第2話 策士目覚める

 次の日もやっぱり、三成はもとに戻らなかった。なんと一見美少女アイドルな三成たんのままだ。いっくら悪戯だったとしても、大事な大坂出張をあの三成がすっぽかすはずがない。つまりこれは、どうあってもこの女の子が三成と言うことで話を進めろってことだ。

 (はあ…この二人連れで、大坂行くしかないのか)

 前途は多難だった。まず、みったんは馬に乗れなかったのだ。

 「きっ、君、いや三成殿、それでも戦国武将かっ!?」

 「ひっ、怒ってる左近嫌い…後でちゃんと練習するからぁ。お願い!今日は、乗せてってよぉ」

 「わあっ、こらわしの馬に勝手に乗るな!」

 何と言う災難だ。お陰で、大坂に着く前に三度も職務質問にあった。条例があったら逮捕されてるところだ。

 前途は多難だった。正直、これで大坂に行くのは失敗だと思ったほどだ。

 「じっ…治部少輔じぶのしょうゆう殿。謹慎中、何と言うか、変わられましたな。はっ華やかになられたような」

 幼い秀頼の隣に座る淀殿の声が上ずり、顔がぴくぴく引き攣っていた。無理もない。おっさんの三成だと思って会ったら、アイドル美少女なのだ。自分より若いのだ。お肌とかつるつるなのだ。江北一こうほくいちの美人浅井市の娘、と言うプライドが思いっきり傷つけられたに違いない。

 さっきから淀殿がひっく、ひっく、言いながら話しているのでしゃっくりしてるのかと思ったら、ヒステリーで息が詰まりそうになっていた。

 「とにかく、ひっ、秀頼のことくれぐれも頼みましたよっ!…でもまさかあの治部殿が女子になるとは。しかもわらわより若ぁいっ…ああっ、もう熱が出そうっ」

 めまいがするのは左近の方だ。秀頼の後見人である淀殿に後ろ盾になってもらい、やっと大坂に登城して味方を集めようと言うこのときに、肝腎の三成がこれなのだ。こんな女の子では味方が集まるはずはない。来るのはおっきいお友達だけだ。西軍集まるのか。ああ、左近も熱が出そうだった。

 さらに悪いことには松の間から帰ろうとすると、大廊下でがやがや大勢の集団と出くわしたのだ。先頭にいる真っ黒に日焼けした二人、福島正則ふくしままさのり加藤清正かとうきよまさだ。間の悪いことに豪傑を絵に描いたようなこいつらは、反三成派の急先鋒なのだ。

 「おおう、そこを行くのはあの才槌頭さいづちあたま(三成のこと)めのところの島左近じゃあにゃあか。久方ぶりに大坂へ戻ったかと思うたら、淀殿のご機嫌伺いか!忙しいことだわ!」

 相変わらず声がでかい。頬にまで髭が生えている男性ホルモンむんむんの福島正則ふくしままさのりだ。しかもいつ会っても酒臭い。この男は、爆笑しているか激怒しているかと言う極端なテンションの人だ。

 「この清正もまだ朝鮮役での返礼をば、しておらぬでなあ。あのときは三成めが粗茶の誘いを受けずにあい済まぬことをしたわ!」

 聞えよがしに厭味いやみを言うのは加藤清正かとうきよまさだ。清正は正則に比べると話も分かるし酒癖も悪くないのだが、三成のせいで謹慎になったりしているので、不満たらたらなのだ。

 「あの兵六玉ひょうろくだまが。今に見ておれ度肝を抜いてくれるなどと、らちもなき大言をこの正則が前で抜かしくさっておったが、今日も雲隠れかあっ」

 「ひっ、左近この人顔怖い」

 ささっと左近の後ろに隠れるみったん。だみだこりゃ。

 「あん、誰かと思ったらその…こほん、おっ女子は誰だぎゃ」

 まさかこれがあなたの仇敵、石田三成ですよとは言えない。しかし、言ってしまった。誰が?三成本人がだ。

 「いっ、石田三成ですけどなにか?」

 「みっ、三成だとぉ?嘘だでや!」

 「嘘じゃないもん…て言うか、さっきからなんでそんなひどいこと言うのよ!?」

 三成は泣き顔だ。こりゃあ駄目だと思った瞬間だ。

 意外や意外だ。男衆が退きやがったのだ。

 「ふ、福島殿。今のはないのでは?」

 と、黒田長政くろだながまさが取り成し、細川忠興ほそかわただおきなどは、憤慨する始末だ。

 「左衛門太夫さえもんたいふ殿、いい武士もののふが!女子相手にみっともないですぞ」

 二人にドン退きされて、正則も立場がない。

 「えっ、あっ…あの…今のっ、わしが悪いのかっ!?」

 「正則、お前今、完全にいじめっ子だぞ…?お前が満足ならそれでも良かろうが…そもそもいいのか武士として、女子相手にそんな本気になって」

 幼馴染の加藤清正までドン退きである。

 「きっ、清正おのれまで!おのれだってさっきまで、三成の悪口さんざん言うておろうが!」

 「いや、でもなあ…」

 相手がおっさんの三成ならまだいいが、目の前の美少女が三成だと言うのでは、一応武士として男として、むきになってる方が、そりゃかっこ悪いに決まってる。正則はようやく自分が一番空気が読めないかわいそうな人だと気づいたのか、窒息死しそうな顔色になった。

 「だっ!たっ!わしはあのっ!わしだって!そおゆうつもりでは!」

 正則は、顔を真っ赤にして言い訳を始めたが、皆自分は他人、無関係だと言わんばかりにドン退きだ。

 「ぐっ、くっ!とっ、とにかく覚えておれ…と、おっさんの方の三成によう言うておくとええでや!ほれ、皆、今のは忘れて飲み直そう!今日はわしが奢るから!なっ!?なっ!?わあっはっはっはあっ!」

 こうして、正則自ら必死に三成から離れていこうとする珍風景が出現した。左近にとってみれば、これはまさに快挙であった。

 (助かった)

 それ以上に、衝撃だった。形はどうあれ、今のはおっさんの三成には出来ない、堂々たる戦果である。

 「どうしたの左近」

 (もしかして、これ使えるのでは…?)

 ふと左近の戦略家魂に火が点いたのは、まさにそのときだった。

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