第十二話 太宰府攻略

 太宰府の政庁には讃岐宮の後任、太宰権帥(だざいごんのそち)の藤原修征(ふじわらのおさゆき)、実務責任者の少弐、武藤資質、大監、水城重文(みずき・しげふみ)、小監、御笠秀和(みかさ・ひでかず)、そして筑前、筑後の国司、和田博助が揃っていた。

「讃岐宮が薩摩で軍を起こし、鎮西中の国司、豪族が挙って参加しているという。どういう事じゃ、資質」

 藤原修征が不機嫌に尋ねた。

「あのとき、宮を討漏らした事大変不覚に思います。しかし無為徒食の讃岐宮にこれほどの味方が集まるとは思いもよりませんでした」

 すると、和田博助が言った。

「讃岐宮は『年貢の引き下げ』を第一の公約にしております」

「そんなこと出来る訳ないであろう」

 武藤資質が言うと、

「出来る出来ないは後々の話しでございます。今は将兵を集めるのが第一」

 と和田博助が答えた。

「たとえ集まっても所詮は寄せ集め。我が精鋭五百に和田殿の二百が揃えば、敵ではありますまい」

 資質は敵をなめていた。

「そうでもあるまい。敵は今、豊後で調練をしているという。鍛え上げられれば強敵となる。ここは一刻も早く、敵を討つため、豊後に兵を送ろう」

 博助が進言した。

「資質どうする」

 修征が尋ねる。

「太宰府を空けるのは危険です。海賊が襲来する恐れがあります。それより防御を強くして、敵に備えるのが良いと」

 資質が答えた。

「宮軍と海賊が同時に襲って来たらどうなさる」

 博助が問う。

「そんなことあるわけないであろう。うつけか」

 ここに来て資質は博助を侮蔑した。

「う、うつけだと。撤回されよ」

 博助の顔色が変わる。

「うつけだから、うつけと言ったまで」

 涼しい顔で言う資質。傲岸さが表に出ている。

「もういいわい」

 博助は突如、政庁を飛び出した。彼は前から資質が嫌いだった。太宰府が自分の国にあるのも嫌だったし、高圧的態度で年貢を取り徴兵する。掾以下の人事にも介入した。もう嫌だ。博助は讃岐宮方に付く事を決意し、家族、兵士一切合切を引き連れて豊後に下った。


 和田博助の突然の参陣に宮軍は驚喜した。

「よう来た筑前守。余はお主が来てくれてとても嬉しい」

 宮はまた涙した。本当に感激屋さんである。

「ほんに、和田殿の軍二百が加われば太宰府と対等以上に戦える」

 大下義弘が言った。

「味方の兵も力を付けた。そろそろ攻撃に移ってもよいのではないか」

 肥前の豊田時泰が言った。

「そうですね。始めましょう」

 実質的な司令官になった帆太郎が答える。

「まず、味方の海賊に攻めさせましょう。敵が海賊に目が入っている間に我らは大手門を叩きましょう。和田殿の参陣で我らは九百、敵は五百となりました。そのうち三分の一は海賊に向かうでしょう。我らの勝利は限りなく近づいています」

