第5話:領主邸の戦い?

 街から来た使者が乗ってきた馬車に乗り、私たちはルネスの街の中を駆け抜けて行く。

 使者から先ほど聞いた話しによると、領主が呼んでいるとの事だった。

 さすがに怒られたりしないだろうが、領主の呼び出しとなると緊張する。

「なぁに緊張しているんだよ。大したことないって」

 馬車の椅子に身を預けながら、お気楽にカシムが言う。

「それはそうだけど、やっぱり緊張するでしょう?」

 私がそう言うと、隣に座るセシルがポンと肩を叩いた。

「大丈夫ですよ。いざとなったらこれで……」

 そう言って、こっそりメイスを見せる。

「こらこら、領主相手にそれはまずいでしょ」

 私は慌ててそう言って、セシルを宥めた。

 いくらなんでも、領主をぶん殴ったらただでは済まない。

 そんな話をしているうちに、馬車が止まった。

「お待たせしました。足下お気をつけ下さい」

 使者の声で、私はゆっくりと馬車を降りた。

 さすがに領主の邸宅だけあって、それは立派な建物だった。

「こちらです」

 使者の人に従い、私たちは邸内に入り2階へと昇る。

 使者はやたら豪華なドアの前に立つと、ドアをノックした。

「お連れしました」

『うむ、入れ』

 ドアの向こうから重厚な声が聞こえてきた。

 そして、使者がドアを開ける。

「よくぞいらっしゃった。どうぞこちらへ」

 室内にいた領主がこちらに向かって声を掛けてきた。

 初めて会ったが、まだ初老とというには早いやせ形の男性だった。

 その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。

「はい、失礼します」

 皆を代表して私がそう言って、室内に入る。

「どうぞお掛け下さい」

 領主に勧められてから、私とエリスはソファに座った。

 カシムはとっとと腰を下ろしている。

 ……全く、マナーくらい知っておきなさいよ。

「この度は魔物退治に大活躍されたとの報が入っております。お陰でこの街は助かりました。ありがとうございます」

 そう言って、領主は礼をした。

「別にこの街のために戦ったんじゃねぇ。そこに魔物がいたから戦ったまでだ」

 カシムがそう言って鼻を鳴らした。

 ……こら、もうちょっと丁寧に!!

「アリエの村からここまで旅してきましたが、この街以外は壊滅状態でした。魔物の数も異常ですし、何か異変があったとしか思えません」

 そう、ここに来るまで5つほどの村があったのだが、全て壊滅状態だった。

 ようやくまともな街に到着出来たのが、このルネスだった。

「そうですか……。事態は予想以上に深刻なようですね」

 領主はそう言って何か考え込むような素振りを見せた。

「あなた方にお願いしたい。この魔物どもの異変を鎮めて欲しい」

「え?」

 私は思わず聞き返してしまった。

「恥ずかしながら、我が私兵団ではこの街を守る事で精一杯なんです。この魔物の元凶を絶たないことには、いずれこの街も落ちる事でしょう。ぜひ引き受けて頂きたい」

 領主の言葉には悲痛な物が混じっていた。

「え、えっと、あの……」

「俺たちはあの『ヒューム・ストリングス』を倒す旅をしている。これこそが最大の元凶だ」

 私が言いよどんでいると、カシムがそう言ってソファにふんぞり反った。

「えっ、『ヒューム・ストリングス』ですか?」

 驚きを隠さず、領主はそう聞き返した。

 当たり前である。『ヒューム・ストリングス』退治に、今まで何人の腕利きが姿を消した事か……。

「先にお話しておきますが、冗談ではありませんよ」

 エリスがそう言って締める。

「そうですか、あの『ヒューム…ストリング様』をですか……」

 領主の様子がおかしい。

 『ヒューム・ストリング様』?

