第17話

「それじゃあ、神代さんの転入祝いということで、かんぱーい!」


 心陽(こはる)の掛け声と共に、創一、繭羽、心陽、賢治、昴、陽太の計6人の紙コップが打ち合わされた。


 現在、創一の部屋では、繭羽の転入祝いという名目で、心陽以下四人のクラスメイトが訪れている。さほど広くない卓の上には、創一と繭羽、そして心陽が腕によりをかけて作った料理が所狭しと並べられている。


 創一は、どうしてこうなってしまったのだろうか、という苦い気持ちを覚えつつ、紙コップに入った炭酸飲料に口を付けた。


 キマイラ型の幻魔との戦闘後、創一と繭羽が商店街で買い物をしていると、偶然と言うべきかやはりと言うべきか、心陽たち四人と鉢合わせをすることになった。


 セーヌ結界が張られた際に、心陽たちは商店街の入り口近くにいたので、商店街に寄って帰るのだろうと予想していたが、どうやらそれが的中したらしかった。


 学生がこの商店街に寄り道をすることはよくあるので、別に商店街で顔見知りの学友に出くわすことは珍しいことではない。しかし、創一が腑に落ちないと感じたのは、下校指導がなされている中、本来は風紀委員として寄り道をしている生徒に帰宅を促すべき筈の心陽までも商店街で寄り道をしていたことだった。


 創一が心陽にそのことについて言及すると、心陽は連れ立つ他三名の男子の顔に視線を巡らせた後、妙に歯切れが悪そうに母親から買い物を頼まれていると言った。他三名の男子にも同様の質問をしたけれど、こちらは一様に買い食いとのこと。恐らく、心陽も買い物目的で商店街を訪れる必要性があったので、自宅に直帰するよう正面を切って言えなかったのだろう。


 そういう訳で心陽たちと商店街で出くわす運びとなり、当然のことながら、創一と繭羽が一緒に行動していることに話を振られた。


 創一はその質問に一瞬言葉に詰まったが、今は繭羽の街案内中であることを伝え、ついでに編入祝いをするつもりで買い物中であると口を滑らせてしまった。


 その結果、心陽が「私も神代さんの編入祝いをやりたい」と言い出し、調子のいい昴が「どうせなら、みんだで盛大にやろうぜ」と話を膨らませ、現在の状況に至ってしまった。


 ちなみに、心陽は買い物袋を届けに一度帰宅してから来訪し、他の人は直接創一の部屋に訪れた。


「いやー、凄い御馳走じゃん。さすがは料理が趣味の女子力人間こと創一シェフだ。心陽ちゃんも何気に料理が上手いし」


 早くも料理に舌鼓を打っている昴が上機嫌に言った。


「ちょっと、昴。何気にって、いったいどういう意味よ」


「う、そ、それはだな……心陽ちゃんも料理が得意ってこと知らなかったし、普段の印象からさ、料理とか苦手なのかなって思っていたり……」


「昴、それ、火に油を注いでいやしないか?」


 しどろもどろになって答える昴の言い訳に、陽太の的確な指摘が入る。


「はいはい、そこまで。せっかくの祝いの席なんだから、ここは一つ無礼講ということで。美味しい料理を楽しもうじゃないか」


 賢治が柏手を打ち、場の空気を取り直す。


 創一はアイコンタクトで賢治に感謝の意を伝えた。それに気付いた賢治が密かに親指を立てる。


 賢治は学級委員長を務めているだけあって、場の空気を調整するのが上手い。こういう大人数で何かをする時には、賢治の存在はとてもありがたく感じる。


「まったく……。これでも、一人の女子として、お母さんの手伝いで料理の練習を積んでいるんだから。裁縫仕事だって出来るのよ?」


「え、マジで? 心陽ちゃん、女子力高いんだな。そう言えば、繭羽ちゃんも料理を手伝っていたみたいだけどさ、料理は得意なの?」


 昴が繭羽の方に話を振る。


「昴……。あんた、ほぼ初対面の子に対して、名前にちゃん付けで呼ぶって、ちょっと馴れ馴れし過ぎるわよ」


 心陽が昴をたしなめるけものの、当の昴はさして意にかえさない。


「いやいや、心陽ちゃん。こういうのはさ、あえて下の名前で呼ぶもんなんだよ。結構さ、下の名前で呼ばれる機会って無いだろう? だからさ、下の名前で呼んであげると、早く打ち解け合えるんだよ」


 創一は昴の発言を聞いて、繭羽も似たことを言っていたことを思い出した。確かに、親族や親友、恋人くらいからしか名前で呼ばれる機会は無い。だからこそ、慣れない他人から名前で呼ばれると、むず痒くはあるものの、相手に妙な親しみを覚えることも事実だ。


