【突然!マッチョマン】

突然!ミレニアムブックス

【突然!来訪者】


 三月最終週の月曜日。まだお昼過ぎだが春休みなのでバイトに出てきている旭川あさひかわ

 突然、ミレニアムブックスに来訪者が。


「いらっしゃいませー」

「ええっ!? 大平おおひらが突然! 美少女にっ!?」


 入店してきた男性のほうは、店長である大平矢留やどめがいるものと信じ込んでいたのか、カウンターから女の子に挨拶をされ、かなり斜め上方向の勘違いをして驚いている。


「いえいえ……わたしはバイトです。店長のお知り合いですか?」

「あ、すみません……新政あらまさくん、突然失礼でしょ」


 男性を新政と呼びたしなめるのは、ショートボブに銀縁のメガネの組み合わせで理知的な雰囲気が醸し出されている、スーツ姿の女性。


「しかし大平くん……」


 女性はメガネの奥にひそむ目を細めて旭川をしばらくじっと見つめ、にやっと笑う。


「なかなかやるわね」

「うん、まさかこんなかわいい子を囲って……いや、雇っているなんて」


 突然の褒め殺しに少し照れつつ困惑する旭川。

 と、そこへ大平が店の奥から出てくる。普段は見慣れぬ二人組がここにいることに驚いているようだ。


「うわっ、あれ、二人ともなんでこんなところにいるの!?」

「おー大平。きたわー」

「いや、きたわーって……首都圏からこっちにそんな気軽に来られるもんでもなかろうて。仕事どうしたんだよ。休み?」

「休みっていうか、先月あたりに突然、異動のお達しがあってね。すぐそこの店舗に四月から配属が決まったんだわ」

巳井田みいだか! いやすごいな、よくもまあ首都圏からこっちに店舗異動とかさせるもんだ」


 ちなみに、コンプマートとは全国チェーンの大型パソコン専門店で、新政はそこの社員なのだ。


「まあ秋穂出身だしいいだろ、みたいな感じだったよ。僕も彩子あやこさんもこっちのが落ち着くし、結果オーライだね」

「ん、そうだ、彩子さんだって仕事あるでしょうよ。どうするの?」

「ご心配なく。ついさっき決めてきたから。また塾講師だよ」

「早っ! 相変わらずそつなくこなすなあ……」


 彩子の手際のよさには定評があるようである。


「あ、そうそう、旭川くん、こちら新屋夫妻ね。俺の昔からの友人、新屋あらや政仁まさひとと彩子」


 大平は置いてけぼりの旭川に気づき、簡単に旧友の紹介をする。そして続けて旭川を新屋家に紹介する。


「んで彼女は旭川千秋ちあき。去年から働いてくれている、県立大学の……今度三年生だっけ?」

「そうですよー。旭川千秋です、よろしくお願いします。巳井田のコンプマート、よく使ってますよー」


 丁寧にお辞儀をする旭川。首元にポニーテールがしゅるんと遊ぶ。


「お、そうなんだ! じゃあお店で会うこともあるかもね。こちらこそよろしくー。僕は名前の頭文字を取ってって呼ばれることが多いかな」

「彩子です。よろしくね、千秋ちゃん」

「そうだ大平、おみやげがあるんだった」


 新政は手に持っていた紙袋――見るからにおみやげっぽいお菓子の紙袋だ――とともに、むき出しのままのファミコンソフトを大平に手渡す。


「おう、すまんね……ってこれ、『突然!マッチョマン』か!」


 タイトルを確認するや否や、突然高まるテンションを抑えられない大平。


「うん。こないだ中古ショップで見つけてねえ。ちょっとレアなんだろう? これ」

「その通りだ! いやーやったことなかったんだよね。これは楽しみだ!」

「ほら彩子さん、やっぱり大平にはお菓子よりこっちでしょ」


 はしゃぐ大平を横目に肩をすくめ、新政は彩子にそう言った。


「そうだね、まったく変わらずだったね……」

「やっぱり昔からそうでしたか……」


 それぞれあきれた様子の女性陣。

 今も昔も、大平に抱く感想は不変のもののようである。



【突然!攻略開始】


「さて、やるぞっ!」


