「あー……やってしまったな」


「いやいやいや!」


 あっけらかんとした様子でそう言ったエルの様子に、思わずメリアは慌ててかぶりを振った。


「それはその一言で済ませていいことなのですか?」


「とは言うがなー。他にどう言えというんだ? どう取り繕っても、『やってしまった』という一言が、なによりも今の状況を如実に表していると思うが」


 確かにその通りかもしれないが、果たして自分が彼女と同じような状況に陥ったとして同じ態度がとれるかと言えば、否である。

 椅子に背を預けて渋い表情を浮かべるエルの様子には、自身の過失に対しての反省の気配は何処にも見当たらなかった。

 が、そう思ったのはその一瞬であり、メリアはその考えが間違いであることに気づく。



 ――飄々としているように見えるエルの手が握り拳を創り、微かに震えていた。



 していない――ということはないだ。単に人より百倍それを表面上に現さないだけだ。

そして、この少女はそうすることで周囲を欺き、他を追い抜いて現在いま立場ばしょにいるのだということを思い出す。

心配ならば、心配と言えばいいのではないか、というのは無粋だろう。

 ついでに言えば、メリア個人としてもそれを指摘するのは喜ばしくないので何も言わない。

 自分の主エルに優遇され、贔屓されるやつなど、少しは痛い目に合えばいいのだ。これで少しは胸の内にあったうっぷんが晴れるというもの……


「『ざまあみろ』と表情に出ているぞ? メイア」


「――なっ!?」


 そんな莫迦なと思いながら、メリアは思わず自分の顔に手を伸ばそうとして――はっと我に返る。

 エルが失笑していたのを見て、即座に自分がからかわれたのだということを自覚する。


「嘘がつけないな、お前は」


「姫様が一〇〇倍意地が悪いだけではないかと……」


 苦し紛れにそう返し、メリアは務めて真面目な表情を繕った。


「それで、どうするのですか?」


「決まっている」エルは即答した。立ち上がると同時にブリッジの中を見回し、そこにいる団員に吼える。


「総員に告ぐ! 緊急事態により、今より第二航空艇団は通常航空から戦闘航空へと移行。速度最大でルインヘイムへと向かう!」


了解ヤー!』


 ブリッジ内の全員が声を揃えてその命令に応じた。それぞれが己の仕事を果たすべく自身の席に座り、割り当てられた端末を使い、〈ヴリュンヒルデ〉の機体制御に動き出す。


「――団長」


 そんなブリッジ内を見回しながら、控えていたヴィレットが静かに問う。


「戦闘航空と言いましたが、敵は一体何者なのです?」


「ノクトが言っていただろう? トネリコの葉を模した胸飾り……と」


 エルは手元の端末を操作して、情報の一つを開く。

 項目の閲覧ランクは第一級極秘文書ユア・アイズ・オンリー。本来ならば情報媒体化することは認められていない資料だが、エルはこれを極秘裏にデータ化していた。

 資料の第一項目。そこに記されている名を見て瞬間、周りの空気が凍りついたようにエルには感じた。



――『大樹の実りユグドラシェール』。



 ブリッジの大画面に表示されたその名を見て、メリアたちがこぞって息を呑んだ。

 ざわめくブリッジ内を見回して、エルは満足そうに首を縦に振ると、ひっそりと、しかし全員の耳に確かに聞こえるように言い放つ。



「――秘密結社『大樹の実り』。これが恐らく、私たちの敵だろう」






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