「あー……そう言えば、お前が持っている恋愛テクニック本の中にも、そんなことが書いてあったな」


「お、おい! それを言っちゃ駄目だろ!」


 陽太の何気無い言葉に昴が慌てふためく。


「ははーん、なんだ、そう言うことか。昴にしては、妙に良いことを言うなーって思ったら、下心を隠していたって訳ね。いやらしい」


 心陽がわざと口元を手で隠して、大仰に侮蔑の態度を見せる。


「……っ、あー、もう、別にいいじゃん! 繭羽ちゃんみたいな可愛い女の子と親しくなりたいと思うのは、男として自然なことだろう。なあ、陽太、賢治?」


「え、ああ、まあ……そうかもな。うん、その通りだ」


「うーん……。否定はしない……とだけ言っておこうかな」


 陽太も賢治もお茶を濁した。内心では繭羽のことを魅力的な少女であると認めつつも、直接的な表現を憚(はばか)ったのだろう。


「ほら、心陽ちゃん、見ただろう? これが自然な態度なんだよ。……つーか、創一! 聞くところによると、以前から繭羽ちゃんと面識があるそうじゃん! 言え! いったいどこで知り合った!? しかも、街中デートどころか、校内デートも決め込んでいたそうじゃねえか! 羨まし過ぎんぞ!」


 昴が不意に立ち上がり、創一に指を突きつける。


「あ、それ、私も賢治君から聞いて気になってたの。ねえ、創ちゃん。神代さんとどこで知り合ったの?」


 昴に合わせる形で、心陽も同様の質問をして来た。


「え、ああ、それは……」


 創一は内心で賢治のことを恨めしく思いつつ、質問の答えに窮して、思わず繭羽の方へ助け舟を求める視線を送った。


「……実はね、私が観光旅行の途中でこの街を訪れたことがあったのだけれど、途中で道に迷っちゃったの。その時は私一人で行動してて、家族と合流する予定の駅の方向が分からなくなって困ってて、偶然出会った暁君に声を掛けて貰ったの。そうよね、暁君?」


 繭羽が合いの手を求めて来た。


 創一は繭羽から苗字で呼ばれたことに僅かながら驚きを感じつつ、調子を合わせる。


「そうなんだ。街へ買い物に出掛けていたら、道ばたで右往左往している神代さんに出逢ってね。困っていたみたいだから、声を掛けてみたんだ」


「そうなの。その時に初めて暁君と逢って、わざわざ駅まで道案内してくれたわ。その時、彼の顔を憶えたという訳よ」


 繭羽が創一の言葉を継いだ。


 即興の作り話にしては、筋が通っていて完璧であると創一は思った。


「へー、そうなんだ。それがあって、今日、学校で偶然にも創ちゃんと同じクラスに転入して来たって訳なんだ。わー、いいなー、そういうの。運命的でロマンティック」


 心陽がどこか憧憬を含んだ眼差しを向けてくる。年頃の少女としては、そういった運命的な再会に憧れるのだろう。


「なんだよ、創一も隅に置けないな。こんな可愛い子を気軽にナンパ出来るなんて、その極意を教えて欲しいもんだ」


「いや、別にナンパ目的で創一は声を掛けた訳ではないと思うけれど……」


 昴の発言に賢治が冷静なツッコミを入れた。


「でも、創一なら分からなくもないな。そういう困った人を放って置けないところもあるし……。そう言えば、創一が神代さんのことを憶えているってことは、神代さんは、去年の秋以降に旅行に来ていたって訳だね」


 賢治は何気なくそう言った。


 瞬間、創一はまずいと思った。繭羽には、まだ自分が抱えている、とある面倒な事情を教えていない。


「え? えっと……」


 案の定、繭羽は賢治の言い回しの意味を理解出来ずに、返事に窮していた。


「そうなんだ。確か、神代さんと出逢ったのは、今年の二月くらいだったかな。どうやら、観光旅行を兼ねて、引っ越してくるこの街の下見に来ていたらしいんだ」


「ああ、そっか。引っ越し先の下見でもあったんだ。この街に訪れたくなるような名所とかあったかなって疑問に思っちゃったけど、そう言うことか」


 賢治は納得したように頷く。


 創一は繭羽に視線を送った。繭羽も賢治の質問の意図を尋ねるかのように視線を向けてくる。創一は「そういうことにしておいて欲しい」という意味を込めて、僅かに頷いた。


「ねえねえ、神代さん。ここに来る前はどこにいたの? 観光旅行の際に訪れたくらいだから、元々のお家は遠いのかな?」


 心陽が繭羽に尋ねた。


「え、えっと……。生家は近畿の方にあるの。ちょっとした家の用事で、こっちに引っ越して来ることになって」


「えっ、近畿!? すごく遠いじゃん! そっかー、長旅だったんだね。近畿と関東だと、色々と勝手が違うことも多いだろうから、困ったことがあったら何でも聞いてね。力になるから」


「ありがとう。何かあったら、春日さんのことを頼らせて貰うわ」


「うん。……あ、それとね、私のことは心陽って呼んでいいよ。私も神代さんのこと、繭羽ちゃんって呼んでいいかな?」


「ええ、構わないわ」


「ありがとう。これからはよろしくね、繭羽ちゃん」


「こちらこそ、よろしくお願いします、心陽さん」


 創一は繭羽と心陽が親しそうに笑顔を交わしている姿を眺めて、胸が穏やかな喜色に満たされることを感じていた。また一人、自分の親しい人物が出来て、友情の輪が広がることが無性に嬉しく感じられるからだ。


 心陽たちと繭羽が互いに簡単な自己紹介をした後、ムードメーカーたる昴と陽太の面目躍如するところ、楽しく賑やかな祝宴の時間は、矢のように過ぎ去っていった。

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