第10話

 頭上を覆う枝葉が密度を減らし、やがて空が見えてきた。左手側の森のすぐ上はギリギリ赤みが残っているが、それ以外はもう夜の色をしており、一番星が天頂で輝き始めていた。

 要するにもう夜である。

 そして、開けてきた前方には遠目でも分かるほど多くの松明を灯した村があった。

そういえば、今晩の狩りについてヤールとほとんど話し合っていなかったなと、クオンは今更ながらに思い出した。今頃彼は例の狼のような化け物と戦っているのだろうか。

(まあ俺は俺で化け物と戦うんだしな。一人でやってもらうしかないさ)

 胸の底から少し湧き上がってきた申し訳なさをその言葉であっさり搔き消して、クオンは風の制御に意識を向け直した。

 もう前方にはほとんど木々が無くなり、闇に沈んだ草原とその中に浮かぶ赤々と照らされた村だけが見えていた。


 朝に一回、昼に二回、そして夕方に一回くぐった門を、クオンは今一度、くぐり抜けようとしていた。だが、低空飛行のまま突入しようとしていたクオンは、危うくそこに立っていた人をはね飛ばす所だった。

「あ、パパだ」

「なんだと!?」

 ナヤの声に慌てて咄嗟に逆噴射を掛けたクオンは、何とかぶつかってもお互いに怪我をしない速度まで減速させることはできたが、それでも止まり切れずに人影へと飛び込んでいってしまった。

「おーい、ナヤァァァ……ぁああああ!!?」

「パパー!」

 驚いたのは向こうも同じだろう。暗闇の中から緑の光を放つ何かと共に自分の娘が飛んできたのだから。それでも逃げずに抱き止められたのは親としての愛故か。

 ずしんという決して軽くない衝撃と共に、クオン達は停止した。ナヤの反応からするにこれはどうやらナヤの父親らしい。

 取り敢えずお礼をと顔を上げると、何だかつい半日ほど前に嗅いだ匂いがした。

「ナヤ! お前、こんな時間までどこに……」

「あのね! おにいちゃんと子羊といっしょにビューンって飛んでね! それで」

「おにいちゃん……?」

 そう言ってナヤの父親の視線がこちらに向いたのを、クオンは感じた。まあ伏せていてもしょうがないので顔を上げると、思った通りそこにいたのはあの赤鼻のオヤジだった。

「あ、アンタは今朝の……」

 そう言ったオヤジの顔を、何故かクオンは見ていられなくなり、そっぽを向いた。そして、なるべく平静を保って一言だけ答えた。

「……夜狩人として、やる事をやったまでだ」

 そう言って押し付けるようにナヤと子羊を預けると、クオンは門の外へ向き直った。

「あ……ありがとうよ!」

「もうじき化け物がやってくる。ナヤを連れて下がっててくれ」

 背後から投げられた声にそう返し、クオンは闇を睨んだ。

 いつの間にか聞こえていた微かな地響きと破壊音はすぐに大きくなり、森を割るように化け物が再び姿を現した。そして化け物はそのままクオン目掛けて突進してきた。


 柵の上や外に並べられた松明や焚き火。それらの明かりに照らされて、化け物の姿が露わになっていく。

 握り拳ぐらいはあろうかという二つの眼球、岩から切り出したかのような大きな歯、そして一番目を引くのが螺旋を描いて上に伸びる天を突くような四本の角。角はどれも大人の脚ほどの太さはあり、先端や付け根に残るへし折られた木々の一部がただの飾りではないことを物語っている。

 そして、四本の足の上に乗った胴の高さは軽くクオンの倍を超えている。大きさからもこいつはほぼ確実に化け物だ。

(まあ違ったとしてもどうせ同じことだ)

 その四つ角の化け物は、見えているのかいないのか真っ直ぐクオンの方へと突き進んで来ている。

「まずは、突進を止めないとな」

 そう自分だけに聞こえるように呟くと、クオンは左手の札を勢い良く地面に叩き付けた。

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