2花の声

 館のエントランスを奥まで進み鉄のドアを開けるとそこは裏庭だ。

見渡す限りに花が咲いており、館の正面の花壇の何倍もの広さと種類があった。


 遠い昔にミッちゃんが一人でせっせと花壇を作っているとこに遭遇してからは俺も暇を見つけては手伝った。

結果、館の面積とかわらないほどの大きさの花壇ができてミッちゃんはそこにまたせっせと花を植えていった。


 あまりにも大きく花壇ができすぎたので隙間なく花を植えるミッちゃんに申し訳ない気持ちもあったが、

「大きければ大きいほどいっぱい埋めれますから。」

と嬉しそうな表情で答えてくれて救われた。


 赤い花を横目に見ながら歩いていると見慣れた小さな背中があった。


「おはよう。」


「おはようございます、ジョンさん。」


 と、ミッちゃんが心待ちしていたような表情で振り向く。

顔には少々の土が付いていて、それを知っていても気にしないほどに花に熱心だ。


 金色の長い髪は染めたモノではなく天然で、その髪を後ろで一つに結んで黒いジャージに軍手をはめて作業をしている姿も様になっている。


 黒いジャージは真城ちゃんと似ているものではあるが真城ちゃんより、背も高く出ているところは出ているミッちゃんとではサイズが合わないハズだ。

男が知らないだけで女性のジャージは黒と決まっているのだろうか?


「アリサさんから呼んでいるって聞いて来たよ。」


 近くに畳んでいるキレイなタオルをミッちゃんに手渡す。

ありがとうございます、と言ってこちらに背中を向けて顔を拭く。

見られたくない事でもあるのだろうか?と気にはなったが紳士として黙って待っていた。


 すぐにキレイに拭いた顔をこちらに向けハニカミながら足元に置いた上木鉢をこちらに寄越す。


「この前お話ししていた植物を回復祝いにと思いまして。」


 渡された植物は観葉植物のようだが、それをみて愕然とした。


アグラオネマ ニティドゥム カーティシー


 そこらに生えている植物では決してなく、日本の花屋でも一部でしか置いていなかったようなこの希少な種類は外国から取り寄せるしかないはずだった。


 それに、誰も水をあげる人間がいなくなったこの世界ではすぐ枯れてしまい残っているはずはない。


「これは最高のプレゼントだけど、どうやったのさ?魔法かい?」


ミッちゃんが一層笑顔になる。


「私は魔女ではありませんが、ジョンさんが言うならそれも良いかもしれません。」


 風が優しく吹く。

風に乗って花の良い匂いが辺りに満ちる。

甘ったるいような新鮮なような香りは決して嫌なものではなかった。

ミッちゃんは周りの花を見渡しながら続ける。


「信じて頑張れば何とかなるんです。意外と、何とでもなるモノなんですよ?」


 遠くを見つめるミッちゃんには何が見えているのだろうか?

分かることはその方向にあるのは町だった。

死体と狂気で埋まった悲しい町。


 そこから遠く、より遠くの山に逃げるようにあるこの館からでもミッちゃんは見えているのだろうか?


 それとも物理的には見えないものを見ているのだろうか?

何かを見つめるミッちゃんはとにかく美しかった。

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