夜明け

 目の前の景色が目で追えない速さで変わっていく。平井美紗は、朝一番の新幹線に乗っていた。

あの後、音楽の話などで盛り上がってから、平井美紗は上原優一と別れた。

「ありがとう、元気が出たよ。」

「へこんだら、いつでも来な。俺が元気をあげるから。」

 二人とも、何かすっきりした顔をしていた。夜を徹して話し続けたのに、平井美紗の顔には眠たさなど感じられなかった。

「じゃあね。」

「ああ、じゃあ、また。」

 二人は別々の方向へ歩き出した。二時間ほど前の出来事だ。

 平井美紗はボンヤリと窓の外を見つめていた。その瞳は、何を捉えているのだろう。何にせよ、「過去」ではないことは確かなように思えた。僕には徹夜が効いたようで、僕は平井美紗のとなりで、うつらうつらしていた。どれだけ時間が流れたのか、分からない。気が付けば平井美紗が立ち上がっているのが見えた。「もう着いたのか」僕は慌てて身を起こしたが、どうやら降りるわけではないらしい。平井美紗は、新幹線のデッキへと向かった。僕も一応、後を追う。

 平井美紗はポケットから携帯電話を取り出した。誰かに電話するのだろうか。平井美紗はボタンを押すと、携帯電話を耳に当てた。数秒が過ぎる。

「あ、もしもし、鉄平?ごめんね、朝早く。……うん。……うん。……あ、それでさ、鉄平、一限出る?……いや、出ろ。……あたしさ、一限、出られないのね、だからぁ。……おお、飲み込みが速い。じゃあ、代わりにノート取っといてよ。……あぁ?あたしがあんたにどれだけ貸しがあると思ってんの?……え?何?……ハァ、はいはい。鉄平って最近かっこいいね……」



おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Yesterday @HaruIchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