第十四話 西の源氏

 ひとえに『源氏二十一流』というが武士として台頭したのは、平和帝(へいわてい)の子孫、行儀王(ぎょうぎおう)の系統である。それが摂津源氏、大和源氏、河内源氏に別れ、それぞれに覇を競い合っていた。総じて源氏は仲が悪い。情勢によっては親兄弟親戚までが戦う事もあった。これが比較的親族の仲が良い平氏との大きな違いである。この先も骨肉相食む事態が起こるとも限らない。しかし今は、河内源氏の源義亘(みなもとのよしのぶ)を頭領として結束していた。義亘は武功一番の武者で、かつて鎮守府将軍であった頃、俘囚の豪族安倍氏、竹原氏と戦い、敵の首を一万取った事から、『一萬太郎義亘』と呼ばれ恐れられている。しかし、安倍氏の朝廷への買収工作が効き、鎮守府将軍を解任されてしまうという苦い経験がある。そして今はその実力を生かして河内守、伊予守、長門守、周防守を兼任して押しも押されぬ武士の第一人者として君臨している。摂津源氏は以前にも登場した源来光が、太政大臣藤原不足に可愛がられ摂津守、但馬守、丹波守、丹後守をしている。大和源氏は少し出遅れ、当主の源親政(みなもとのちかまさ)が大和一国の国司をしているのみである。

 源来光、源親政が河内の源義亘の館に呼ばれたのは、うだるような夏のことである。

「両名共よく来てくれた」

 義亘は二人を労った。

「今年はいつもの夏より暑いですな」

 来光が言う。

「私の所には子が生まれました」

 親政が報告した。

「それは良かった」

 義亘は喜びを分かち合った。

「今までそちらの父祖と我が父祖は互いに仲違いして利益を食い合っていた。それは悲しいことだと思う。共に平和帝の子孫として生まれたからには一致団結の必要があると思う」

「はい」

「そうですな。ところで我らを呼んだは何か理由がお有りのはず。どうぞお聞かせ下され」

 親政が言った。

「うぬ。ここに二通の書状がある」

 そう言って義亘は書状を前に出した。

「一通は、太政大臣藤原不足様からのものだ」

「それにはなんと」

 来光が尋ねる。

「『参議、藤原只今に付き従い、先日反乱を起こし、大宰府を占領した讃岐宮とそれを手助けした鎮西の国司、豪族を討ち取り、宮を生け捕りにせよ』というものだ」

「もう一通は」

 親政が尋ねる。

「もう一通は讃岐宮様からの物だ。『余に協力し現政権を倒し、新しい国作りをしよう』という話しだ」

 義亘は書状を置いた。

「これは太政大臣様に、着くべきでしょう。義も利もこちらが勝っています。それに私、太政大臣様と主従の契りを結んでいます。容易に裏切る事なぞ出来かねます」

 来光が言った。

「私は讃岐宮に着いた方がいいと思います。現政権では大和源氏は浮かばれません。それに『新しい世』と言うのを見てみたい。現に鎮西では年貢の引き下げが行われている由にございます」

 親政が答えた。

「二つに割れたの。これではわしが決める事になる。よいか」

「はい」

「結構」

「わしは……讃岐宮様に付く」

「なんと」

 来光が驚く。

「明日をも知れぬ寄せ集めに付いて、太政大臣様を裏切るとは、到底信じられぬ」

 来光はかなり不満顔だ。このまま出て行くかもしれない。

「来光殿。落ち着かれよ。まずはわしの話しを聞いて欲しい。十年前わしは鎮守府将軍として陸奥守平高見殿とともに俘囚達と壮絶な死闘を繰り広げた。やっとの事で勝ったが多くの家臣、仲間を失った。わしは俘囚をこのまま殲滅し、奴らの持つ財産を朝廷に献上しようとした。ところが俘囚の奴、我より先に朝廷に貢ぎ物をした。相当な額だったらしい。すると、朝廷はわしを鎮守府将軍から外し、なおの事、最前の戦闘を『私闘である』として褒美の一つも呉れなんだ。その朝廷の責任者こそ太政大臣藤原不足。わしはあの事、未だに許しておらぬ。どうだ、来光殿、不足とはそういうお人だ」

「た、確かに太政大臣様は吝嗇なお方。しかし、だからといって絶対不利な讃岐宮に付く事はないでしょう」

 来光は反論した。

「いや讃岐宮にはツキがある。都で不当な扱いをされ、大宰府に左遷。謀反の計画がばれて逃走。薩摩に着いたときには家臣一人居なかったという。それが『年貢を引き下げる』その一言で国司、豪族が味方に付いた。そして大宰府奪還成功。それで国司達が満足して兵を引き上げればそれまでだが、今も千名の兵が常駐するという。さらにこの国最大の海賊がなぜか味方しているというぞ」

「それはすごい。藤原住友以上の海賊ですか」

 親政がびっくりする。

「しかも夏だと言うのに兵糧倉は満杯。食うに困ると言う事はないらしい」

「しかし兵力は千では征討軍には勝てますまい」

 さらに反論する、来光。

「不足はわしに千五百の兵を要請して来ておる。さらに坂東平氏にも千五百出すように言っている。追討大将軍、藤原只今の私兵は三百。我らが讃岐宮につけば二千五百。どちらが勝つかは明白であろう」

「ご慧眼、恐れ入ります」

 来光は折れた。

「分かってくれればそれで良い。ではお二方に我が息子と孫を紹介しよう」

 一組の親子が部屋に呼ばれた。

「義亘が長男、頼親(よりちか)じゃ」

 頼親が乱暴に言った。

「義亘が孫。頼親の長子、重朝(しげとも)でございます。よろしくお引き立ての程お願い申し上げます」

 しっかりとした孫である。十六歳だという。

「この二人も戦場に立たすつもりじゃ。重朝は初陣じゃな」

「はい」

 重朝は答えた。

「では十日の後、わしは藤原不足に絶縁状を出す。そして皆で一度、太宰府に伺おう。きっと讃岐宮様もお喜びになるだろう」

 西国の源氏一門はこうして讃岐宮に付く事になった。

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