Ⅲ
大型戦闘艦軍事飛行艇――〈ヴリュンヒルデ〉。
それが第二航空艇団の保有する最新航空艇につけられた銘である。風の戦女神の名を冠するこの飛行艇は、王国騎士団に帰属する軍事飛行艇の中でも随一の機動力を誇っており、大型の、それも戦闘艦とされる飛行艇とはとても思えない速度を繰り出して目的地へ向け飛んでいた。
「現在時刻
「よし。問題ないな」
到着時間の報告に満足げに頷くのは、第二航空艇団師団長であるエル=アウドムル・ユグドである。
その隣は彼女の護衛と補佐を兼任するメリアともう一人。赤髪の青年騎士――第二航空艇団の
彼は〈ヴリュンヒルデ〉の中だというのに、その手に愛用の砲剣を手にしたままメインブリッジの
そんなヴィレットを見て、エルはくつくつと笑った。
「熱い男だな、ストレイム。敵も定まっていないのに、今からそう闘志を燃やしてどうするんだ?」
「怒りに震えるな――と言うほうが無理な相談です、団長」
務めて冷淡に答えるヴィレットの言葉に、だろうな――とエルは大仰に肩を竦める。
先日殉職したカイン・ダランはヴィレットの相棒であり、無二の親友だった。その敵となるかもしれない連中がこの先にいる――そう考えれば、いきり立つなと言うほうが無粋だ。
何よりカイン・ダランという騎士は思慮こそ欠けるが、困っている人間がいたら考えるよりも先に動き、自分にできる事ならば迷わず力になろうとする――世にいうお人よしな人物だった。
故に彼を慕っていた者も多く、この艦に乗っている多くの騎士たちも、強弱の差はあれカインの死を悼み、同時に怒りに燃えているのが肌に感じられる。
誰も彼もが、腹の底を煮えたぎらせているのだ。
エルとてその一人である。
むしろこの場でヴィレットに並ぶくらい怒りをたぎらせているのは自分ではないかとすら思う。
自分の部下を殺した連中――そしてその原因となったあの忌々しい『冥装』なる兵器を流している輩をこの手で葬りたくて仕方がないくらいだ。
無論、そんなことを口にはしないし、表情にも出さない。
上に立つ者は私情に流されてはならないのだ。常に第三者として。傍観者の視点でことに挑まねば足元をすくわれることを、エルは知っている。
まあ、幾ら取り繕ったところで滲み出るものがあるだろうから、近しい者には一見でバレる。すぐ後ろに控えているメリアが、呆れ交じりの表情を浮かべているのがいい証拠だった。
もしこの場に『
あの男は、相手が第三王女であっても全く言動に配慮も遠慮がない。
敬意を払うこともせず、また軽視することもしない。
王族の権威など毛ほども気にしていないからこそできることなのか、それとも彼にとって自分はその程度の器としか映っていないのか……どちらにしても、彼は面白い逸材だった。
「しかし、あと三時間は暇なわけか……」
「でしたら書類仕事が溜まっていますが?」
「めんどい」
何気なく零した言葉に逐一反応してくるメリアを一刀両断しつつ、エルは座っていた椅子を回転させて砲剣を携える騎士を見上げた。
その立ち姿は、古の時代に城の門扉に立ち、敵の侵攻も許すまいとする
闘志と怒気。憎念と意地が際立つ中で見え隠れするのは、精根を尽くし、すり減らしたような雰囲気。
心なし、顔もやつれているように見える。
「ストレイム。最後に寝たのはいつだ?」
何気なく尋ねると、彼は小さくかぶりを振って「覚えていません」と言った。どうやら消耗している風に見えたのはエルの見間違いではないらしい。
「死に急いでいるのか?」
「……かもしれません」
「莫迦だな」
「承知しています」
迷いなく言い切るヴィレット。余程相棒の死が堪えているらしかった。
そんな騎士の様子に、エルは小さく肩を竦める。
「なら、好きにするといい。ただし、まだ死ぬことは許さない。それはダランの望むことではないだろう」
ヴィレットは無言。しかし微かにその双眸が揺れていた。
恐らく彼自身、頭では理解しているのだろう。ただ感情までそう上手く
ならば、最早言うことはない。
そう判断して、エルは再び椅子を回転させた。ブリッジに備わっている大型端末の画面に視線を移し、其処に表示されている航空図を一瞥する。
表示されているのは現在位置と目的地。そして予定航空路――大型の空禍とでも遭遇しない限り、恐らく予定時間通り目的地へ辿り着くことができるだろう。
しかしまあ、退屈であることに変わりはない。
エルは戦闘指揮や航空指揮を執ることはできるが、操縦などは素人のそれと大差はない。よって、空禍などの遭遇でもなければ、こうして椅子に座っているくらいしかすることがない程度に暇なのである。
(さて……どうしたものかな)
実に手持ち無沙汰になってしまった状況に、エルは自分の前に広がる端末を見て、操作盤に指を走らせる。表示される情報媒体(データ)に軽く目を通すが、別段面白いと感じるものは見当たらない。
興味が湧くものなど、せいぜい今朝方ノクトから送られてきた
最初はあのような最果ての――それも復興途中の街に向かうと書かれているのを見た時にはわが目を疑ったが、情報の出処が出処だけに信用度は高い。
如何にノクトを信頼しているとはいえ、彼へ情報提供した人物がアルゴ・ブラッドベリーでなければ、緊急通信を使ってでも事情を問いただしたかもしれない。
「本当に……あいつの顔の広さは侮れないな」
「はい?」
小声でぼやいたつもりでいたが、どうやらメリアの耳に届いてしまったらしい。誤魔化しても良かったが、別に隠し打ですることでもないと考えを改め、エルは溜め息交じりに言った。
「ノクトの顔の広さに驚いた――と零しただけだ。どうにも、あのアルゴ・ブラッドベリーと
「アルゴ・ブラッドベリー!?」
瞬間、メリアが素っ頓狂な声を上げた。が、エルからしてもそれは仕方がないことだと思える。
アルゴ・ブラッドベリー。その名は王国において、決して軽視することのできない重要人物の名前である。
正確には、彼を含めた少数名。六年前まで
アルゴ・ブラッドベリーはその一人である。今ではその所在を知る人間は一握りと言われているが、まさかこうも身近に接点を持つ人間がいるとは思わなかった。
「何故あのような奴が……」
ブラッドベリーと交流があるのか? と言いたいのは容易に想像がついたので、「さあな?」と適当に相槌を打つ。メリアが苦虫を噛み潰したような表情でエルを見据えたが、そんな彼女の表情にエルは失笑した。
「合縁か。奇縁か。それとも、運命か……」
そんなものが本当に存在するかは知らないが、なんにしても――やはり
本当に私を飽きさせない。
手元に置いておいて、これほど後悔というものを覚えないのはあの男くらいだ。
「――どれどれ」
不意にあることを思いつき、わざとらしく声に出しながらエルは端末の操作盤に指を走らせた。通信機能を立ち上げ、そそくさと回線を繋げる。
そして問答無用で
何回の呼び出し音で反応するだろうか。三回か? 四回か?
しかし、実際は予想を遥かに上回った。
一回目の呼び出し音が終わるよりも早く、相手は――ノクティス・リーデルシュタインが通信に応じたのである。
そしてその第一声は、
『――お前はおれになんか恨みでもあるのか!』
という、大音声による罵声と、それを掻き消すような無数の銃声。
エルを含めたその場にいる全員が目を丸くしたのは、言うまでもなかった。
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