第十三話 追討軍

 都に逃げ帰った藤原修征と武藤資質の報告を受けた、太政大臣、藤原不足は激怒した。

「で、讃岐宮は鎮西を固め大宰府を手中に収めたのだな」

「は、はい」

 修征が答える。

「五百もの精鋭がいて、大宰府を取られたのだな」

「敵は九百に、海賊をも味方にしておりました」

 資質が言い訳する。

「それはお主らが鎮西の国司、豪族に海賊も掌握していなかったという事だな」

「そ、それは宮が『年貢を引き下げる』などと虚言を吐き……」

「言い訳は無用じゃ。帰って謹慎しておれ。追って沙汰する」

 不足は修征と資質を追い返した。

「朝廷には人材がいない」

 不足は嘆息した。だが、いつまでも嘆いてはいられない。早急に追討軍を出して讃岐宮の息の根を止めなくてはならない。

「だれか只今を呼べ」

 不足は命令した。

 参議、藤原只今は公家きっての武闘派と思われている。本人は至って温厚な人柄であったが、他に適任者がいないので、各地の反乱鎮圧に駆り出された。坂東での風花太郎平光明らの反乱にも征東大将軍として下向したし、四国で海賊、藤原住友(ふじわらのすみとも)が反乱を起こした時も征西大将軍としてその鎮圧に努めている。どこかで反乱があると、何かと彼が大将軍になって鎮圧してきたのである。

「只今、お主を鎮西鎮圧の大将軍に任ずる」

「えっ、またでございますか」

「またとはなにか?」

「い、いえ。なんでもありません」

「今度の敵は讃岐宮だ。殺さずお捕まえ申せ」

「はい。ところで」

「なんじゃ」

「兵は何処から徴発いたしましょう。聞けば相手は千を超すとか、我が手勢だけでは足りません。また三千ほどお貸し願いませんか」

「ううん、簡単に言うなあ。はて、いかがするか」

 不足は考えた。

「そうだ、坂東の平氏と西国の源氏から兵を徴発しよう。坂東は遠いから出陣を一月後にしよう」

「源氏と平氏。反りが合いますかな」

「それを合わせるのがお主の役目じゃ」

「ははあ」

 平伏して只今は下がった。


 武蔵国、平武蔵守水盛の館。ここに弟達が緊急に呼ばれた。

「兄者、何事ですか」

 三郎こと下野守森盛が尋ねた。

「都の太政大臣、藤原不足様から書状だ。鎮西で反乱を起こした讃岐宮様を追討する軍に兵千五百送れとの事だ」

「ええっ」

 と驚くのは四郎こと下総守山盛だ。

「驚く事はない。我ら朝廷の家臣だ」

 水盛が言う。

「しかし、千五百とは」

 五郎こと相模守大盛が天を仰ぐ。

「無理な要請です」

 六郎こと安房守泡盛が言う。

「我らの窮状を分かっていなさらぬ」

 七郎こと上総介特盛が叫ぶ。

「無理を承知で言って来ているのだ」

 水盛が言う。

「それはどういう意味で」

 八郎こと常陸介先盛が聞く。

「不足様は我々の忠心を試しておられるのだ」

「忠心とは?」

 九郎こと上野介舟盛が尋ねる。

「文字通り、忠誠のことじゃ。今、坂東は我ら平氏が国司を独占しておる。朝廷からしてみれば、自ら決めた事とて少々不安。いつ反乱を起こしてもおかしくないからの。で、少々無理な要求をして我らを試しているのじゃ」

「ほう」

 と声があがる。

「わしはこの要求に対し、武蔵から八百送る事にした。お主達もそれぞれ百の兵を調達せよ。それくらいなら出来るだろ」

 水盛が言った。

「はい」

 兄弟が答える。

「下野守、お主がわしの名代になれ」

「畏まりました」

 森盛が答える。

「期限はあと五日じゃ。五日後に足柄峠に集合じゃ」

 水盛は厳命した。

 五日後、輿に乗った水盛が兵八百を連れて足柄峠に着くと、既に兄弟達がそれぞれ百の兵を連れ控えていた。

「おお、お主らも遣れば出来るようになったじゃないか」

 水盛が喜ぶと、

「兄者の薫陶のおかげです」

 森盛が代表して答えた。

「うむ、これで藤原不足様への顔が立つ。不足様の言う到着期限は半月後じゃ。急いで参れ、下野守」

「ははあ」

 下野守森盛を大将にした兵千五百は都に向け出立した。しかし、元が『無能』の三郎である。果たしてきちんと都に上る事が出来るのであろうか。また追討軍の用をなす事が出来るのであろうか。水盛は若干の不安を感じていた。

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