第11話

 一瞬、なにが起きたのかを理解しかねる。雨雲もない空から突如として降り注いだ光は、脱獄犯との交渉を引き裂くように地面に突き刺さった。

 それが何者かによる魔法だと気付いたのは一瞬後。爆発と白光の中、衝撃で吹き飛ばされる人質の女と、脱獄犯の姿が見えた時だった。

 しかしヘイルも目を焼かれ、それ以上を見ることは出来なかった。衝撃にはなんとか耐えることが出来たが、視界を奪われる。

 光が長続きしなかったのは幸運だった。瞬間的な眩さが消え、ヘイルもその僅か後には辛うじて視力を取り戻すことに成功する。

 だがそこに見えたのは――自分の背後から飛び出してきた謎の人影が、倒れる女を飛び越えて脱獄犯に剣を振り下ろそうとする光景だった。

 最初に理解したのは男の悲鳴。そして完全に回復した視力が、逃げ出そうとして背中を切りつけられ、鮮血を流し倒れ伏す脱獄犯の姿を映した。

 それをやったのは無論、先ほど見えた謎の人物だろう。

 胸鎧を身に付け、真っ黒な髪を逆立てた若い男。歳はヘイルよりもいくらか上だろう。勝利を確信し、錆色の目を細めている。その手には、血に染まった銀色の長剣が握られていた。

 彼はそれを、再び脱獄犯へと振り上げて――

「馬鹿な!」

 ヘイルは悲鳴のように毒づくと同時に、駆け出した。

 一心に間に合えと念じ、腕を伸ばす――次の瞬間。男は、もはや動けぬ脱獄犯の背に真っ直ぐ剣を突き立てた。

 切っ先が肉を貫き、再び血を滲ませる。僅かに飛び散った血が、脱獄犯の衣服をさらに赤い染みを作り……

 しかし。その剣が抉ったのは脱獄犯ではなく、滑り込むように突き出されたヘイルの左腕だった。

「なっ……なにを!?」

 男が驚愕に退き、柄から手を離す。同時に、邪魔をされた抗議の様子も見せていたが、ヘイルはそれらを一切無視した。

 そんなことより自分の腕の下にいる脱獄犯の様子を見やり、彼にまだ息があることを確認すると振り返って叫ぶ。

「アデル、手を貸してくれ! この脱獄犯を診療所へ運ぶんだ!」

「えっ? あ、あぁ……わかった」

 彼女がこちらへ駆け寄ってくる間に、ヘイルはさらに倒れたままの女性を見やってから、続けた。今度は遠巻きにざわめく群集に向かって。

「誰か、そこの女性を頼む! 気を失っているようだから注意してくれ!」

 野次馬たちはさらにざわめきを大きくしたが、やがて一人二人が恐る恐ると進み出てくる。

 ヘイルはそれを確認して、自分もまずは脱獄犯の傷を治そうとするが――

「貴様……なにをしている!」

 剣を持っていた男が、それを阻止しようとヘイルの身体を蹴り飛ばした。

 倒れ、刺さっていた剣が抜けると、血が溢れ出す。

 それを見たアデルは悲鳴を上げて駆け寄り、急ぎその傷口に手をかざし、治癒の魔法を唱えた。傷はかなり深く、骨まで到達しているようだった。

 ヘイルはあくまでも、それより脱獄犯をと促していたが――どうあれそれは、人影によって阻まれた。

 それは先ほどの男とはまた違う、アデルと似たような格好の人物だった。しかしこちらは魔法使い然とした厚手の、魔術的な模様が刻まれた鈍色のローブで全身を覆っている。

 最初に放たれた魔法は、この人物がやったのだろう。恐らく女だが、顔すら判別付かないため年齢もわからない。

 しかしどうあれ、鎧の男の仲間であることは理解出来た。彼女は剣を拾い上げると、横から現れた鎧の男にそれを渡した。そして男は、倒れたままでいるヘイルの眼前に切っ先を突きつけてくる。西部の出身であることを示す訛りを見せながら。

「何者か知らんが、余計なマネをするな!」

「余計もなにもあるか、早くしないと治療が間に合わなくなるぞ! お前はここに死体を作り出す気か!」

 言い返すと、男は一度渋面を見せた。

 なにか反論しかけるが、それをやめて顔を背けると、ローブの女に目配せする。彼女はそれで理解したのか、人質の女性の介抱のためにやって来た一人に脱獄犯の手当てを指示した。

 さらに診療所へ運ぶよう手配すると、それらを見届けた男が剣を納める。

 そしてヘイルたちに対し、挑発的とも、得意満面とも言える皮肉顔を向けて、

「いいか、余所者の出る幕なんかねえ。ここには俺のような――勇者がいるんだからな」

 そう宣言して満足そうに鼻を鳴らし、仲間と共に踵を返し去っていった。

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