五幕Ⅰ
ノクトからフィーユへと送られてくる位置情報を元に割り出した敵の拠点に向けて放たれたのは、対軍艦飛行艇用に用いられる
ひたすらに火力に特化した、軍艦ですら直撃すればひとたまりもない響律式によって地表は吹き飛び、その下に存在していた鋼鉄の外壁も容赦なく破壊した。
「滅多に使わないぶん、こういうときに使えるといいものだな。痛快だ」
吹き飛んだ外壁を見て、エルは満足げに頷いて正面の大型
空いた穴から次々と内部に侵入していく騎竜艇。勿論そこだけではなく、この施設の出入り口と思しき場所にはすでに騎士たちを配置してある。
「これで袋の鼠というやつだ」
不敵に、そして悪辣に笑みを浮かべるエルの様子に、傍らに立つメリアは「随分頑丈な袋ですがね」と嘆息一つ。
「ですが、隠し通路が存在していても不思議ではありませんから、捕縛するならば早急にことをなすべきです」
言ったのはフィーユだった。無表情のまま進言する少女の言葉に、エルは同意を示すように首肯した。
「その通りだ。しかし、相手はあのふざけた『冥装』を保持している。あまりことを急げばこちらの被害が甚大となる可能性は否めない。ましてや、向こうにはこちらのことを知っている戯けがいるようだしな……」
ことを知るまで腸が煮えくり返っていたが、ことを知ってからは最早沸点が限界を超えたというのがエルの心情だった。そしてそれは、くしくもノクトが思ったのと同じ――一杯喰わされたという心境である。
「飼い犬に手を噛まれるというのは、きっとこういうことを言うのだな――
「口が悪いですよ……姫様」
どこぞの誰かに似てきたのではないですか? と愚痴を零すメリアの言葉になど気にも留めず、エルは画面向こうに映るカインの姿を仇のように睨み据えた。
「良いさ。ならば今度はこっちが一発喰わせるだけだ」
「そうですか」
対して興味なさそうに、フィーユはそう言った。
「しかし……」
メリアが渋面しながら画面を見る。映っているのは、ヨトゥンとの戦いでボロボロになったノクトである。
「……彼は一体……先ほど見せたあの剣技は、なんなのですか?」
少し前から『ブロート』の施設に設置されている撮影機の映像に割り込んで状況を見ていたのだが、ヨトゥンに殴り飛ばされたときは本当に死んだかと思ったほどである。
メリアが気にかけているのはその後のことだろう。立ち上がってからの――まるでなにかが切り替わったかのような様子からの凄まじい剣舞。
「あれが、あいつの奥の手の一つだ」
「
エルがまるで我がことのように嬉々した様子で言い、フィーユがそれを補足する。そして、メリアが驚愕の声を上げた。
「戦響技!? そんな骨董品のようなものがまだ残って? いやそもそもそれを、あんな奴が?」
近接格闘特価響律式――通称、『戦響技』と呼ばれる、現在ではほとんど廃れてしまった戦闘術である。
戦響技の原理は、響律式に似ている。
そもそも響律式とは、『指向性を持った意識・思考などに呼応して、特殊現象を引き起こす』という現代でも深く解明されていないその性質を利用して、一定の現象操作を行うのが技術のことを指す。
戦響技とは、その響素の『指向性を持った意識に呼応する』性質を応用し、武術と組み合わせることで生み出された戦闘技術の一つである。
数万、数十万と繰り返された動作――無意識が『指向性を持つ意識』と同等の意味合いを持つことにより、響素を操り強力な『技』として確立するという
その戦力的価値は一見して判る通り、ヨトゥンすらも圧倒するほどの力を秘めている。
だが、空界において戦響技の存在意義は限りなく薄いのだ。
戦響技は対人戦闘――それも地に足がつく場所での戦闘に特化し、真価を発揮する技術である。しかし戦闘の多くは騎竜艇や軍艦飛行艇を用いた空中戦が主となっている現代において、その価値は非常に薄く、また白兵戦の多くも響律式を用いた一撃必殺の戦闘に陥ることのほうがはるかに多いため、武器を手にしての超近距離戦闘に陥ることは稀である。
故に、戦響技使いは希少だ。
ましてやれっきとした流派に連なる戦響技を体得している人間というのは、現代でもそうそうお目にかかれるものではない。絶対数が圧倒的に少ないうえ、その多くが門外不出と言われているが故である。それでも、その使い手が存在しないわけではない。
ノクトはその、圧倒的に数の少ない戦響技の使い手だった。
「残っていないわけはないのだよ、メリア。なにせ戦響技は歴史的にその力が七年前の戦争に介入したことすらあるそうだしな」
「ノクトが戦響技を習得しているのは、彼の知己に戦響技を使える人がいるからです」
二人が口々にメリアの問いに答えた。メリアは釈然としない様子で眉を顰めている。
しかし、そんな彼女の様子など気にも留めず、エルは得意げに言った。
「戦響技は一対一の戦いにおいて絶大な力を発揮するし、使い手によって
は一体多数でも制圧する力を持っている。そのような技術をしかと持っている人間を手放すのは、勿体ないだろう?」
それが、エルがノクトを贔屓する理由の一つだ。
最大の理由はエルがノクトのことを気に入っているからなのだが、それを言うとこの副官が良い顔をしないので黙っている。
代わりに画面の向こうに居並ぶ身なりのいい連中を見据えた。
「しかし、兄があれだけ改革と粛清を行っても、やはり莫迦共はいるものだな。面白いくらい数がいる。まるで蟻の巣を壊した気分だ」
「第一王子の気苦労が増えますね」
「それもまた仕方ないだろう。それが兄の今の仕事だ。それに――ゴミ掃除は大事だろう」
こんな下らん――それこそ下衆の遊びを嬉々として行う連中の始末を付けれる丁度いい機会だ。
「一匹たりとも逃がすな。『ブロート』を始め、蛆虫は此処で仕留めろ。
すべての団員にそう通達しながら、エルは画面の向こうで怒りに顔を歪めたカインを見据え、不敵に微笑んだ。
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