【ヴァンテージマスターポータブル】
ポニーテールとイカ
二〇一二年一二月二三日。
天皇誕生日であり、
この日彼女は、高校、大学と一緒の二つ上の先輩であり友人でもある
いつもの通りゲーセンでひとしきり遊んだあと、二十歳になったお祝いとして旭川の自宅で二人で飲みながら遊んでいるところだ。
二人が遊んでいるのは、PSPの『ヴァンテージマスターポータブル』。一九九七年に日本ファルコムから発売された名作シミュレーションゲームのPSP移植版だ。
プレイヤーはネイティアルマスターと呼ばれ、火、水、土、天の四属性のネイティアルと呼ばれるものを召喚しつつ相手と戦い、相手のマスターを倒せば勝利となる。
戦局は一進一退。運の要素が一切ない、将棋のようなこのゲーム。気を抜けばお互いいつでもやられかねない状況だ。
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「はみさんー」
「んー? なにー、千秋」
葛尾に話しかけながら、相手の行動範囲をチェックする旭川。酔っているのか、いつもよりもかなり間延びした話し方になっているようだ。
だらりと床に転がりながらのプレイ。旭川が話を続ける。
「はみさんはぁー、首都圏に就職決まっちゃってるじゃないですかー」
「そうねー」
「彼氏さんはどうするんですかー?」
葛尾のネイティアルたちが密集したエリアに、範囲魔法が使える火のネイティアル『ダルンダラ』を送り込み、そのうち三体を一気に屠ってやる旭川。
「ブホッ! ……斬り込んでくるねぇ」
その手は想定していなかったのか、葛尾はついつい口に咥えていたよっちゃんいかを吹き出す。テーブルに肘をついてプレイしていたので、床に落とさずに済んだようだ。
吹き出したよっちゃんいかを再び咥え、メガネを直し、マスターを少し下げて新たな水の最上位ネイティアル『テンターク』を水辺に召喚。巨大なイカの姿をしたネイティアルが現れ、体制を立て直す葛尾。
「……千秋には言ってなかったけど、もう別れちゃったよ」
「ええーっ!? どうしたんですか」
「どうしたもこうしたも……なんというか、細かい話をしだすとキリがないんだけど、結局のところ性格の不一致ってやつかなー。あっちがゲーム好きじゃなかったりとかね」
「趣味の共有ってのも大事ですよね」
「ん、共有できなくても最低限許容してくれれば問題ないんだけどね……。まあそれは置いとこう」
遠隔攻撃を持つ地のネイティアル『エ・フェリオン』で遠くの高台から旭川のマスターを狙う葛尾。
「どうなの、最近。千秋のほうは」
「なにがですー?」
エ・フェリオンの放つ矢にダメージを受ける旭川のマスター。
「恋バナ的なものだよ! 今その話してたでしょ!」
だが気にするほどのダメージではなかったようだ。旭川は落ち着いて床から体を起こし、遠隔攻撃を使える天のネイティアル『アモルタミス』を召喚する。旭川の髪型とおそろいのポニーテールだ。
「あーははは。そーいうの最近あまりに縁がないので、話振られると思ってなかったですよー」
「まったく……。でも最近バイトとかしてるんでしょ、古本屋だっけ。そことかではないの?」
「ないですねー! 男の人はてんちょうだけですし、バイトもわたしだけで」
「……ん? そもそもそれじゃ二人きりじゃない」
「そうですけど、てんちょうは一回り年上ですし、そもそもゲームにしか興味がなさそうです」
多少キモいくらいにゲーム大好きで、と付け加える旭川。
「ふーん……。そんなにゲーム好きなら気が合いそうなのにね」
「そういうもんですかねー」
「そうよー、私だったら千秋みたいなゲーム好きのかわいい子がいるなら放っておかないぞ! っとー」
水辺からずいとテンタークを送り込み、範囲魔法で旭川を仕留めにかかる。先ほどのダメージの回復が間に合っていなかったため、ついにテンタークの強力な範囲魔法の前に倒れる旭川マスター。
「あー! そんなとこから!? 見落としてました……」
「ほらほら、油断してるといつの間にかこうやって足下すくわれちゃうかもよー」
「大丈夫ですよー、あくまでてんちょうはてんちょうですからー」
「ほんとにー? 千秋、しっかりしているようでたまに抜けてるとこあるから、心配しちゃうぞーお姉さんは」
いつの間にか旭川の後ろに回りこみ、肩の上からふわりと包みこむ葛尾。旭川はポニテをふりふりしながらうれしそうに葛尾の肩にすりすり。
「えへへ……。はみさんがこうやってしてくれるなら、心配されちゃいたいですー」
「こらこら……もう、かわいいやつめ」
こんなだから心配なんだよね……と、自分が上京したあとを懸念しつつ、今はただ、ねこのようにじゃれているかわいい後輩の頭をやさしくなでてやる葛尾であった。
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