二〇一三年のミレニアムブックス A面【対決編】

【エリア88】

命知らずの古本屋

【エリアMB】


 ここは秋穂県秋穂市……

 作戦地区名

 ミレニアムブックス……


 最前線中の最前線!

 地獄の激戦区

 ミレニアムブックス!!


 生きて掘り出し物を掴める運は

 すべて三幸さんの神まかせ!!


 おれたちゃ、神さまと手をきって、

 地獄の悪魔の手をとった……


 命知らずの古本屋!!



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【敵襲】


「まわせー!!」


 自動ドアが開き客が入ってくると同時に、店内に響く号令。当然、客は驚き、ポカーンと声の主を見つめている。

 声の主は、旭川あさひかわ千秋ちあき。この古本屋のバイトである。白い無地のシャツに黒のチノパン、その上に黒いエプロン、今日も正しい本屋さんスタイル。

 旭川は、あ、と声を漏らして自分の行動に気付き、顔を真っ赤にして言い直す。


「……す、すみません、いらっしゃいませー」


 客は、怪訝な顔をしつつ、店内奥の金属製の古い本棚が並ぶエリアへ入っていく。

 それと入れ替わりで、ノートPCを抱えて男が出てくる。この古本屋の店長、大平おおひら矢留やどめである。


「旭川くん、影響受けすぎでしょう」

「すみません……罰金5000ドルで許してください」

「そんなに払えないでしょ!」


 さらにネタでボケてくる旭川につっこみつつ、大平はやれやれとノートPCをカウンターにおろした。



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【三が日】


 事の発端は、正月の三が日にさかのぼり、元旦の午後。


「てんちょうー」


 旭川が自動ドアを開け、店に入ってくる。

 いつものスタイルと違い、今日は、ゆったりめのシルエットのワンピースにロングブーツ、その上にダウンジャケットという姿。いつもと変わらないのはポニーテールくらいだ。


「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますー」


 カウンターに座り、暇そうに雑誌を読んでいた大平は、雑誌を閉じて、旭川に新年の挨拶を返す。


「あけましておめでとう、旭川くん。……あれ、三が日は休みじゃなかったっけ」

「そうですよ。今日は遊びに来ただけです」

「普通、学生さんは友達とかと初詣に行ったりするもんだろう」

「もう行ってきましたよ! 深夜0時に。さんこうさんにお参りしてきましたよー」


 三幸さんとは、秋穂県秋穂市にゆかりのある神様である。


「早いな!」

「ところでてんちょうー」

「なんだい旭川くん」


 旭川は無邪気な笑みを浮かべている。


「知ってます? お正月は、オトナがコドモにお年玉をあげるんですよ」

「知っているが、それがなにか?」


 何を当たり前のことを、という感じで、ほおづえをつきながら大平が答える。


「だからほら、もう、察しが悪いですねーてんちょうー」


 そう言って、はい、と満面の笑みで両手を差し出す旭川。


「いやいや! コドモとか言う年齢じゃないでしょ君」

「まあまあそこは置いといて。ほら、三が日やることなくて暇でかわいそうな子に、何か暇つぶしアイテムをいただけないでしょうか! あ、できればシューターとして熱くたぎるような何かとか」

