄まじいエネルギーの放出にも関わらず空間が壊れないのは、全ての因果がこの一か所に絡み合っているためだ。気の遠くなるほど長い間繰り返されてきた赤ら顔による蹂躙と復活を経て、本物川の力はメインストリームと拮抗するほど高まっていた。



先に折れたのは歌舞伎役者だ。いや、ただ折れたのではない。意思を持たない力の流れであるメインストリームが相手の力に根負けして折れるということはない。力の塊は意思を持つが故の力の歪みに敏感に反応し、依り代である屈強な歌舞伎役者の身体を動かす。




「があぁぁーーー!!」

力を逃されつんのめる本物川の足に飛びつき身体をひねる歌舞伎役者。さゆりの膝関節がバリバリという音を立てる。


「―――ラァッ!」

歌舞伎役者の目に指を突っ込む。反射的にのけぞった歌舞伎役者からとんぼ返りで距離を取る。



広間の壁にひびが入る。膝関節が破壊されたからだろうか。



歌舞伎役者は目を潰されたが役者の肉体は単なる器に過ぎない。まるで見えているかのように相手の力の弱まりに反応し、大きく踏み込み拳を放つ。


「ッシャアォラァッ!」

両者同体で倒れこむ。歌舞伎役者の上腕は本物川に抱えられている。脇固めだ。かつてめぐみに力を託した同胞井之頭五郎、マル歌の刑事繁田が得意とする古武術だ。


「死ねコラぁ!」

折った腕を手繰り寄せ馬乗りになる本物川。今まで蹂躙されてきた恨みを晴らすかのように歌舞伎役者を滅多打ちにする。


「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

激情が本物川の身体を動かす。常に変異を間近で見てきた青識の恐怖、怒り、困惑、様々な感情が入り混じり、さゆりの拳に力を与える。


「―――っはぁっ!…オラぁ!」

息をついて大振りに殴り掛かった隙を突かれ、腕を取られてひっくり返される。その流れから抵抗する間もなく左ひじを破壊されてしまう。



「んあぁぁぁああああ!」

折れた腕を取られたまま歌舞伎役者に頭突きをかますさゆり。しかし上体を起こしたさゆりの顔に、歌舞伎役者の拳が襲い掛かる。


「ぶっ…あがッ…うぅー!ぐッ…」

メインストリームに慈悲も怒りもない。今まで空間に反応しそれを浸食してきたのと同じように、淡々とマウントポジションからさゆりを殴り続ける。




鈍い衝撃音に水音が混じり始め、本物川の反応も次第に鈍くなる。


歌舞伎役者はさゆりをけり転がして四つん這いにすると、拳を構え動きを止める。



歌舞伎役者の拳はバンテリンとなっていた。









「けおおおおおおお!!!!!!1145141919893」







ぴるすの緩み切った肛門にバンテリンが挿入される。


気づけば大広間は崩壊しかかっている

あとはこの大広間で、バンテリンは永久にぴるすの肛門を往復し続けるだろう。






歌舞伎役者の動きが止まる。腕が動かない。しまりがないはずのぴるすの肛門は、一ミリとて動かすものかと言わんばかりに万力のような力でバンテリンを絞め上げる。



―――かつて、ある同胞達がわたしの世界を訪れた。彼らは宇宙を成長させる力を持たず、他者が産み出したものを解体し、つなぎ合わせることでしか世界を表現出来なかった。



歌舞伎役者が本物川の方を向く。



―――その肉体は私自身のコラージュ。創造力を持たざる者の意思が呪いのように存在をその場に縛り付ける。もうあなたの腕は肛門からぬけないのだわ。



さゆりは歌舞伎役者とぴるすが一体となった塊へと歩みを進め、折れていない右腕をゆっくりと振り上げる。



―――同胞達は私に全てを託し私と一つになった。今私の拳には同胞全ての意思と力が宿っている。私一人では到底勝つことが不可能だったあなた達赤ら顔を、今こうして見下ろしながら全てを終わらせようとしている。



さゆりは拳を握りしめ、渾身の力を込めて振りかぶった。




「人はそれを、絆とも呼ぶのよっ!」





メインストリームが振動を始める。さゆりの拳から伝わる同胞達の力が、かつて流浪の民であった者達の意思によって無限に拡散する。


意思の力がメインストリームを駆け巡る。世界は音を立てて崩れ始め、大いなるちからがメインストリームごと空間を呑み込みこんでいく。














―――長かったのだわ…。本当に…


めぐみとしての感覚がまだ残っているのだろうか。時の感覚を超越したはずの本物川は、そんなことを考えた。


本物川はメインストリームを取り込み、この世で唯一の空間となった。ここまでくるのにどれほどかかっただろうか。この世から赤ら顔は消え去ったのだ。



「少し、休むのだわ…」



さゆりは誰もいない世界で一人つぶやく。力を使い果たしたさゆりは、再び世界を創造するまでしばらく眠らなければならない。


一年後かもしれないし、百年も二百年も後かも知れない。もしかしたら一秒や二秒そこらかもしれない。いずれにせよ、次にさゆりが目覚める時にこの世の全てが生まれ、本物川さゆりの世界が始まるだろう。そこには皆がいる。めぐみも青識も、井之頭もマツコも幸四郎も、そしてさゆりも、皆が本物川として世界を構成する未知の世界が待っている。


