第5話 人の情けの?��???��?��???��???


 

 一人になって初めて、からっぽと言う事に気付いた。

 何と言うか、ここに居る人も、街も、全部からっぽだった。

 見回してみると益々奇妙な街だ。

 バランスが、街並みが悪い。外観が悪い。各家々に可笑しい場所はないのだが、問題は矢張り組み合わせだ。取って付けたような日本家屋は、センスを疑ってしまう。中世ヨーロッパの風景を模している街の中、処々を和で彩ったような。聞こえはいいが、外観は非常に悪い。

 この空間に居るだけで鳥肌が立ってくる。しかしそこに住む彼らにとって、それが当然と言うか、常識なのだ。

 居心地が悪かった。

 誰も俺に話し掛けてこない。怪訝な目で、横を通り過ぎるだけだ。

 俺は悟ったね。

「ここで働く事は出来ない」

 なんて、ニート宣言に近いものを。

 昔海外旅行に行った時の視線ともまた違う。珍しいものを見る目線ではない。人間として見ているかも怪しい。だからと言って敵視しているとも言えない。

 何なんだこいつら。

 ただの、ヒトガタだと思った。

 誰も俺を避けていない。避けようとしていない。なのに、誰もが俺を避けていた。そう言うもの、常識のように。

 ああ、もう駄目だ。

 俺は思考する事も出来ず、恐らく青い顔をして立ち上がった。

 逃げようとした。どうやったら逃げ切れる? こいつらの目から逃げ切れるのか? どう頑張ろうとも逃げ切れる訳がない。不可能だ。

 どこをどう通ろうと、逃げ場はない。

 大人しく家に居たらよかったなあ。



 それが切欠だったかは知らん。


 立ち眩みと同時にふらっと、俺は。


 人が、死んだ。







 血に塗れた男か女かも判別付かぬ死体が、道の中ぽつんと転がっていた。顔、胸元、性器、手足などを重点に、グチャグチャ、に。花が咲いたのか、もしくは肉料理かと言わんばかりの裂け目。そこから溢れ出る血は、俺の足元に池を作った。俺の両手は血塗れ。いや、両手だけじゃない。俺の服にも及んでいる。殺人を否定出来ないまでの血の量が俺を覆う。血液の池で自分の顔を覗き込む。顔は、真っ赤だ。俺は殺していないぞ。俺は殺していない。凶器だって持っていない。殺している光景だって見ていないし思い出せない。ポケットを探れど持ってきていた鞄を見れど凶器は見当たらない。俺は誰かから殺人犯になるように仕組まれたか? 無理がある。俺は立ち眩みを起こしたが、気を失ってはいない。意識は地続きで、一度として途切れてはいない。これではまる、

 どう言う事だ? こんな物語じゃない。


 こんな物語を描いていた訳ではない!


