第10話能あるヒトは目を瞑る2
深淵の森。
そこは魔物や魔獣の安息地であり、古き
嘗て、クランの存在を求めた研究者が遺した言葉だ。
魔物でなく、獣人の祖とされる、力強くも偉大な獣たち。「彼ら」は言葉を操り、「魔法」を使い、精霊すらも従える。
獣人や古き知恵を受け継ぐ者らは彼らを崇め、加護を請う 。
古の時代より語り継がれ、今なお存在を信じる者らは多くあれど、彼らの棲家を特定できた者はまだいない。
そんな中で、クランの伝説が色濃く残るのがこの深淵の森である。
この森のどこかにある、クランの住処たる聖域への扉を求め、研究者や学者がこの森へ挑み、その危険故に失敗し、帰らぬ人となるケースも少なくない。
そういった事態に国は貴重な人材を失う事を危惧し、レンジャーギルドへ依頼し、拠点を設け、森への出入りを制限したとされており、人の立ち入らなくなった森は危険度と生息する魔物の質を上げて今に至る。
そんな森の魔物の繁殖期は、危険と隣り合わせではあるものの、狩りや探索を生業とする冒険者にとっては上質な素材を手に入れる絶好の機会である。
実力のある者がこぞって参加する「間引き」は冒険者たちにとっては言わば「祭」であった。
そんな中、「祭」を目的にギルドハウスにいち早くたどり着いた青年がいた。
黒い髪を背中で一つに束ね。つばひろのとんがり帽子は目深にかぶられている。杖にローブといった出で立ちは、魔導士であるが、纏う雰囲気は研究者のそれである。
それなりに実践経験を積んでいるのか、その足取りに危うげなものも気負った風もない。
「出遅れたか」
青年は中の喧騒を耳にし、自分が一番乗りでなかった事を落胆しつつ扉に手をかける
。
何気なく押し開いた扉の先の光景を目の当たりにした青年は開いた扉を震える腕を叱咤し、静かに閉めた。
たった今目にした光景が信じられないものでもあるかのように青年は己の目を擦り、空を見上げ、続いて目頭を揉みほぐし、大きく深呼吸し、今度は控えめにそっと扉を押し、隙間から中の様子を伺い見た瞬間、喉まで出かかった悲鳴を押し込め、慌てて扉を閉めた。
壁に背を預け、ようやく追いついた思考に、心臓が飛び出しそうな勢いで鼓動を叩くその胸を押さえ、必死に自分を落ち着ける。
「なんだ今のなんだ今のなんだ今の・・・!」
もはやそこには扉を開ける前の実力者然とした姿はどこにもなかった。
自分を落ち着けながら、今し方目にした光景を思い浮かべる。
1度目は床の上でくつろぎ、寝そべり、戯れる姿。それらと和気藹々と話すギルド職員の少女がいた気がしたが、気のせいと思いたい。
そして2度目。
扉から覗き見た青年の瞳を捉えた5対の金色の瞳。
それは紛れもなく肉食獣の瞳である。
きい
不意に扉が内側から開く音を青年の耳は捉えた。
首を巡らせるだけで確認できるのに、その恐怖が先に立ち、それができない。
「どうした?入らないのか?」
わずかに訛りがあるものの、落ち着いた流暢な少女の声が耳に入る。
青年は口を開き、
そして閉じた。
喉が強張ってうまく声が出せないでいた。
「気分でも悪いのか?」
訝しげに、彼を案じるような色の声が傍に近づく気配に内心ぎょっとしつつ、ひとまず自分への害意はない。と青年は無理やり自身を納得させた。
「あ、ああ、問題ない。少し、旅の疲れが出たようだ」
震える身体を叱咤し、何気ない風を装って、青年は「彼女」を見上げて笑った。
「そうか、立てるか?」
「ああ、大丈夫だ」
足に力を込め立ち上がる。
その拍子にふらりとよろけた。
「本当に大丈夫か?」
己の身を寄せて支えようとする彼女の背に手が触れた。
ヒトとは全く違う強靭な肉体に心臓が跳ね上がり、慌てて手を離し、一歩後ろに距離を取った。
「す、すまない」
「問題ない」
そう言って金色の瞳を緩め、前を歩く彼女の背中を青年は見下ろした。
その背は金を混ぜたような茜色であり、その中を墨を筆で掃いた黒の模様がはしる。
四肢で地を踏む彼女は紛れもない「虎」だった。
部屋の中からは3頭の虎がじっとこちらを見つめている。
残り一頭の虎とカウンター越しに話してしいた人間の少女が彼に気づき、屈託のない笑顔で出迎えた。
「ようこそ!深淵の森支部へ。受付はこちらになります!」
青年は、辛うじて引きつった笑顔でそれに応えた。
能ある虎は爪を隠す かずほ @feiryacan
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