第4話 つわものどもが萌えの跡

 かくして西軍は崩壊した。その凋落ちょうらくっぷりはもう、笑うしかないレベルだった。

 まず総大将に担ごうと思っていた毛利輝元は「あああありえないんですけどおお!?」と一方的な留守電を残して着信拒否、SNSのアカウントは勝手に変えられ、スパム報告までされていた。

 やむなく左近は毛利勢の参戦を求めて南宮山まで行ったが、毛利家の吉川広家きっかわひろいえは、濃尾沿線のうびえんせん駅弁食べ歩きの旅に出ていて不在で、フェイスブックに「長良川鉄道なう!松茸釜飯最高でした☆」の画像がアップされているだけだった。

 「騙されたッ…大坂モンに騙されたでごわあああすッ!」

 さらには島津義弘の陣に回ったが、そこは工事現場にあるような柵が設けられ、立ち入り禁止になっていた。なんとその中で押忍男子たちは泣きながら弁当を食べていて、異様な気配が漂っていた。彼らはただでさえ敗退した高校球児のようで痛々しかったのだが、なぜかおにぎりにざりざり砂をまぶして噛んでいて、こっちを無言で睨みつけてくるので怖くて仕方なく、左近は一言も話しかけられないまま、帰るしかなかった。

 大谷吉継は「限界」と一言メールを残して入院した。

 ツイッターに関ヶ原のステージに上がった三成の画像がアップされていた。「みったんいないおっさんやんww詐欺ワロタww」とキャプションがつけられていたが、ワロた人は一人もいなく、むしろ炎上しまくっていた。

 事務所HPには苦情が殺到して封鎖された。プロデュースの話も、朝ドラも映画の話も蝋燭ろうそくの火を吹いたように消えてなくなった。「みったん終了ww」のスレッドが立っていた。


 東軍がかつてない勢いに乗って攻めてきた。怒りの群衆を巻き込んだ軍勢は、倍以上に膨れ上がっていた。先鋒の福島正則が大爆笑しながら槍で人を突き殺していた。

 「もはや、これまでだな」

 三成はがっくりと肩を落とした。

 「笑ってくれ左近。ひとえに私の力不足だ」

 その通りだよ馬鹿野郎、とは言えなかった。まさかあーんないいところでおっさんに戻ってしまうなんてどんだけ間が悪いんだ、とも言いたかったが、事態がよく分かっていない三成を今さら責めるのも酷だ。

 「いや、わしがいけなかったのでござる…アドリブがきかない三成殿に、わしが無理をさせたばかりに!せめて、せめておっさんのまま、つーまんなくても正々堂々家康殿と雌雄を決せていたら。悪いのはわしです、三成殿。お許し下され」

 二人は手を取って、変わらぬ友情を確かめ合った。左近も三成も目を潤ませていた。思えば二人は、やっと本来の関係に戻れたのだった。

 「左近、逃げてくれ。ここは、佐和山にて再起せん」

 「お逃げなさるのは、殿一人で。何せここは殿しんがりが要りましょう」

 と言うと左近は朱槍をしごいた。

 「死ぬのはわし一人で十分でござる。三成殿はここで果てる器にあらず。このいくさを糧に、まだまだ大きゅうなって下され」

 (そうだ)

 自分はこの三成に惚れたのだ。美少女アイドルじゃない。おっさんの三成に。

 (だからこそ、天下分け目の合戦の夢、見てみたくなったんじゃないか)

 何たる不覚。

 「殿、鬼左近とまで言われた我としたことが、一時の萌えにうつつを抜かし、一期栄華いちごえいが武士もののふが夢を見たこと、忘れておりましたわ」

 にたりと笑う左近はもはや、武士そのものの顔であった。

 あの似合わない丸眼鏡は、もちろん棄てた。

 九死に一生も拾う気はない。望むは、三成の再起ばかり。

 「誰ぞ馬曳けえいっ!出るぞっ!」

 すでに左近の咆哮は、死を覚悟したおとこのもの、に他ならない。

 「されば、お達者で」


 「待って!」


 はっとした。思わず左近は背後を振り返った。

 なんとそこに、三成ったんがいたのだ。おっさんの三成じゃなく。愛らしい大きな瞳を涙で濡らした三成ったんはブリーチした髪をはためかせて、鎧姿の左近に抱きついてきた。

 「大好き、左近!」


 (萌えた)


 ついに萌えた。これが萌えなるものか。まさかこの鬼左近が。そのとき左近は思った。一期栄華、もののふの夢もまあいいが、一時の萌えにうつつを抜かして果てるのも、それはそれで別にいいじゃないか。


 この日、決死の島左近を打ち取ったのは、黒田長政率いる先鋒部隊である。

戦後、黒田兵が語った『古郷物語こごうものがたり』にその鬼気迫る奮戦ぶりが、語り残されている。

 「馬上、采を振る左近のかかれ、かかれ、と言う声が耳に残って」

 今でも夢に見て身体が震えることがある、と言う。

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石田三成が突然美少女すぎるアイドルになると関ヶ原が困る 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto

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