「内容まで要求するんだ!?」


 呆れながらも、店内奥へゆっくり歩いて行く大平。


「暇つぶし……シューターとしてたぎる……、ああそうか、あれがあったか」


 店内奥の本棚の天板の上には、セットコミックが並んでいる。大平はその中から、A5サイズの分厚いマンガが十冊セットになっている梱包を取り出す。


「『エリア88』、ワイド版全十巻セットだ。これなら文句なしにオススメだ」

「あれ、珍しくゲームじゃないんですね。まるで古本屋みたいじゃないですか」

「古本屋だよ!」


 バイトにまで本業を間違われ――もちろん、ネタではあるのだが――、ついついつっこむ大平。


「まあ、まずはそれを読みなさい。話はそれからだ」

「それから……って、この量、半端じゃないですよ」

「いいじゃない、暇つぶしアイテムが欲しかったんだろう」

「そういえばそうでした。ではありがたく!」


 大平からのお年玉を受け取った旭川は、入口近くの、コの字に並べられた本棚の中央に設置されているテーブルに陣取り、さっそくビニールの梱包を開け、読み始めるのだった。



 そして五時間後。


「お客さーん、閉店ですよー」

「は! もうそんな時間ですか」


 旭川は完全に没頭していたようだ。驚いて振り返りカウンター内の時計を見ると、もう一九時近い。お正月なのでいつもより早く閉店するのだろう。


「続きは持って帰って家で読みなさい」

「はーい。あ、これ、ほんとにもらっちゃっていいんですか?」

「いいよ、お年玉だって言ったじゃない」

「やった! ありがとうございますー」


 ぺこっとポニーテールを下げる旭川。


「じゃ、帰ります。お疲れさまでしたー」

「おう、お疲れー」


 仕事じゃないのについつい仕事終わりのような挨拶をしてしまう二人であった。



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【ブリーフィング】


 旭川がエリア88を持ち帰った翌々日、三が日の最終日のお昼前。


「いらっしゃい……おお、旭川くん」

「いやー、昨日は一日中エリア88読みふけってしまいました。読み終わってさらに二周目突入でしたからね」


 旭川はカウンターの上にどさっと全巻を積み上げる。


「そうかそうか、それはオススメした甲斐があったよ」


 満足した様子の大平だが、急に背筋を伸ばして改まった態度で旭川に命じる。


「さて、読み終わった旭川くんには次のミッションに参加してもらう。これは命令だ」

「命令拒否は射殺ですか……というか、まだ何かあるんですか」

「話は読み終わってからだと言っただろう」


 そう言うと大平は、コの字並びの棚の、スーパーファミコンソフトの並ぶ棚からソフトを取り出す。


「ここに一本のソフトがある」

「あ! エリア88!!」

「その通り。……あ、『なんだ、キャラゲーか』とか思ったでしょ」

「……ちょっと」


 親指と人差し指を狭い間隔で近づけるジェスチャーを入れ、片目を細める旭川。


「キャラゲーとあなどることなかれ! 19シリーズのカプコン様が手がけた本格シューティングだ!!」

「おお! 19シリーズやったことないですけどね」

「旭川くん、『19XX』は名作だよー。移植されてないからゲーセンで探すしかないけどね」

「秋穂市のゲーセン事情を考えれば、遠征するしかないですね……」

「まあそれはそれとして。元々このゲームもアーケードだったんだが、スーファミ移植にあたって大幅アレンジされているんだ。どこが変わったかとかは……いいか、アーケード版やれるわけでもないし」

「そうですね。それはどっかのゲーセンで見かけた時に違いを楽しむとします!」


(置いてるとこあるのかな……)


