第11話

「……明日香はさ、その服が気に入っているのか?」


唐突に服の話題を振られ、僕はきょとんとしてしまった。

黒羽さんは慌てて言い足した。


「別に似合わないとかじゃない。ただいつも同じワンピースだから気になっただけだ」


やはり彼も同じ服を着ていることが気になっているようだ。

どう答えたらいいか迷ったが正直に書くことにした。


『別に気に入っているわけじゃないです。これ以外、外で着られるような服を持っていないだけです』


僕の返答に、彼は痛ましいものを見るかのように眉根を寄せた。


「一着もないのか?」


頷くとこちらへ向ける眼差しに憐れみの色が増した。

彼は僕が男だということを知らないから仕方ないのだが、それでも見当違いな同情に居心地が悪くなる。

すると、タイミング良く注文したコーヒーがやってきた。

僕はこれ幸いとコーヒーを口に運んだ。


「じゃあさ、今日は買い物をしようか。俺に明日香に似合う服を選ばせてよ」


笑顔の善意溢れる提案に僕は内心顔を顰めた。

別に可愛らしい服が欲しいわけでもないし、そもそもいらない物にお金を払うのももったいない。

『あんまり手持ちがないから今日はいいです』とやんわり断るが、黒羽さんは「明日香に払わせるはずないだろう。俺にプレゼントさせてくれよ」と食い下がった。

プレゼント、の言葉にますます気が重くなる。

早く別れたいと思っているのに、物など貰ったらますます別れにくくなってしまう。

どう断るべきか考えあぐねていると、彼にはその様子が遠慮しているように見えたようで、「とりあえず店に行って試着だけでもしてみよう」と僕の腕を取って強引に席を立った。

店の出口に向かう途中、僕らの方を見ていた女子高生たちの席で、黒羽さんは突然足を止めた。

そしてその席に置いてあったお冷を手にとり、やにわにその水を女子高生たちに浴びせかけた。

店内がしん、と静まり返った。

自分の身に何が起こったのかまだ理解できず困惑する彼女たちに、黒羽さんは吐き捨てるようにして言った。


「人の彼女をブスとか言ってんじゃねぇぞ、このブス共が」


侮蔑と嫌悪を孕んだ低い声に、僕は息を呑んだ。

彼女たちは困惑か恐れからかは分からないが、固まったまま動かなかった。

黒羽さんはそんな彼女たちを一顧だにせず、さっさと会計を済まして店を出て行ってしまった。

僕は彼女たちに何度も頭を下げ、彼の後を追った。

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