 何かを察したのは私だけでは無かったようだ。

 カシムは剣を抜き、エリスはメイスを構えている。

「……また馬鹿が来たか。己の身の程を教えてやる!!」

 そういうが否や、領主の姿が変貌していく。

 そして、数秒も経たないうちに、醜悪な姿の魔へと変貌した。

「さて、どこからでも掛かってくるがいい。お前らに私は倒せん」

 領主だったそれは、自信ありげにそう言う。

「カシム、エリス。攻撃!!」

 そう叫びながら、私は呪文の詠唱に入る。

 私の言葉など待つまでもなく、2人は攻撃に入った。

「ふん、こんなものか」

 6本ある腕でカシムの剣とエリスのメイスを余裕で受け止め、ニタリ笑う元領主。

「こんな程度では……」

「バースト・フレア!!」

 相手の言葉を最後まで聞いてやる義理などない。

 私は油断し尽くしている元領主に、渾身の炎系最強魔法をたたき込んだ。

 もちろん、カシムとエリスは寸前で待避している。

「なるほど、多少は……」

 驚くことに、私の魔法でも元領主はほとんど無傷だった。

 何か言いかけたが、念のため唱えておいた次の魔法が完成している。

「テンペスト!!」

 荒れ狂う暴風が部屋をごっそり吹き飛ばした。

 稲光すら伴う三つの竜巻が、容赦なく元領主を打ち据えた。

 そして、魔法の効力が切れた瞬間を狙って、カシムとエリスが同時攻撃を仕掛ける。

「ぐっ」

 元領主のくぐもった声が聞こえた。

 見ると、カシムの剣は元領主の右腕を一本斬り落とし、エリスの一撃は左腕を一本変な方向に曲げていた。

「なかなかやるじゃないか。楽しくなってぞ!!」

 元領主がそう言った瞬間、カシムの剣がその首を跳ねた。

 綺麗な放物線を描いて、その首が私の足下に転がってくる。

「……あーあ。終わっちゃった」

 私は誰ともなくそうつぶやいた。

「せめて、一撃くらいやらせてあげればいいのに」

 私がそう言うと、カシムは鼻を鳴らした。

「ふん、倒せる時に倒すのは基本だ。大体、お前だって大人げもなく最強の魔法ばっかり……」

 カシムがそこまで言った時だった。

「ほう、白か。悪くないな」

 私の足下に転がっていた元領主の首が、ニタリと笑いながらしゃべり出す。

 ……白って。まさか!?

「こんのエロ領主!!」

 私は足下に転がっていた首を思い切りシュートした。

 その強烈な一撃は、いまだ立ったままだった体に命中し、ドチャリという嫌な音と共に倒れた。

「カシム、エリス。その体と首を徹底的に叩き潰して!!」

 私がそう叫ぶと、2人はなにか可哀想なモノを見るような視線を私に送ったのち、嫌そうに元領主の解体作業を始めた。

 なんだろう、この試合に勝って勝負に負けた感は。

「ほら、こんなもんでいいだろ?」

 ほどよくミンチになった元領主の体を見て、私はトドメの攻撃魔法を唱え始める。

「ファイア・ボール!!」

 残る魔力を振り絞り、唱えた私の攻撃魔法はミンチ状の元領主を文字通り塵も残さず消滅させたのだった。

「今さらなのですが、この人って何者だったのでしょうか?」

 エリスがそう聞いてきた。

「エロ領主。それだけよ」

 杖を引っ込めながら、私はそう言った。

「そうですか……」

 そう言って、メイスをしまうエリス

『いや、納得するなよ!!』

 私とカシムの声が同時にハモる。

「まあ、少なくとも『ヒューム・ストリング』と繋がっている者でしょうね。下っ端だろうけど」

 私がそう言うと、カシムが繋げる。

「俺の考えでは、この辺りの魔物が急に増えた事と無関係ではない。まっ、聞きだそうにも燃やしちまったがな」

 元領主はもはや陰も形もない。

 カシムとエリスの一撃を受け止めたのは格好良かったが、ただそれだけで終わってしまった。

 ……まあ、私の魔法のせいだけど。

 魔力的にもこれは無茶すぎた。今は『明かり』の魔法すら使えるかどうか。

これは今後の反省だ。

「さて、もうここには用はねぇな。とっとと宿でも探して寝ようぜ」

 カシムの意見に反対するつもりはない。

 とりあえず休んで、魔力の回復に専念すべし。である。

 私は魔法しか取り柄がないので、魔力切れの今は非常に心許ない。


 こうして、私たちは領主の邸宅を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る