第15話

 ビルの谷間に、キマイラの龍が吐いた炎の火の粉が儚く舞い散る。


 二つの影が地面に落ちた。一方は地に転がり、もう一方はしっかりと着地を果たす。


 体毛と肉が焼け焦げる異臭が辺りに漂う。


「ゴァアアアアアア――!」


 キマイラの天を衝(つ)くような叫びが轟き渡る。その叫びは、大太刀に腹を裂かれ、深黒の火焔に身を焼かれる慟哭(どうこく)だ。


 苦痛にもがき苦しむキマイラを背後に、繭羽は立ちあがる。その体には、蒼く輝く鱗で出来た帳(とばり)が外套のように纏(まと)われている。程無くして、その鱗の外套は空気に溶けるように消滅した。


「……ふう」


 繭羽は一息を吐いた後、背後のキマイラに振り返った。キマイラは火勢を強める深黒の火焔に呑み込まれている。


 深黒の火焔は対象を焼き尽くすまで消えることはない。一度でも火炎が付けば、あとは灰燼(かいじん)に帰すのみだ。


 キマイラが絶命すれば、間も無くセーヌ結界は解かれるだろう。そうすれば、キマイラとの戦闘で損傷した建築物などは元の状態に戻る。


 セーヌ結界は結界内を人形劇の舞台に置き換える術式だ。その為、結界内の建築物などは書き割りとして扱われ、元々の物に代替される。よって、結界内で損傷した物体は書き割りが損傷しただけであり、セーヌ結界が解かれれば、損傷した書き割りは元々の物に置き換えられる。つまり、セーヌ結界内の物体をどれだけ破壊しても、現実の物体が損傷することはない。


 ただし、例外として、糸繰り人形と見立てられる人間は、書き割りとして扱われない。よって、セーヌ結界内で損傷した人は、結界が解かれても、自然と損傷が回復することはない。結界内で腕が千切れれば、結界が解けても腕が千切れたままの状態となる。結界内で死亡すれば、生き返ることはない。


 今回のキマイラ型との戦闘では、ビルの屋上を戦いの舞台としていたから、死傷者は出ていない筈だ。特段、人が死亡したことによる因果断裂の歪みも感じない。創一のもとへ戻って、キマイラ型を討滅したことを知らせよう。


 繭羽が掌中に大太刀を戻そうとした――その時、セーヌ結界内に新たな幻魔の気配が現れたことを感じた。それを裏付けるように、遠くで狼のものと思われる遠吠えが聞こえてくる。


「なっ……! まさか、新しい幻魔!?」


 遠吠えの聞こえて来る方向と気配の位置からして、恐らく創一と別れた方に幻魔がいると思われた。


 繭羽は掌中に納め掛けていた大太刀を抜き放ち、創一と別れた地点へと向けて疾走した。風のように通りを駆け抜けながら、指を天に向けて、キマイラ型が展開したセーヌ結界の内側に、新たに自分のセーヌ結界を展開する。キマイラ型のセーヌ結界が切れた後に、新たな幻魔が暴れて街を破壊したら、取り返しがつかない損害を招いてしまうからだ。


(もしかしたら、あのキマイラ型の雄叫びは、仲間に危機を報せる為の信号だったのかもしれない……!)


 創一に幻魔に対する自衛の術は無い。出くわしてしまったら、創一の命はそれまでだ。

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