第12話
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黒羽さんに手を引かれて街を進む中、僕はさきほどの女子高生たちへの非礼を諫めるべきか否かを迷っていたが、到着した可愛らしい店にそんな迷いは吹き飛んでしまった。
可憐なレースにフリル、今にも香りを噴き出しそうな花柄など、そこは男であれば、特殊な性癖でもない限り、誰もが足を踏み入れるのを躊躇うほど可愛らしいもので溢れた店だった。
「とりあえず入ってみてみようか。ここの店のワンピース、きっと明日香に似合うと思う」
僕の拒否に近い躊躇いを遠慮と解釈したのだろう。
黒羽さんは気遣うように優しく言うと、腰に手を回して僕を店の中へ誘導した。
店内は拒否反応を起こしそうなほどの可愛いさでむせかえっていた。
この中から自分の服を選ばないといけないのかと思うと目眩を覚える。
どう見ても、僕が無難に着られそうな服は見あたらない。
可愛い服が立ち並ぶ前で茫然と立ち尽くす僕とは対照的に、黒羽さんはまるで自分の服を選ぶかのように嬉々としてラックに密集するフリルの森をかき分けて服を吟味していた。
僕に服を当て、好きな色を聞き、「どっちが好きか」と好みを訊ねるのを繰り返して、やっと十枚ほどのワンピースに絞られた。
服はいつも母が買ってきたものを適当に着ている僕にとって、服を選ぶという作業は大嫌いな数学の問題を解く以上の疲労を脳にもたらした。
しかしその疲労を癒す間もなく、「じゃあこれ全部一回着て見せて」と試着室に押し込められてしまい、僕は鏡に向かって小さくため息を吐いた。
どの服を着ても着ても、僕に似合う服などありはしなかった。
試着室のカーテンを開ける度に憂鬱は募り、胃の底にどろりと重いものが淀む不快感が増した。
けれど、ごますりが仕事である店員さんすら口を噤み、見ていない振りをするというのに、黒羽さんだけは、どの服を着ても「可愛い」と口元をとろけさせるほどの熱を持って言うのだった。
不相応な賛辞ほど居心地の悪いものはない。
四枚目の試着が終わった時、僕はついに耐えきれなくなり言った。
『やめてください』
「どうした? 何か気に障ることでもしたか?」
うろたえるようにして黒羽さんが訊く。
何が悪いかも見当がつかないというその表情は、僕に向けられた過剰な褒め言葉が、嘘偽りのない彼の本心だという何よりの証拠だった。
だから質が悪い。
僕はため息をメモ帳に湿らせながら書いた。
『かわいい、って言うのをやめてください』
「どうして? 事実なんだから別にいいだろう」
僕の抗議の意味が本当に分からないといった風な顔に、苛立ちを覚える。
いつも察しのいい彼だが、こと僕のことになると、その察しの良さに曇りができてしまう。
『かわいくないから、かわいいと言われても困ります。嬉しくないです。やめてください』
半ば苛立ちをぶつけるように書き殴って、メモ帳を彼に突きだした。
その言葉を見て、黒羽さんは目を見開いた。
そして哀れむようにこっちを見たが、次にはまるで怒ったような真剣な顔で僕を真っ直ぐ見据えた。
「やだ、やめない。絶対やめない」
あまりにも強い視線に怯んでいると、僕の両肩を掴んでさらに言った。
「明日香は可愛い。世界で一番可愛い。それでも明日香が自分が可愛くないって言うなら、分かるまで言い続ける」
僕は息を呑んだ。
彼の言葉は恋人への甘みを含んだ類のものではなく、張りつめた緊張さえ感じさせる切実なものだった。
真正面から向けられる強くひたむきに訴えてくる饒舌な視線に耐えきれず、僕は更衣室へきびすを返した。
ド、ド、ド、と胸の奥で心臓が呼吸を荒げている。
高揚する心臓に呼応して、皮膚の下で血脈が燃え上がるのを、頬や耳たぶにひしひしと感じた。
――明日香は可愛い。世界で一番可愛い。
反芻した言葉に、心臓がまた苦しげな吐息を漏らした。
もちろん、僕は男だから、可愛いなどという言葉に胸を躍らせているわけではない。
ただ、彼の言葉からにじみ出ている僕への絶対的な肯定がたまらなく嬉しく、胸が打ち震えた。
こんなにも揺るぎない肯定を他人から向けられたことがあるだろうか。
いや、ない。
外面も内面も人並み以下の僕に向けられるものは、残酷なまでの否定や蔑みばかりだった。
目頭が熱くなって、視界が滲む。
鏡に映る自分がぼやけるが、それでもやっぱり僕は可愛くない。
僕は五枚目の服に手を伸ばした。
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