追跡を続けて辿り着いたのは、ルインヘイムのはずれにある廃工場だ。物陰に隠れて移動し、どうにか中に侵入を果たしたノクトが苦笑する。


「場所としては、なんともお約束だな」


 まるで前時代に流行った映像媒体作品に登場するような雰囲気シチュエーションだ。


「つまり、何時の時代も悪党のすることはおんなじってことか?」


 どう思う? と尋ねるように、隣に座るフィーユに尋ねてみるが、彼女は不思議そうに小首を傾げ、


「そういう映像媒体をノクトが好んで観ていることだけは判ります」


「あぁそう……」


 別に面白い答えは期待していなかったので、大した感慨も浮かばない。

 とりあえず特に意味もない言葉遊びはここらで一端止めにして、ノクトはこっそりと積みあげられた荷の隙間からデルムッドの姿を見据えた。

 先ほど見つけた時と変わらず、デルムッドは一般人らしからぬ黒服連中を周りに引き連れた状態で瞑目している。しかしその屈強な体躯のおかげか、瞑目しているその立ち姿だけで周囲を威圧するには充分だった。

 ましてやデルムッドは傭兵としての力は一流だ。特に地上における対人戦闘技術は正規の騎士ですら及ばないくらいだとノクトは予測している。

 少々高圧的な態度が目立つかも知れないが、それを差し引いても充分におつりがくる――『ノルンの泉亭』で言われた言葉を借りれば、まさに自分ノクトなどよりよっぽど認可傭兵であるべき戦士だろう。


 しかし、それも相手側にどれだけの効果があるか……


 デルムッドたちと対峙しているのは、全身をすっぽりと覆うような黒衣マントに身を包んだ集団である。数は目視できただけで十人近く。

 そしてその集団は皆一様に、胸元にトネリコの葉を模した胸飾りをつけていた。


(……同じ代物モノだな)


 此処に来る前にノクトを襲撃した一団もまた、胸にトネリコの葉を模した飾りがあったのを思い出す。


 ……これは、思っている以上の厄介ごとに首を突っ込んでいる気がしないでもない。度合いとしては、良くて片足がどっぷりと浸かっている程度で済むか済まないか、くらいか。


「やばいな……できることなら今すぐここから逃げ出したい気分だ」


 ノクトは顔の筋肉が総動員した感じで渋面を浮かべた。

「では、逃げるのですか?」とフィーユが無表情に問う。ノクトは即座にかぶりを振ってそれを否定する。


「できたらとっくにしてるよ」


 仕事でなければ、誰が好んでこんな場所にいるものか。そして半ば強引であったにせよ、引き受けた以上はできる限りのことを精一杯しなければいけない。やらないでただ文句を言うのは信条に反するからだ。

 何もせずにただ文句を言うような下衆ではないし、そんな下衆にはなりたくもない。

 だから引き受けた仕事は可能な限り、出来る範囲のことは遣り尽くすのだ。


「まあ……問題は何処までやっていいか、だよな」


「依頼内容は、『冥装』の出処を探し出すか、根底にある何かの壊滅――ですが」


「どうするのです?」そう尋ねてくるフィーユに、ノクトは即座に言い返す。「前者はもう大体判った。が、後者は難しいだろうな」

 言ってから再び盗み見る。デルムッドと同伴している黒服たちが、黒衣に身を包んだ集団から何かを受け取っている場面だった。おそらくはあれが『冥装』――つまり、黒衣の集団こそが、あの『冥装』を造り出していると考えていいだろう。


 問題はその集団だ。


 トネリコの葉を模した胸飾り――もしノクトの脳裏に横切ったものが正しいのならば、ノクトはおろか、エル率いる第二航空艇団でも対抗できるか判らない。


「ノクト」


 呼ばれ、ノクトは少女を振り返る。


「知っているのですか?」


 何を、という無粋な問い返しは必要ないだろう。まあ、その存在をフィーユも実際は知っているから、わざわざ隠し立てする必要はない。

 溜め息一つ零しながら、ノクトは口を開いて、


「知ってるさ。そして、お前も知ってるぞ。あいつらは――」


 説明しようとした、その矢先。

 やたら耳障りな電子音が辺りに響き渡り――瞬間、ノクトは表情を凍りつかせたが、もう遅い。


「誰だ!」


 積み荷の向こうから声が轟き、それに続くようにして無数の銃声が響く。殺ってから確認しよう――そんな即断行動に思わず脱帽しながら、ノクトとフィーユは積み荷の後ろで身を低くした。

