第3話 みったん神ブレイク

それから先は面白いほど、いや、怒涛の勢いで西軍が集まった。

哀しいが道理ではある。考えて見ればおっさんの三成がつまんなそうな顔でつーまんない正論を説くよりも、アイドル系な美少女が上目づかいでお願い☆に来た方が、どう考えても野郎には受け入れやすいのである。

 「じゃっ、じゃっどん、おいたち島津勢はそのう、徳川どんに御恩がありもうして…」

 島津義弘しまづよしひろなどは、九州征伐のとき三成に便宜を図ってもらった癖に東軍に味方しようとしていたのだが、アイドル三成の来訪で一気に西軍加勢へ傾いた。

 「こいが三成みったんかー、おいは初めて肉眼でアイドルをみたでごわす!」

 「心ノ臓がア、心ノ臓がッ!破裂しそうでごわす!」

 「殿さァ、迷うこつなか!我らじいさんの家康殿より、ぴっちぴちの三成殿に加勢したいでごわす!」

 運動部の男子高校生(女子マネ抜き)を地で行く薩摩隼人たちは、目を血走らせて三成加勢を直談判した。義弘はいくさをするのには軍勢が足りないし、もっと空気とか時勢とか読みたかったのだが、美少女と言う人参を鼻先に釣られた押忍男子おすだんしたちに、もはや理屈は通用しなかった。

 西軍の大将にしようとしたら「ああありえないんですけどおー?」と、露骨に嫌な顔をした毛利輝元もうりてるもとも、着信残しても折り返しないし、勝手にアドレス変えて教えてくれないなどの冷たい態度をとっていたが、三成が美少女になった途端、聞いてもいないLINEのグループアカウントなどを教えてきたり、執拗に飲み会やコンパの連絡をしてくるようになった。

 一番驚いたのは、ことあるごとに三成の挙兵に反対していた大谷吉継おおたによしつぐである。普段は親友だと言ってる割に今いちノリが悪いと言うか、何かと言うと都合が悪い、体調が優れない、などの言い訳を繰り返し肝腎なときに連絡が取れなかった吉継であったが、三成が美少女になると嘘のようにレスポンスが良くなった。

 どころか、味方集めにも積極的に協力してくれるようになったのである。

 三成ったんは、ブレイクした。と言うか、神アイドルとして君臨した。

 「うわはははっ、これで関ヶ原は無敵ですぞおっ!後は募兵だ!」

 とりあえずネットで広告を出したら一般公募で五十万人の応募があった。徳川家康の用意した東軍の、およそ五倍以上の数である。

 「当日は目にものみせてくれるわっ!東軍十万なぞ、三成ったんの西軍ライブイベントで押し潰してくれるわっ!」


 天下分け目の大いくさが迫るはずの関ヶ原はまるで、夏フェスの会場みたくなっていた。

 どこもかしこも来場者がごった返し、ところどころにご当地B級グルメの屋台が出ていた。ゆるキャライベントも頻繁に開かれていた。大名たちの本陣の馬印の下には休憩スペースやゴミ箱が設けられ、設営されたテントではカップルがいちゃつき、なんて言うか足の踏み場も居所もない状況だった。

 中でも三成ったんが出演するメインステージは、億単位の金をかけて組み込まれた、巨大スクリーン付きの大スター仕様だ。来日スターでも滅多に立てないような巨大ステージに集まった十数万人の群衆は、手に手に三成ったん団扇をかざしている。このステージであらゆる人たちがアイドル三成ったんの登場を待っていたのだ。

 日に日に増えるスポンサーとテレビの出演依頼、グラビア雑誌への露出で入場者数はまた、一気に増えた。先日ついにCDデビューを果たしたのだが、これに握手券をつけたところ、爆発的な売り上げを記録した。中には握手券ゲットのために一人でCDを何百枚も購入したファンも出たほどである。


 (大成功だ、関ヶ原もらったッ)

 左近はバックステージで会場を見回して一人快哉を上げていた。

 今や島左近の名は、業界随一のアイドルプロデューサーの地位を確立しつつある。この関ヶ原イベントが成功に終われば左近は新人アイドルの発掘やプロデュースでこの秋はスケジュールはぱんぱんだし、三成ったん自身にも朝ドラの主人公や映画の話も来つつある。CMも今、最多十五社と契約しているし、まさに笑いが止まらない状況だ。

言うまでもないが、もちろん完全に当初の目的は、忘れていた。

(だがそれがどうしたッ、今さら東軍の連中に何が出来る)

徳川家康は泣いていると言う。三成ったんの神ブレイクのせいで、東軍からも続々脱退者がイベントに駆けつけているからだ。仕方がないのであわてて東軍もイベントを開催したが、主催者のセンスが古いせいか、出遅れの芸人や新人演歌歌手の営業ばかりでいかにも活気がなく、無惨にも閑古鳥が鳴いているらしい。

(ふふ、今に東軍からもイベントプロデュースの話が来るかもな)

万雷の三成ったんコールを左近は自分に浴びせられたかのように、ほくそ笑んだ。もはや、一流のプロデューサー気取りだ。最近ちょっと太ってきたし、気分で何だか丸い眼鏡もかけるようになった。

「さあ、三成ったん、スタンバイして」

左近が気取った声で楽屋に呼びかける。ここからだ。ここからが、更なるスターダムの幕開けだ。

しかしだ。ふわりと、のれんを押して入ってきた三成ったんは。


おっさんだった。

あれっ、元のおっさんだった。何度も見直したけど、やっぱりおっさんだった。

左近は目が点になった。どうもこうもない。自分が待っていたのは、アイドルのはずの石田三成なのだ。しかし目の前にいるのは、何十年も見慣れたはずのこまっしゃくれたおっさんの方の石田三成だったのだ。左近は驚愕のあまり、思わず敬語になった。

「石田…三成さんですよね?」

「そうだが?」

何を今さら、と言う顔で三成は顔をしかめた。

「みった…あれっ?何かの間違いじゃ?」

「我が顔を見忘れたか左近。どこからみても石田治部少輔三成ではないか。何か、おかしなところでもあるのか?」

「で、ですよねえ」

おかしなところはない。何一つない。いや、だがそのおかしなところの何ひとつないと言うのが、一番おかしいのだ。

万一の可能性を求めて左近は、楽屋をのぞいた。まさかとは思ったが、アイドル美少女の方の石田三成は影も形もなかった。密室であった。左近は、膝が砕けて立てなくなった。その肩にぽんと置かれたおっさんの三成の手。

「苦労をかけたな。よく、これだけの西軍を集めてくれた。後は私が皆に、豊臣恩顧とよとみおんここころざしを訴えるだけじゃな」

「い、いやっ、あのっ…」

あんたステージに出る気?そんな無茶なっ、と思ったが左近はあごががくがくして、思う通りにしゃべれなかった。そんな中、空気が読めておらず事態も把握してない癖に、おっさん三成は左近を見て頼もしげに微笑んで見せた。

「案ずるな。私とて、やるときはやる男だ。しかと見ておけ。左近が集めた大軍、この三成の義の力を以て、とりまとめてみせるわ」


惨劇は目に見えていた。だがすでに左近にそれを止める力も、気力すらも残っていなかった。

おっさんの三成が会場に出た瞬間、万雷の歓声が死に絶え、同じ音量のブーイングが返ってきた。団扇やペットボトルがステージに投げ込まれ、暴徒化したおたくたちがステージを破壊した。三成はそれでもメガホンを持って西軍参加を呼びかけたが、もちろん誰も聞いていなかった。デモの鎮圧に駆り出されているみたいだった。

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