 少し不安になる大平であった。



【テイクオフ】


 いつもならファミコン&ディスクシステムが配置されている場所に、今日はあらかじめスーパーファミコンが用意されている。

 旭川は、そのねずみ色の筐体に、ねずみ色のカートリッジを、コックピットのレバーを握るように力強く差し込む。


「エンジン始動!」


 パチッと電源スイッチを入れ、親指を立てるチアキ・アサヒカワ。


「ノリノリに過ぎる……」


 音楽とともに、メッセージと映像が交互に切り替わりながら表示される。


「おお……、オープニングから惹き付けてきますねー」

「だろう? 一話目からエリア88を強く印象付けるあの文章、あれを持ってくるからね。熱くならざるを得ない!」

「疾走感あふれる滑走路からの離陸……。タイトルロゴと一角獣ユニコーンで締め! こだわりを感じますね」


 なお、一角獣は主人公である風間かざましんの機体に付けられているパーソナルマークである。


「カッコイイとは、こういうことさ」

「それは豚ですよ……ああ、飛行機つながりはありますね」


 大平のボケにうんうんとうなずき、勝手に納得する旭川。



【出撃準備】


「まずは自キャラを選択するんだ」

「シン、ミッキー、グレッグから選ぶのですか。迷う!」

「エリア88のトップ3だね」

「性能でそれぞれのキャラっぽさを出しているんですね。シンの成長速度とグレッグの回復速度はなるほど納得って感じなんですけど、ミッキーの武器たくさんはよくわからないですね」

「『火の玉ミッキー』だからかな?」

「あー、そう言われるとわからなくもないですね」

「じゃ、とりあえず初回なんで、ナンバー1パイロットで」


 旭川はシン・カザマを選択。

 画面は作戦説明画面に切り替わる。黒い長髪、額に傷を持つ男が指示をしている。


「サキ!! サキ・ヴァシュタールから指令ですか! 心まで雇われている私は従わざるを得ない!」

「そもそも拒否って選択肢はないんだけどね……」

「なんですかもー、店長、こういうのは気持ちの問題です」


 旭川は文句を言いつつ、最初の攻撃目標を選択する。

 機体選択画面に移り、一癖ありそうな白髪の老人が映し出される。


「マッコイじいさん、今日も生きていて何よりです」

「このじいさんは死なないだろうな。で、ここで搭乗機体、それから特殊武器を選ぶ」

「マッコイじいさん相手ってことは、やっぱりお金かかるんですね……。お、初期機体がF8Eクルーセイダーですか! わかってますねー」


 作中で主人公の真が最初に乗っている機体が初期機体になっていると知り、さらにテンションを上げる旭川。


「お金がたまれば、F20タイガーシャーク、F14Dトムキャット、A10なんかも買えるよ。さらに上位の機体は、作品中には出てこなかったかな」

「その三つはトップ3各々のお気に入りの機体ですからねー。やはりシンならタイガーシャークでいきたいですね!」

「性能的にはあまり高くないけど、それでクリアできないこともないみたいだよ」

「そう言われると俄然やってやりたくなりますね」



【出撃】


 特殊武器は特に何も選ばず、最初のステージをスタートする。


「タンゴ・リーダー、シンだ! 出撃する!」


 開始早々、ノリノリな旭川である。


「編隊組んでないけどね……まあいいか。ショットはセミオートとでも言えばいいのかな、押しっぱなしである程度連射してくれて、そのうち止まる、って感じだから、ボタン長押しを何度も繰り返す感じがやりやすいんじゃないかと思う」