 同時にノクトはコートのポケットから通信端末を取り出し、画面を見る。

 表示されている名前はエル=アウルドム・ユグド。

 その名前を見た瞬間、ノクトはほれ見たことか! と胸中で叫ぶ。

 やっぱり碌でもないことになった。それも碌でもない事態に投げ込んだ張本人のおかげでやってきた。

 通信を繋げると同時、ノクトはあらゆる悔恨の念を乗せて大声を上げる。


「――お前はおれになんか恨みでもあるのか!」


 銃声が再び。隣から非難めいた視線を感じるが気にもせず、ノクトは腰に吊るした〈黒閃〉を抜いて応戦する。


『な、何を怒っているんだ?』


「この銃声が聞こえていないのか、あるいはわざと聞こえないフリをしているのか?」


『隠密活動中は電源を切っておけばいいだろ?』


無断介入クラッキングして電源立ち上げた奴の科白とは思えないな!」

 言われなくともノクトは仕事中、必要時以外通信端末の電源は切っている。しかしどういうわけかエルはノクトの端末へ不正アクセスして情報改竄を行い、外部から無理やり電源を入れるというこの上なくはた迷惑なことをしてくれるのだ。


『証拠はあるのか?』


「白を切るならもう少しうまくやれ。お前が無断介入これをやって電源入れたのは一度や二度じゃないだろーが!」


 ちなみに、これで通算十九回目である。


「仕事押し付ける癖に邪魔ばかりして、お前は――」


「ノクト」


 なおも問答を続けようとするノクトに向け、フィーユがいつもより強く名を呼んだ。語気に孕む警鐘の念を察し相棒を振り返る。

「――来ます」言いながら、フィーユがその場を離脱。


「ちっ!」


 舌打ちをしながら立ち上がりそれに倣って大きく飛び退る。転瞬、寸前までノクトたちがいた場所を巨大な何かが直進した。

 極太の閃光が、容赦ない破壊を振り撒く。先ほどまでノクトたちが背にしていた積み荷を紙切れのように突き破り、砂山を吹き飛ばすように粉砕していく――まさに破壊の権化のような威力。


「なるほど!」


 これが『冥装』か。映像だけでは、やはり実際の脅威は計り知れない、本物の規格外を垣間見る。響素を触媒とせずにこのようなことができる――確かにこの存在を看過するのは不可能だろう。


 これが一〇〇……いや、五〇あればユグドの王都だって侵略することができるかもしれない――そう思わせる威力チカラ


 今ならば、エルの危惧がよく判る。こんなものが存在すること自体、在ってはならないことだ。

 だが同時に、ノクトの頭は全く別のことを考える。

 この状況でまともに遣り合うのは愚策だ。多勢に無勢だし、なによりあんな常識はずれの兵器と戦いたくない。戦ってどうこうなるような代物じゃあない。

 しかし、そんなノクトの心境を見破ったかのように、未だ通信が途絶えていない端末からエルの声が響く。


『おいノクト』


「なんだよ、役立たず」


『一応言っておくが、敵前逃亡は認めないぞ?』


「鬼だな、くそったれ!」


 憤慨しながら叫ぶが、そうしたところでエルには通じないことは百も承知。だったら言うことは一つだ。


「こんな状況でどうしろって言うんだか……」


『手段を選ばなければいいだろう? お前には奥の手が幾つかあるんだからな』


「奥の手だからできるだけ使いたくないんだろーが」


 愚痴愚痴と応じながら、ノクトはフィーユを振り返る。


「フィーユ、〈ファーヴニル〉を回収して、指示があるまで浮遊大陸から離脱しろ」


 言うと、フィーユは〈祈り子〉で銃撃に応戦しながら「対処可能ですか?」と尋ねてくる。

「どうにかするさ」右手で〈白刃〉を抜きながら、おどけた調子でそう返す。そのまま剣を床に突き立て、〈黒閃〉を開いて閉じる動作――再装填されたのを確認すると、迷わず二連射。


「さっさと行けよ。おれが長生きできるように」


「了解です」


 言って、フィーユは〈祈り子〉を連射。全弾を撃ち尽くし再装填すると、ノクトに小さく一礼した。


「できれば死なないようにお願いします」


「祈ってるといいさ」


「どの神に?」


「知らねーよ。どの神だって変わらないだろ。おれに信仰心がある風に見えるか?」


「見えませんね」


 ノクトの皮肉にフィーユは適当に頷く。それを確認すると、ノクトは右手で腰の袋ポーチから細長い小型の術式端子カートリッジを取り出し、左手に備えている指揮甲に存在する接続孔コネクタに装填。同時に強く左手を握る。

