第20話 屋台の塩味は汗13%

今日は近所で夏祭りだそうで

朝から寺前通リには屋台が並んでいた

当然引っ越してきたばかりの私はそんなことは知らなくて

次々とやってくるトラックや荷物やら

白地の手ぬぐいを頭に巻いたおにいさんやら

境内をひらひら忙しなく走り回る巫女さんやらに

外の私が囲まれる……


今日は朝からなんだか気分が良くて

散歩がてらお賽銭を投げに来たらこのざまだ

まったく、無計画というのも考えものだな

なんて考えている最中でも周りの人達は

せかせか動いていて

蓋の抜けたダンボールが目の前を横切るたびに

どこか既視感を感じている……

たぶん引越の景色と似ているからだ


帰ろうかな


 「おじょうちゃん、暇してるの?」


な、誰だよ。後ろを振り向く


 「や、何してるの?」

 「えっと 散歩です」

 「散歩?こんな寺まで?」

 「はあ……歩くのあれなんで」

 「あれってなに?」

 「歩くのすきなんで」

 「ほほー、なるほどねぇ」


完全に知らない人

しゃべるたびに彼が持っているダンボールが

がしゃがしゃ揺れて

開けっ放しの天井からトングが落ちそうだ


 「この神社ね、奥の方に洞窟が在るらしいんだ、ふたつ」

 「はあ、そうなんですか」

 「そう、それでね、そこの神様は飽食の神様らしくて。あ、おじょうちゃん何か神様信じてる?」

 「無宗教です」

 「そうなの?変わってるねー、まあ、それでそこの神様に毎年この時期お供え物してるらしいんだよ」

 「へえ、米とかですか」

 「そう 米と水。この水がすんごくおいしい水らしい。神様もお気に召すくらい」

 「へえ……」

 「なんでも十年もの間、供え続けた水があって。それを飲むと不老不死になれるらしい。町の伝統によれば」

 「ええ?飽食の神さま、飽食関係無いじゃないですか」少し笑った

 「だよね~ほんとこれ眉唾なんだよ」


彼も笑うのでまたダンボールをがちゃがちゃと振るわす

同時に中身が落ちそうになって私はハラハラする


 「じゃあ 昼飯食べに行こう」

 「……え、なんですかじゃあって」

 「いやぁ話してると急に腹が空いちゃってね。いっそのこと早めに食べちゃおうと思ってさ」

 「はあ……」

 「このあと何か予定ある?」

 「いや、無いですけど……」

 「じゃあ行こうよ、友楽飯店」


しまった、あるって答えれば良かった


 「お腹は?」

 「空いてます」

 「お金は?」

 「持ってません」

 「門限は?」

 「夕方です」

 「じゃあ行こうよ」

 「あんまりです」

 「おごるよ?」

 「あ、行きます。ってですよ」

 「はは まあ、嫌ならしょうがないか」

 「申し訳ありませんが……」

 「じゃあ番号教えて」

 「ん……それもちょっと」

 「じゃ、名前は?」

 「……あ、えっと、花山鈴です。おにいさんは?」

 「こちらは吉川と言います、吉川徹よしかわてつ。よろしくね」

 「聞いたことあるような……」

 「そこで逆ナンかい。まあここらへんに住んでるから、また会うかもね」

 「あ、はい。でもすみません、私もう帰りますね」

 「車あるし、送っていこうか」

 「あ、結構です、歩いていきます。遠くないし」

 「はは 取り付く島もないね、じゃあおれのこの名刺を渡しておこう」

 「あ、どうも」


石階段から立ち上がり、境内を降りていくと

小さくなっていく彼の姿が

離れてもなお、すっと立ちすくんだまま

こちらを見ていて、怖いようだけど

私は彼に妙な安心感を感じた……

たぶんさっきまで祭り準備の外にいた私が

中で血液のように流れてた彼と話すことによって

外の私まで温かい血流が巡ってきたようなそんな感じ


まだ陽も傾いていないうちから心配するのも慎重すぎるかと思うけど

家への帰り道はと回り道してから向かった

途中の雑貨店で紺色の日傘を見つけて

心引かれたが、お金はもってないし

けっこう値段が張ったので忘れることにした……


ようやっと家の玄関までたどり着き

今起きた表情の母がいるリビングを素通りして

風呂へと直行した

はあ……暑っい……


カサッ


拾い上げた名刺はくしゃくしゃになっていて読みづらかった


かき氷専門店

  店長:吉川徹

りんご飴はじめました


うわ……ちょっと食べたい……

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