さゆりはゆっくり目を閉じた。




私が、望む世界…













―――まだ眠るときではないのだわ。


「!?」


さゆりの頭に聞こえるはずのない声が聞こえると同時に、さゆりは何かを感じ取った。




「?そんな…私たちはいったい何と戦っていたというの…?」






さゆりの目の前に果てしない赤ら顔が広がる。メインストリームが復活したのだろうか。


違う。あれはメインストリームではない。我々がメインストリームと呼んでいたものは、これに比べれば大海原で生じた飛沫の一滴のようなものだ。


「…メインストリームだなんて、笑わせてくれるのだわ。私たちはこんなものに戦いを挑もうとしてしていたのね。」


さゆりは悟った。全ては赤ら顔に飲まれる運命だったのだ。私は大いなる力の一端に触れるためここにたどり着いたのだ。


「―――もう、飽きたのだわ」


あと一秒で力の一端に触れる。大いなる力と一つになれるのはもうすぐだ。























アーイ↑




イルマニア

埼玉入間

代表さ

アーイ↑






「!?」


なぜだ。なぜこんな時にイルマニアが。力の正体がイルマニアとでもいうのだろうか。



―――諦めるのは、まだ早いのだわ。



「!!誰?誰なの?」


またさゆりの頭に聞こえるはずのない声が聞こえる。この世界の全てとなったさゆり。ここにはさゆり以外のものは存在しないはずだ。



―――そう、わたしはあなた。未来のわたしにイルマニアを託した過去のわたし。イルマニアを通じて、いまこうしてわたしはわたしに語り掛けている。



「まさか…めぐみ?めぐみなの?」



―――めぐみであり、本物川さゆりでもある。わたしの存在はあなたの一部。世界が真の危機に瀕したとき、わたしの力になるためわたしはここにきた。



「あなたは、わたし…。わたしは、あなた…」



―――そう。あなたは使命を忘れてしまったようね。赤ら顔から同胞を救うの。わたしが力を貸してあげる。わたしがわたしの空間を切り離してあなたを跳ばす。あなたはその先でもう一度世界を作り、再び赤ら顔の脅威に立ち向かうのよ。



「…残念だけど、お断りするわ。」



―――なぜ。あなたは赤ら顔と一体になりたいのかしら。同胞の思いを無駄にするつもり?



「いいえ。跳ぶのはあなた。いまの私は力を使い果たして世界を創造する余力はない。…それに、いちどでも歌舞伎と一体になりたいと思った者に同胞団のリーダーたる資格はないわ。だから私が依り代になってあなたを跳ばす」



―――本当に、それでいいのね。



「ええ。私はもう疲れた。リーダーにふさわしいのはさゆりではなく、めぐみ。さあ。依り代になる前に、あなたに全てを授けるわ。あなたはあなたの望む世界で生を受け、再び大いなる力と対峙するのだわ。いきなさい大澤めぐみ。もう一人のわたし。」



―――わかったわ。わたしはわたしの願いを受けてわたしの世界を創造する。





わたしが、望む世界…











カギを開け、玄関のドアを開く。


めぐみがさっき買ったのと同じ清涼飲料水を、赤ら顔の歌舞伎役者が飲んでいる。そんな様子がテレビに映っていた。めぐみはテレビをつけっぱなしだったことを思い出した。どうやら月曜から夜更かしが終わり、次の番組に向けてCMをやっているようだ。


部屋には特に変わった様子はない。出かける前と同じワンルームである。


なんてことはない。全てはくだらない妄想である。相変わらず世の中はつまらないままだ。


本当にそうか。


めぐみは清涼飲料水を飲みながら自問自答した。


赤ら顔の歌舞伎役者を見ながら南高梅サイダーを飲むなんて中々オツではないか。世の中は退屈だが言い換えれば平和という事だ。仕事だってつまらない事ばかりではない。まだまだこの街も探索してない所がたくさんあるはずだ。イルマニアも桐谷さんも飽きたとはいえ嫌いじゃない。


案外、これが自分の望んだ世の中なのかも知れない。


「村上と村上かよ。二連続村上はさすがに飽きるのだわ」

めぐみはCM明けのテレビ番組を見てそんなことをつぶやきながら、明日はどこに出かけようかと思いを巡らせていた。

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イルマニア @SPmodeman

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