第4症 インシデント つまりは刻(とき)の穴のこと

 この宇宙を創り出した全知全能の神ゼウス様が消滅して何度めかの時が回った。時には終わりがある。最期まで到達するとまた一に戻って、最初から時は始まる。新しい時と言っても、人類が誕生するシナリオは必ず訪れるし、神も人類もこの宇宙の全ての物質がゼロになって、すべてが消滅してしまう流れはずっと一緒だ。人類は必死になんらかの形で記録に残そうとするが、そのほとんどは次の時間軸には持ち越せない。これまでほんの少しではあるが、持ち越せた事象はまさに奇跡だ。奇跡は神には起こせない。人類だからこそ奇跡を起こす能力を持ちえたのだと、人間大好きな、というかもうほとんど人間フェチなゼウス様は、どんなに人類が愚かでビチクソであっても人類を時の流れのシナリオに入れるようにしてきた。ゼウス様がいなくなってからも、人間好きな神々は絶えなかった。

 有名なところでは、知の神オーディン。オーディンは戦場で死んだ人間をわざわざ愛人たちに召集させ、自分の造った闘技場で最終戦争の日まで訓練させて、非力な人間をなんの足しになるのかわからないが、神々の戦いに参加させたりしている。まぁアホだと思う。

 おっと、これは、みーちゃんが今置かれている状況とは関係のない話だった。少々話が逸れたことを心から陳謝します。


 みーちゃんはなんのために、誰と戦っているのか?それはもう少しこの先の展開を見てから伝えようと思う。なんせ、この私でさえ、時の果てのその先の事象は分からないのだ。


 人類のトップはみーちゃんを人類存亡の唯一の希望として闘わせているが、本当はそんな小さな話ではない。人類など、どうせやつらと戦争しなくても、あと百年足らずで勝手に自滅して滅亡を辿るのだ。私はみーちゃんが不憫でならない。みーちゃんにとっては人類の滅亡などどうでもいい話だ。いつだって死んでもいいと、みーちゃん本人はそう考えている。死は怖くない。これまでも何度か死のうとしたし、いろんな本やネットで、楽な死に方も知っている。

 それがある日、みーちゃんは死ぬ自由を奪われた。


 シンプルに簡単に分かり易く言おう。みーちゃんは現在無敵だ。ぜったいに死なない。ただし、普通の人間と同じく痛みはそのままだ。どんなに傷ついても、ゲロや臓物を吐き出しても、みーちゃんは死ねない体にされてしまった。魔王の力を宿した日から、みーちゃんは人間ではなくなってしまった。ほんの数年前まで、普通の、どこにでもいる人間嫌いの暗い少女であったみーちゃんは、もうここにはいない。みーちゃん自身も、自分は何者なのか完全には理解していない。



 んなバカな!ボケナスな!


 それが正直なみーちゃんの気持ちだった。


 今は戦う理由は無いし、戦いたくもない。最初は目先のエサに釣られて、魔法少女の一人になれるかもという中二的な憧れもあって、いかにもな黒服の大人達の言われるままに、宿された力を使ってやつらを倒す手伝いを始めたまでは良かったが、ここまで世界がヒッチャカメッチャカになってしまった現状では「あーアホらし」と溜め息が止まらないみーちゃんなのだった。

 得体のしれない事象と、悪も善も感情すらあるのかどうか分からない変な敵達を倒しては傷つき、恐ろしい早さで完治するからまたしょうがなく戦う毎日。

 ドタキャンしてやったら、街単位どころか、国ごと何百万人という人間があっさり死んでしまう。その度に黒服の大人に怒られる。人間だけでなく、本当のパパだと勝手に名乗っている魔王にも怒られる。まぁ、魔王の方は、人間の存亡には興味ないようで、人がいくら死んでもその点においては叱る事はないのだけど「刻の穴」だというやつらが生まれ出てくる穴がこれ以上拡がるとヤバイようで、みーちゃんが少しでも戦闘をブッちすると、いつもは「みーちゃん、みーちゃん」と優しいのに、その時だけは魔王の顔になって、みーちゃんに雷を落とす。

 無敵のみーちゃんが魔王の雷で死ぬ事はないけど、お気に入りの服は消し飛んで、歳のわりに幼児体型な裸体を晒す羽目になるし、髪はチリチリになるはで良いことはなにもない。


 だいたい、この事象だって本当はパパが起こしているんじゃないのかとみーちゃんは思っている。

 刻の穴だって実際に自分の目で見たわけじゃないのだし。



 みーちゃんは悩む間もなく、今日もスマホゲームのつまらない単純作業の如く、なんのゲーム性もない殲滅戦を強要される。楽しんでいるのは、みーちゃんのお供であるクマのダ二朗やバイトシフトやICBM達だけなのだ。みーちゃんの傷つく姿を見てキュンキュンしているクソ魔王のことは、みーちゃんには知らせないでおこう。やはり不憫だから。


 大方の設定は理解してくれただろうか?この物語は、物語であって、物語ではない。もちろん一人の少女の英雄譚でもない。

 みーちゃんはいつも不機嫌で、それでいて誰よりもカワイイ。みーちゃんを嫌いな神はいない。私もみーちゃんが大好きだから、こうやって語り部の役をしている。ダ二朗が羨ましそうに私を見ているが、あいつの綿だらけの脳ではみーちゃんのすべてを語ることはできない。

 

 さて、つまらない世界設定はここらへんにして、みーちゃんが起こした小さな奇跡を私は命の限り語ることにしよう。みーちゃんにとってはこの世界などなんの意味もないのだから。

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