「おお、なるほど。パッドだと連射しづらいですからね。これは楽でいいですね」

「で、赤い敵機を倒すとパワーアップアイテムが出る。ストックがいくつかたまると、ショットのレベルが上がるんだ」

「シンの特性の成長速度ってこれのことなんですね」


 大平の説明を聞きながら難なく進んでいく旭川。すぐにボスまで到達する。


「でかいミサイルランチャーが!」

「このミッションのボスだ。どうしてもボスをつけるとなると、原作には出てこない巨大兵器とか出さざるを得なかったんだろうね」

「でかいだけで動きは単純……うわ! 食らった!」


 油断したのか、ミサイルに当たってしまうチアキ・アサヒカワ。


「まだだ! DANGERサインが消えるまでダメージを受けなければ復活する。ダメージを受けると撃墜だ」

「こんなところで死ぬわけにはいかないんだ……涼子!!」


 真の恋人の名を叫ぶ旭川。なお、ゲーム中には一切出てこない。


「ミッション1から命がけですな……」

「当たり前ですよ! 紙切れほどの命、燃え尽きるまでわずか数秒なんですから……!!」



【補給部隊】


 ボス撃破。と同時に、店の入口の自動ドアが開き、大きなおだんご頭の女性が入ってくる。


「おーおー、新年早々やってるね」


 隣の中華料理屋『梅林ばいりん』の娘、高清水たかしみずいずみだ。


「あ、泉さん。あけましておめでとうございますー」


 旭川は新年をあいさつをしながらも、画面から目を離さない。


「補給物資が来たぞー!」

「なんの話だい……。まあ注文の品は持ってきたけどね」


 高清水は左手に大きなお盆を持っており、そこには、焼きそば、炒飯、青椒肉絲が載っている。右手には秋穂県の地酒の一升瓶が吊り下げられている。

 大平は日本酒に気付き、問いかける。


「あれ、日本酒なんか頼んでないぞ? しかも一升瓶て」

「ああ、これはうちのお父さんから。新年のあいさつに持って行けってさ」

「ありがたい! なんかお返し考えないと……とまあ、それは後にするとして。旭川くん、これで飲み食いしつつ続けようじゃないか」

「いいんですか!? ありがとうございますー! なんか新年会みたいで楽しいですね」


 そう言いながらもプレイの手は止めない旭川。


「お前も飲んでけよ」

「あたしもいいの? んじゃ遠慮なく」


 どこから取り出したのか、自分用の肉まんをほおばり始める高清水。


「最初から一緒に飲むつもり満々じゃないすか……。あ、じゃあ、いつもの臨時休店貼り紙よろしく頼む」

「ほいきた」


 高清水は手慣れた手順で貼り紙を作り、自動ドアに貼り出す。



【援軍】


「んで、千秋ちゃんは何をそんな新年早々暑苦しいセリフばかり発しているの」

「これこれ」


 大平はソフトのパッケージを高清水に手渡す。


「ああ、エリア88……マンガとゲームのコンボなわけね、確かに暑苦しくもなるか」


 飲みつつもひたすらおかしなテンションでプレイを続ける旭川を見ながら、ニヤニヤする高清水。


「久々にあたしも読み返してみようかな」


 高清水は、ワイド版一巻を手に取り、カウンター内のイスに座り読み始める。


「涼子ー!!」

「撃墜されたか……」


 敵傭兵部隊ウルフ・パックに撃墜され絶叫するチアキ・アサヒカワ。


「その日、悪魔は『生きろ!』と言った……」


 ニヤリとしながら高清水がつぶやく。


「お前は適応早すぎだろ!」


 呆れた様子を見せつつも、それを肴に地酒を楽しむ大平であった。



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【地獄行き(ゲームが)】


 そして、三が日の後、旭川千秋の新年初出勤の失敗に至る。


「そういえば、あの時、どこまで進んだんだい? エリア88。最後の方は割とぐだぐだに酔っていたから、あんまり覚えてないんだよなあ」

「当然、クリアしましたよ! 何度かコンティニューしたりやり直したりしましたけど。次の目標はタイガーシャークでゲーマーモードクリアですね!」


 嬉しそうに胸をはる旭川。

 ちなみに、ゲーマーモードとは最上位の難易度のことだ。


「え、あれだけ飲んでてクリアしてたのか……。恐ろしい子」


 大平がシューターの真髄に驚愕しているうちに、いつの間にか、カウンターにゲームソフトが入った紙袋を持ってきた客が立っていた。


「あ、買取ですか? ではこの用紙に記入を……」


 買取希望の客に用紙とペンを渡した旭川の様子が少しおかしい。よく見ると、ポニーテールがぷるぷる震えている。大平はそれに気付き、作中のセリフを引用し後ろからこっそり囁く。


「なまじ名前が書けたから、紙切れ一枚で地獄行き……とか思ってるんでしょ」


 旭川は顔を真っ赤にして振り向き、小声で、しかし驚いた口調で大平に言う。


「な! なんでばれてるんですか!!」


(しばらくは見守ってないとダメか……)


 そう思い、苦笑する大平であった。



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