 俺はこの後どうする予定だった? 何をする予定だった? 俺が勇気を出して街の人に話し掛ける予定だった。無論会話は出来ない。思考を逡巡させながらも、ジェスチャーを交え意思疎通を図り、偶々口ずさんだ小説で得た知識だけのラテン語が、本当に僅かに通じた。彼も本を読む人間だったからだ。そうして意気投合し、俺はアリスにしたように説明をした。彼は不可解だと思いながらも創作的と笑い、話半分ながらも信じてくれた。彼の名前はジェイル。そうなる予定だった。ジェイルの紹介の元本屋で働けるようになる。その日の夜、アリスに報告するととても喜んでくれる。俺は高揚し、興奮し、堪え切れずアリスを抱き締めてしまう。彼女は驚きながらも俺に身を委ねる。俺が多少強引に出ると、彼女は抵抗しなかった。彼女は俺に全てを晒してくれ、また俺もそれに応えた。翌朝、彼女より俺が先に目を覚ました。身を寄せ合って寝た為、彼女の白い肌が俺の上にあった。俺は多少興奮しながらも彼女を起こす。彼女は目を開けてすぐ状況を思い出し、顔を真っ赤にした。俺がおはようと言うと、裸を隠して照れながら、おはようと返してくれた。それだけの事が嬉しくなって、俺は彼女をもっともっと好きになった。本屋で早速仕事だ。仕事内容は向こうと余り変わらないと言う事で、案外楽だった。ただ客足は多く、忙しい一日を送る。けれど客が来ない時間もそりゃあった。だからその短い時間にジェイルや店長は俺にここの国の言葉を教えてくれる。言語に関する理解力は高い方だったが、それでも理解し難い言語だ。どうにか覚える事が出来たのは感謝の言葉だった。アリスと言う女性に感謝するのだと言うと、店長達はアリスを知っていた。アリスを街で知らない人間は居ない。彼女は街一番の人気者だ、と。彼女は農家から食べ物を分けて貰ったりして、一人でもやっていけていると言う。尚更俺は頑張らなければ、などと青臭い事を思って家に帰った。アリスの方が先に家に帰っていて、俺はただいまと言うと、彼女は朝と違って元気よくおかえりと返してくれた。夜寝る時になって、俺は彼女と共に寝ていいかと聞く。彼女は昨夜の事を思い出したのか、顔を真っ赤にしながらも許可してくれた。その日は特に手を出す事はせず、只管喋った。そして俺は、彼女の言語で、彼女へと、ありがとう、と笑った。彼女は急に涙を流す。それを必死に隠そうとして、彼女は何度も手で擦った。それでも止まらない涙を隠す為、彼女は俺に背中を向けた。俺は彼女を背中から抱き締め、一夜を過ごした。俺は決めた。俺は、出来れば毎日彼女を感動させてやろうと。俺は毎日彼女を感動させて、彼女にもっと好きになってもらおうと。好きになってもらう、努力をする事にした。そして俺は、彼女と何年も、愛し合いながら生活をした。そんなある日、急に元の世界に戻ってしまった。この世界に来るまでに居た、つまりバス乗車を拒否してすぐの道。携帯で日付と時間を確認する。あの頃と寸分狂わない。全く同じ状況だ。電源を落とし、俺の容姿を確認する。俺の容姿は――あの頃のままだった。俺はその場で泣き叫んだ。忌々しい世界に戻ってしまったと。彼女に、アリスに二度と会えないと。彼女に言い残した言葉がいくつもあるのに。彼女のお腹に、新しい命まで宿ったのに。全部、元に戻ってしまった。俺は、世界に絶望した。それから学校を止め、友人達とも全て縁を切った。日本横断の旅に出た。何も使わず、日本の足で。何年も経った時、九州地方のある村で、俺と気が合った老人が居た。彼は自分がもう長くないと言う。そして俺の境遇を知った彼は、俺に家を暮れた。ある小さな、家を。そこは、俺とアリスが暮らした家だった。風鈴の音が、ちりん、と鳴った。俺は老人に感謝し、この家はいつ建てたのですか、と聞く。すると老人は、驚くべき事に去年、と言った。そうして、俺はこの物語を締める。俺はこの家に今も住んでいる。いつか、あの世界に、この家と一緒に飛ぶのだろうと、信じて。彼女の住んでいた家は、この家をもう少し古いものだった。だから、何年か経って、俺はあの街外れへとこの家と飛ぶ。そこで、もっと幼い彼女と出会う。そして――きっと、彼女を育てる事になる。彼女の発言から、俺はそんな予感がしていた。俺はここを、この家を荒らした。俺が居なくなったこの家を、俺が死んだこの家を、散々荒らし尽くしたのだ。自分の墓を自分で荒らす人間など、そうは居まい。ならば俺は、自らを墓荒らしとしよう。そう綴って、俺はこの話を締める。


 その筈だったのに、一体何が起こっている? 俺は人を自分の意思とは関係なく殺したのだぞ? こんな状況ない。俺は殺人は犯さない。俺が犯したもっとヤバイ事は、不敬罪だけだ。状況的に皇位を罵ってしまうと、非礼をする展開があっただけだ。俺が殺人を起こすと、全てが崩れる。崩れてしまう。ここで殺人を起こそうものならば、どうしようが死ぬ以外に道はない。それは、俺が知っている。

 涙が零れる。

 汗が吹き出る。

 だがどうしようもない。隠す事も出来ない。

 ここは道の真ん中だ。周囲の人間は俺と死体を中心に、円状に広がっている。逃げる事も、出来ない。

 俺は、俺は。



 俺は。








 誰かの、嘲笑わらい声が聞こえた。

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