珊瑚

第21話 朝焼けそして

朝。まぶたを開くと、目の前に藻縄もなわがたれさがっているのが見えた

海の底には少しだけ舞った砂塵と絹のような薄い光が辺りに散らばっている……

もっとよく視たい。目を大きく開くと満ちた塩水が、眼球をこそぎ、裸粘膜を浸す

あまりの痛みに大声をあげようと口を開く……

失策だ、開口と同時に周りの海水が容赦なく喉に押し込まれる

とたんに目の前が真っ赤になる。痛い。

3%の塩水が異物となって身体が拒否を起こす。喉が熱い。

苦しい、ごぽ、いやだ、おぷ、もう……


ぱ。


朝。目が覚めると、母の呼ぶ声が聞こえた。

なんてことない。うつ伏せて畳の地面を見つめながら、

小さく深い息をはいた……


※※※


 支度を済ませ、制服に着替える。食卓に付くと母が準備した朝ごはんが所狭しと並んでいた。正直、朝は牛乳で事足りるのだが、しかたない、これも付き合いだ。ついで弁当を作っている母は台所に向かったままだ。左手にコツンと陶器の皿が当たった。鰹胡瓜かつおきゅうりの醤油和えがギラリと光る。ふぅ。とりあえず食べよう……

 「ふぅ」

 「おつかれ」

 「弁当あっちね。ちゃんと持ってきなさいよ?」

 「判ってる判ってる」

 「それで?」

 「それでって?」

 「だから、今日からじゃない。学校。楽しみ?」

 「どうだろ」

 「何よー、つれない返事ねえ。担任の先生とか校長先生とか挨拶しに行ったんでしょ?格好いい男の子とかいなかったの?生徒じゃなくてもいいわ。物理の先生とか?」

 「ふ、何そのピンポイントな質問」

 「良いじゃない、初めての学校なんだから、楽しみがなくっちゃ」

 「いやあ、わかんない。慣れてからだよ、学校生活に」

 「そうかなあ、そんなんじゃ、すぐ飽きちゃうよ」

 「大丈夫大丈夫、心配ないから」

 実際、色恋なんてものは面倒くさそうだ。私は私の日常を穏やかに過ごせればそれでいい。時間というのは相対的なもので、刺激的であればあるほど、時速は増して、瞬く間に溶け切ってしまう。私はもっと時間を楽しみたい。じっくり楽しむには一つ一つ目の前の事を味わえばいいんだ。一つで良い。多くなくて良い……

 

 家から出ると、まだ朝もやがちらほらと残っていた。近所の住宅街には同じような木造家屋が並んでいた。大通りを少し外れると開発のなかでも残された小さく斜面を海まで降ろす森が朝の水気のある大気を大きく吸い込んでいた……

 今日から学校。長い夏休みは昨日で終わった……



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