 帆太郎の言葉に頷く国司、豪族達。

「では太宰府に出撃!」

『忍冬』の幟が立って讃岐宮軍は豊後を出た。


 その日は好天に恵まれ空が高かった。物見の兵達は思わず欠伸をし、今にも眠ってしまいそうなのどかさだ。しかし、兵の目の下の方に何か黒い物が映った。

「か、海賊だあ」

「に、二十隻はあるぞ」

 すぐに政庁に伝令を送る。

「なに、海賊二十隻だと。すぐに主船所の頭に出撃するよう伝えよ。浜にも兵二百を出せ」

 少弐、武藤資質は命を下した。

 海賊達は火矢を打ち物見台を燃やした。そして小船を魚群のように走らせて陸に迫った。

「矢を放て!」

 太宰府軍の部将が命じる。

『シュー』

 弓が飛ぶ、しかし小船は盾を出してそれを避け、陸に上がる。白兵戦だ。血しぶきが舞い、首が飛ぶ。一進一退の攻防になった。


「やってますな。海賊達は」

 遠眼鏡で戦況をみながら大下義弘が言った。

「そろそろ我らも出陣だあ」

 大斧大吉が叫ぶと騎馬隊二百がいきりたった。

「行け!」

 騎馬隊が大手門に突っ込む。

「それ、援護しろ」

 小吉率いる、弓矢隊が天高く、大手門の裏側へ打ち込む。

「もう見てられない。大輔、歩兵隊の指揮は任すぞ」

 戦況を見ていた帆太郎は我慢出来なくなって、『如竜』で出陣した。

「帆太郎様!」

 大輔が叫ぶがもう聞こえない。

 その姿を歩兵隊の中ほどで見ていた、木偶坊乞慶がニヤリと笑っている。

 そのころ大吉は大手門を大斧で破壊していた。

「よし、突っ込むだあ」

「私も行くぞ」

 いつの間にか追い付いた帆太郎が続く。

「ああ、帆太郎様、抜け駆けはいかんだ」

「まあ、いいって事」

 

 その一報は大分遅れて資質の元に届いた。

「正面から讃岐宮勢だと。挟み撃ちではないか。宮は海賊とも手を結んだか。卑劣!」

 資質は自ら甲冑を身に付け、兵三百を指揮する事にする。しかし、膝の震えが止まらない。兵が足りない。なんで和田博助を引き止めなかっただと、自らを責める。その博助は宮方に居るという。

「突っ込め」

 大輔率いる歩兵軍が中に入ったときには大勢は決まっていた。元々兵が少ない上に、海賊に気を取られて宮軍に気付かなかったのだ。太宰府軍が勝てるはずはない。大監の水城重文と小監、御笠秀和は戦死。太宰権帥、藤原修征と少弐、武藤資質は命からがら脱出した。

「勝どきを上げよ」

「エイエイオー」

 大勝利に浮かれる兵達。そのころ難破時化丸率いる海賊軍は悠々と海へ引き上げていった。


「まず兵達に褒美を取らせよ」

 讃岐宮が言い、太宰府に収められていた若干の金と米一俵ずつが配られた。

 次に国司、豪族には所領安堵と約束通り年貢の比率引き下げが言い渡された。

「だがな、宮様」

 無輪が言った。

「恩賞を与えると、国司達は兵を連れて国に帰ってしまう。一方都はこの事に怒り、討伐軍を送ってくるだろうよ。戦はまだ続く。いかがするのじゃ」

 讃岐宮が答えた。

「それは、帆太郎が考えてくれた。この新しい太宰府は討伐軍に負けたら国司達との約束も反故になる。だから、各国司達が兵の半分を駐留させてくれる事になった」

「ほう、帆太郎め、いつの間に知恵者になった。わしの薫陶が良かったのかな」

「さらに近隣の『あぶれ者』と言うのか、農家の次男、三男。他にも仕事無き者を集めて、この前のように鍛錬して、新しい正規軍を作るそうじゃ」

「なんとな、しかし食糧が足りますまい。食糧なくして兵は動きませんぞ」

「それがの、例の海賊らが豊かな国から食糧を調達してくれるそうだ。代金は余が都に戻った時で良いそうだ」

「随分と気前の良い海賊ですな」

「なにか、帆太郎の父に恩義があるらしい」

「ほう」

 無輪は感心した。

 その頃、

「木偶坊殿」

 帆太郎は、木偶坊乞慶の元を訪れていた。

「私は貴方の主君に相応しいですか」

 乞慶は言った。

「貴方は事実上の総大将でありながら一人で戦陣に突っ込まれてしまった。あれは将たる者が絶対にやってはいけない事」

 厳しい声で乞慶は言った。

「はい」

 自分を恥じる帆太郎。

「つまりは、貴方をお引き止めする者が居ないと言う事」

「はい」

「だから、拙者がその役、お引き受けしましょう」

 と言うと乞慶はニッコリと笑った。

「えっ?」

「今日より、帆太郎様を主君と仰ぎます」

「あ、ありがとう」

「こちらこそ」

 二人はがっちりと手を結んだ。これで帆太郎直属の家臣は大吉、小吉、蟹丸、茹で蛸、大輔、乞慶の六人となった。


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