第11話

 四元符から光が放たれる。その色は曇り空のような、霧のような、濃密な白。その光は燃え広がる炎のように伝播し、地面に落ちる闇を塗り潰した。

「聳え立て、《テンラ》!」

 クオンは叫ぶ声と共に四元符を真っ直ぐ振り上げて跳び上がり、その軌道をなぞるように一本の光の柱が立ち上がった。そして光は軋むような音を立て、瞬き程の時間の後に一抱えはある太く白い石柱と化した。

 その場で跳んだクオンは着地と同時に更に跳んで後退し、光の小さくなった四元符を脇に構えながら前方を見つめた。その間にも地面を震わせる巨体の突進は接近し続ける。

 化け物の目には突然現れた石柱は見えていないのか、それとも今までへし折ってきた木々と同じに見えるのか、一向に速度を落とす様子は無い。あっという間に石柱と化け物の距離は狭まり——


 ドガギャガゴン!! と衝撃を伴った鈍い衝突音が大気を叩いた。


 一瞬訪れた静寂の中で、クオンは化け物の額と純白の石柱が一点で触れ合ったまま静止しているのを見た。だが、その光景はやはり一瞬で消え去る。

 化け物の巨重が激突して生じた余りにも巨大な破壊力は、四元符が生み出した石柱にあっさりとヒビを走らせ、そのまま中程から白い柱をへし折った。

 石柱は距離を開けたクオンに追いすがるように倒れ込む。だが、クオンは倒れる柱を見ても眉一つ動かさず、バッと左手の札で空気を切るように横へ振り抜いた。その瞬間、頭上に迫り来る石柱の上部と地面に取り残された下部は、煙のように消え去っていく。

(柱は折れたが、突進は止まった。ここまではこれでいい……)

 目の前の化け物の顔を改めて見ながら、クオンは自分に言い聞かせる。自分の言葉で思考を整理しながら、次を考える。

 と、それまで額を石柱にぶつけたままの格好で動きを止めていた化け物が、ゆっくりと動き始めた。捻れた四本角を生やした頭を持ち上げ、水晶玉のような両目はクオンを睨みつけた。

 その視線に答えるようにクオンは静かに腰の剣を抜いた。鋼の剣は滑らかなその表面に松明の揺らめく光を映し、夜の闇の中に妖しげにその姿を浮かばせる。

「ここからは、俺の番だ」

 自分と相手の両方に聞かせるようにそう告げると、クオンは両足で地面を蹴った。


 右手に片手剣、左手に札を持ち、クオンは前方へと跳躍した。あろうことかその軌道の先は化け物の頭へと続いている。当然、化け物は口を開いてクオンが飛び込んでくるのを迎え入れようとする。だがクオンは特段焦る様子もなく、左手を振りかぶった。その手の札は夕日のようなオレンジの光を放ち始めた。

「焼き払え、《アグニス》!」

 そして掛け声と同時に炎を纏った四元符を、クオンは前方目掛けて振り抜く。放たれたオレンジの火球は真っ直ぐ飛ぶと、開かれたままの化け物の口に飛び込み、口内を炙った。

 これに慌てた化け物は反射的に口を閉じるが、閉じたことで安全になったその鼻面にクオンは両足で着地した。そして右手の剣を閉じたばかりの口の横、皮膚の薄い部分に押し当て、そのまま両足で踏み切る。押し当てられた刃は皮の上を滑るように切り裂き、クオンの剣先からは赤黒い血が滴って、零れる端から闇夜に紛れて消えていった。


 クオンにとって、化け物と対峙するのはこれが二回目だ。だから、戦い方の目途はある程度は立っている。

 化け物の強みはその巨体とそれを支える頑丈な体、そしてその体を自在に動かせるだけの力だ。行く手を阻む木をことごとくなぎ倒して進むという天災の如き芸当もこれらの要素が合わさって初めて実現するものだ。

 だが、これらの強みは裏を返せば短所となり得る。巨大で頑丈な肉体は、それだけでかなりの重さになる。通常ならその重さを感じさせないほどの速度で動き回れる化け物達も、どうしてもその重さに縛られざるを得ない瞬間が実は存在する。それは初動、動き始める瞬間だ。どれほど驚異的な力を持つ化け物でも、動き始めの一瞬だけは身軽なクオンの方が速いのだ。

 だからクオンはその隙を徹底的に突いていく。容易に先を読ませない不規則な動きと十数年培ってきた瞬発力と体力を武器にして。

 

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