「空禍、なおも増加。一〇キロ圏内でその数一〇〇以上!」


「第三響律式砲、一門機能停止! 修復作業に要する時間はおよそ一〇分!」


「次の主砲充填完了まで四〇〇秒です!」


「ヴィレット・ストレイム少尉。並びにデルムッド・アキュナス両名、緊急発進!」


「ハーシェス機、被弾! 浮遊大陸に緊急着陸!」


 次々と飛び交う情報に晒されながら、エルはそれらを次々と的確に捌いていく。

 しかし、それでも追い付かないほどの速度で状況が動く。このままでは長く持たない。


「避難勧告はどうなった!? あとどれくらいかかる!」


「まだ二割も完了していません! そもそもルインヘイムには大多数の人間を運べるほどの飛行艇は――」


「弱音は不要だ! 必要な時間を稼げ!」


 叫びながら、エルは思い切り椅子へ拳を叩きつける。自分で叫んだ言葉に反吐が出る気分だった。

 無理だということは、エル自身が一番よく理解している。状況は何一つ好転しておらず、むしろ一層悪くなるばかり。

 ノクトの報告によれば、並大抵の響律式はあの竜に通用しない。すでに一発叩き込んだ主砲による制圧戦術型響律式すら、竜の表面を焼くくらいの効果しかなかったのだ。


 万策が尽きた。


 これ以上戦闘を長引かせれば被害が増すどころか、最悪の場合この〈ヴリュンヒルデ〉さえも雲海に沈むことになるだろう。

 指揮官として、団を預かる身として、これ以上の戦闘続行は悪手だということは判っている。


 だからと言って、見捨てることができるか!


 歯が砕けんばかりに軋ませながら、エルは画面向こう――空禍を引き連れるようにして飛翔し始めた竜を見据え、叫ぶ。


「ノクト! どうにかしろ!」


『無茶言ってくれるなぁ』


 通信端末越しに気のない声を上げる男の声。その声には確かな緊迫感が宿っているのに、それでもこの男は斜に構えた様子で溜め息一つ。


『やれるだけはやるが……時間稼ぎにもならねーぞ。きっと』


「なんでもいいからやれ! 正直な話、自由に動け且つ、最大戦力と言えるのはお前なんだからな!」


『第三王女様にそう言われちゃあ、感動の余り涙が出ちまうよ。騎士の皆様方から苦情が飛んできそうだな』


 軽口と皮肉が返ってくる。その相変わらずさに安心してしまう自分の安っぽさに思わず笑ってしまう。

 大丈夫、まだやれる――そう思える。


「ひ、姫様!」


 そう思った矢先、メリアが素っ頓狂な声を上げた。「何だ?」と振り返るエルに向け、メリアは浮かび上がった虚空画面を指差す。

 導かれるままにその画面に視線を向けると、其処に映っていたのは駐機区画の映像だった。無論、それだけだったらメリアもあんな声を上げないだろう。問題は、その駐機区画の端の端に立っている小さな影――フィーユの姿。


 そんなところで何を? そう思った矢先。


 フィーユが、〈ヴリュンヒルデ〉の駐機区画から、一片の迷いもなく虚空へと身を投げたのである。




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