第37話

 いつまで経っても引かなかった。


「合格だ」


 女はつきつけた銃を連から放した。

(助かったのか……?)

 女はあっけらかんとした調子で呟いた。

「危ない危ない……」

 そして、言う。

「興奮して思わず、殺しちまうとこだったぜ。あぶねえ。熱くなりすぎちまうのはほんと、あたしの悪い癖だねえ」

 自分に言い聞かせるように言う女。

 連は女の真意が掴めず困惑するばかりである。

 女は不敵な笑みを浮かべながら言う。

「あんたはまだまだ成長するだろう。だから、生かしておく」

 女の言葉の意味を理解しかねた。成長するから生かしておく……?

「どういう……事だ?」

「稚魚は逃がさないとな。成長してから捕って食うんだよ」


 つまり――――まだ弱いから見逃す、と言うのか。


「いつか、また戦おう殺し合おう

 見上げた女の顔に浮かんでいたのは、いっそ無邪気なまでの笑顔だった。





「まあ、急所は外しておいたから死にはしないよ。それどころか一日寝りゃあ治る」

 女はそう言いながら、ステージから降りる。

「とはいえ、そこに放っておくわけにもいかんか。あんた、こいつの連れでしょ。連れて帰ってやって」

 何気ない動作で柱の影まで行き、一人の人影を引きずりだした。

「ひっ!」

 あれは――

「紀里!」

 女に引きずり出されたのは、紀里だった。どうして、こんな所に。

 

 まさか――――ずっと能力でつけてきていたのか?


「この子、なんかの能力でずっと隠れてたみたいだったけど、息が荒くなりまくってて、すぐ解ったわ」

 「私は耳もよくてね」と女は付け加えた。

「いやぁ!」

 紀里が絶叫する。

 紀里の手は女によって掴まれている。

「その手を離せ!」

「倒れたその状態で、よく他人の心配できるね。別に今日はもうやる気はないさ」

 女はすぐに手を放した。

 顔面蒼白の紀里は力なくその場に座り込んだ。

「ついでだから、私の名前を教えとくよ。時川文香。まあ、『この名前』は、の世界じゃ知れた名さ。覚えときな」

 それだけ言うと女はその場を後にしようとした。

「そうだ……あんた『悪い超能力者』の情報が欲しいんだったよね」

 女は振り返り、連を見る。

「『スラム街』の潰れたボーリング場に行きな。そこを溜まり場にしてる不良の中に能力者がいるらしいから。私がそのうち『狩り』に行こうかと思ってたけど、おまえの練習道具にした方が、結果的には面白そう。そこは私の組織関連の不動産屋が管理してる物件だからいちいち許可取らなくていいぞ」

 女の影は闇の中に溶けていく。

「せいぜいもっと強くなって私を楽しませてね」 

 そう言って、女は消えた。




 連は一人、ステージの上取り残された。

 子供の頃、ここに来た時の事を思い出す。

 昔、このステージの上に、立っていたヒーローは見事、悪人を倒したのだ。でも、それはそういう「筋書き」だったからだ。

 現実リアルには、『正義の味方』が必ず勝つなんて「筋書き」は無いのだ。

「ちくしょう……」

 熱い涙が頬を伝っていた。

                               〈第二章 了〉


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断罪のリアライズ 雪瀬ひうろ @hiuro

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