 接続された端子が指揮甲内で起動。組み込まれていた術式が励起。

励起動作と同時にノクトが起動鍵言トリガーヴォイスを叫ぶ。


「《散閃布光リスグラナード発動コール!」


 瞬間、ノクトの頭上に弾けたのは巨大な光の塊。単純な、攻撃力のない単に目暗ましのための響律式。

 しかしその光量は如何なる障害も突き抜けて網膜に焼き付くほどだ。少なくとも数十秒は視界が役に立たなくなる。

 それだけあれば、フィーユがこの一帯を離脱するには十分な時間が稼げる。

 代償は、無差別に飛んでくる銃弾と響律式の雨だ。標的を定めないまま出鱈目に放たれる分、攻撃を予測するのが割と大変だったりする。

 無差別な攻撃を必死に躱しながら、ノクトは残っている術式端子を確認。

 思っていた以上に数がなかったことに気づき絶句し、ノクトは表情を曇らせた。


「あー……補充するの忘れてたっけ?」


 ノクトは常人のように響律式を扱う才がない。本来なら指揮甲に術式を組み込んでおき、使用したい術式を意識して響素を注ぎ込めば発動させることができる。

 だがノクトの場合、それでは響律式を扱うことができない。

 特殊改造された指揮甲と、術式の種類に応じた術式端子を装填し、手動操作した上で起動鍵語を口にして――ようやく初歩的な響律式を扱うことができるくらいに非才なのだ。

 だというのに、肝心の術式端子を忘れてきたというのだ。

 やはり、碌でもないことになっている。

 ノクトは盛大に溜め息を吐いた。


「エル、聞こえてるか?」


『勿論』


 即応された。通信端末の向こうでエルがからからと笑う。


『結局使うのか? 奥の手』


「さあな。まあ、そうなったら使わざるを得ないだろうけど」


『それもそうだな。使うのは剣か? 左腕は?』


「もしそうなっても、左腕そっちはなしだ。剣でいい――対人戦闘なんだからな」言って、ノクトはにやりとほくそ笑む。


 きっとあくどい笑みを浮かべているに違いない。そう自分で思いながら、剣を構えた。

 そこでふと思い出す。


「あーそうだ。忘れるところだった」


『なんだ?』


「――トネリコの葉を模した胸飾り。あとは判るだろ?」


『……なるほどな。気を付けるとしよう』


「そうしておけ。出来るだけ早く頼む」


 それが最後と言わんばかりにノクトは通信を切った。と同時に、現状を再確認。

 状況は最悪。敵の総数は二〇近く。全員が響律式使であると考えていいだろう。

武装として脅威と言える『冥装』を持ち、更には腕の立つ傭兵としてデルムッド・アキュナスがいる。

 対してこちらは一人。ただでさえ響律式と相性が悪いのに、発動補助の術式端子を忘れてくるという不始末までしている。

 相棒フィーユに騎竜艇を取りに行かせているが、戻ってくるまでどれくらいかかるか判らない。

 エルに応援を期待するのは間違い。此方に向かってきているのは確かだろうが、それでもすぐに駆けつけられるという期待はしないほうがいいだろう。


「やはり貴様か……リーデルシュタイン」


 無数の響律式が飛び交ったことによって生じた粉塵の向こうから姿を現したのは、その手に巨大な突撃槍ランスを携えたデルムッド。

 その手に握っている漆黒の機械仕掛けの突撃槍に、ノクトは思わず肩を竦める。


「随分と物騒なものに手を出してるな?」


 そんなノクトの皮肉には応じず、デルムッドはまるで親の仇を見るような目でノクトを睥睨する。


「どうして貴様が現れる? 何処まで私の邪魔をする気だ?」


「別にアンタの邪魔をしたいんじゃない。おれの仕事とアンタの事情が、たまたまぶつかってしまっただけだろ? 人にだけ責任押し付けんな」


「――状況を理解していないのか?」


 デルムッドの険のある問いに、ノクトは肩を竦めて見せる。


「まさか」


 即応し、ノクトは微苦笑すると共に両手の装備を手放した。同時に諦念の宿る笑みを浮かべて周りを見回す。

 黒服たちと、黒衣の集団。それらが揃って周囲を取り囲んでいる――いわば絶体絶命的状況というやつである。


「ホント、貧乏籤だな」


 言いながら笑ってみせた。が、どうやらデルムッドの癇に障ったらしい。彼は眉間に皺をよせ、鋭い眼光と共にノクトとの間合いを詰める。

 凄まじい、いっそ感嘆するほどの鋭い踏込み。まるで砲弾が迫って来たかのような勢いだった。

 一瞬でデルムッドが眼前に迫り――転瞬、腹部に衝撃。苦悶の声を上げるよりも先に、続いたのは眉間に激痛。


 そこで、ノクトの意識は途絶えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る