Ⅲ
距離が徐々に詰まっているのを感じながら、ヴィレットは眼前を走るカインの背中を見据え、叫ぶ。
「止まれ、カイン・ダラン!」
一度は死んだと思った――いや思わされたかつての友の名を叫ぶ。だが、カインは止まらない。それどころか振り向きながらその手に握る砲筒を構えて、容赦なく引金を引いてきた。
巨大な――自分の掌を広げたくらいの大きさの砲弾が飛来する。対し、ヴィレットは愛用の砲剣を持ち上げ、迫り来る砲弾へと刃を叩きつけた。
「カイン!」
「まったく、うるさい奴だな」
そう言って、ようやくカインは歩みを止めた。振り返り、彼は悪童のような笑みを浮かべながら言う。
「おお、我が相棒。そして親友よ。久しぶりだぞ、と」
「抜け抜けと!」
砲剣の銃口をカインに向けながら、ヴィレットは苦渋に満ちた表情で叫んだ。
「何故このようなことをした? そして何故、『大樹の実り』へ加担する!」
秘密結社『大樹の実り』。
秘密結社といってもそれぞれには組織差があり、小さな集会団体なこともあれば、巨大で犯罪に手を染めるものもある。
そして『大樹の実り』は、少数ながらに絶大な力を持った対政府組織であると言われていたのだ――七年前までは。
七年前にユグド全土を巻き込みかけた響律戦争――その裏で『大樹の実り』が暗躍していたことが判ってからは、その対応は激変した。
第一級の犯罪組織――それが現在『大樹の実り』の推されている
そんな犯罪組織にカインが加担していることが、ヴィレットには信じられなかった。故に問うのだ――何故、と。
「判っているのか、『
「世紀を代表する犯罪組織? 戦争を裏から操っていた悪党? そう言いたいのか。だったら答えよう――そんなこと知るか」
断言するカインの言葉に、ヴィレットは絶句する。驚愕に目を見開き固まるヴィレットに向け、カインは捲し立てるように言ってのけた。
「『大樹の実り』にとって、戦争も『冥装』も些事に過ぎん。より大きな目的のための足掛かりだ。その程度も判らないようなお前が、『大樹の実り』を語らないでほしいな」
砲筒を握っていた手をだらりと下げ、カインはくつくつと笑いながら言う。
「そもそも『冥装』の存在に気づくのがお前らは遅すぎる。『ブロート』如きを潰したところで――ましてやおれを捕らえたところで、もう手遅れだよ。あまり『大樹の実り』を侮らないでほしい。こいつはもう、とっくの昔に広まっているぞ?」
「なんだと……」
思わず言葉を失うヴィレット。
あんなふざけた代物が、すでに世に出回っているというのか? だとすればその数は? どのような組織が? 一体、なんのために?
思考を巡らすヴィレットの様子を見ていたカインが、くつくつと笑う。
「相変わらず頭が固いんだな。そんなんだから、騙されるんだぞ、と」
すらりと、砲筒を握っていない手が動く。そこに握られていたのは奇妙な――いや、不気味な、肉の塊で出来たような短剣である。
その短剣を手に、カインは満足そうな表情を浮かべてヴィレットに言った。
「だがまあ、最後にお前に会えて良かったよ。ヴィレット・ストレイム。おれがただ一人、友と認めた男……そして、良く目に焼き付けろ――カイン・ダランの最期を!」
叫ぶと同時、カインはあろうことかその手にした短剣を自身の胸へと突き立てたのである。
「カイン……!」思わず駆け寄りそうになるヴィレットに向け、カインは手を翳してそれを制する。
「来るなよ……ヴィレット……来れば……お前も、みち……道ず………みち……ず…れ……れ、れ……れれれれれえええええええええええ!」
唐突に、まるで壊れた玩具のように奇声を発し始めたカインの様子に、ヴィレットは言葉を失ってその場に立ち尽くす。
徐々に、だがはっきりと、カイン・ダランが壊れて行った。
そしてその身体はカインのものから、別の物へと変貌していく。
どくん どくん どくん……
どくん どくん どくん……
まるで鼓動を響かせながら、カイン・ダランであったそれは別の生命へと変わっていく。
建物を揺らし、狭い空間を突き破って、それは外へ飛び出していく。
巨大で、
雄々しく、
鱗に覆われた身体と、
巨大な翼を携えた異形へ。
そう――竜と呼ばれる、空の王者へと変わっていった。
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