 まだ営業中だというのに、さっそくゲームコーナー中央に設置されたファミコンにカセットをセットしはじめる大平。


「てんちょう? まだ発送作業結構残ってますよー?」

「ん? んーそうか、今日中になんとか処理したいなあ……」


 大平はそう言いつつちらりと新屋夫妻のほうに目をやる。


「……手伝って!」

「遊ぶより先に仕事しろよ! ていうか、そもそも僕らはこれから不動産屋の契約とかやることいろいろあるからダメだよ」

「ちえー」


 新政に一蹴されすねる大平。

 と、そのとき突然自動ドアが開き、特徴的な大きなおだんご頭が入ってくる。


「やほー。あれ、新政さんに彩子先生、お久しぶり」

「ご無沙汰ね、いずみちゃん」

「やほー」


 高清水たかしみずは以前、二人とこの古本屋で会ったことがあり顔見知りだったため、軽く挨拶を交わす。

 このタイミングを逃すまいと、大平は高清水に一気にまくしたてる。


「救いの手! おだんご娘よ、旭川くんの発送作業手伝ってやってくれ! 報酬は旭川くんの半日レンタルでどうだ!?」

「その話乗ったー!」

「て、てんちょうー、また人身売買ですか……」


 交渉成立。哀れなブラックバイトがまたしてもおだんご中華料理屋娘の餌食になることが決定付けられた瞬間であった。



+×+×+×+× now loading...



【突然!マッチョマン】


 新屋夫妻が帰り、高清水の助太刀により本日分の発送作業が無事完了し、閉店も間近な夜の時間。

 店内にはファミコンによってやたらとかっこいい音楽が流れていた。


「終わりましたよーてんちょう。なんか音楽こってますねこれ」

「そうなんだよ。特にこのマッチョ化したときの音楽、いいねー」


 画面上ではものすごくマッチョでアゴの突き出た主人公が、アッパー一発で敵をなぎ倒していく。


「ものすごく強い!」

「しかもほら、これボスなんだけどさ」


 地面から長い首と頭だけ出ている恐竜らしきボスに突っ込み、あっという間にアッパーで首を破壊し、頭部の角をへし折り撃破するマッチョマン。

 ステージクリアの音楽とともに元のひ弱そうな姿に戻る主人公。


「えええ!? ボス瞬殺ですか!」

「マッチョ化していればどんなボスも余裕っぽいんだよね」

「というか、主人公その姿だと弱そうですね……」

「そうそう。マッチョ化していないと一撃死だからね。得点がそのままマッチョ化したときの体力になるみたいだから、いかに弱い状態で得点を稼げるかが攻略のポイントみたいだ」


 大平が説明しながら、マッチョでない主人公が銃を撃ちつつ慎重に慎重に進んでいく。

 やたらと硬い、宇宙服みたいな姿の敵を倒すと、マッチョなマークのついたアイテムが出現した。


「マッチョ化するのにもこのアイテムが必要で、ストックできないから、いつでもマッチョ化できるわけでもないんだよ」

「マッチョ化が解けるとボスも倒せない、ということですか」

「その通りー。だからこうやって、弱い状態で進めるところまで進んで、タイミングを見計らってマッチョ化、というのが必勝パターンだね」


 硬くて小さな敵が後ろからたくさん出てきて危うい状況になってきたため、大平はここでマッチョ化。


「ほほう……。というかてんちょう、わたしが作業している間だけでそこまでつかんだのですか……」

「まあね! アクションなら任せてくれよ! もうこれ最終エリアっぽいしね」

「マジですか……」


 あまりの攻略の早さに絶句する旭川。

 マッチョな主人公はステージ最後のUFOの群れも難なく蹴散らし、ステージクリア。


「なんかもう世界観もはっちゃけてますね」

と言われるのも納得だね。でも決してではないな。攻略を組み立ててしっかり楽しめる」


 最終エリアの最終ステージ。開始直後からいやな軌道で飛んでくる鳥がマッチョマックスペレー――例のマッチョ化のアイテムだ――を落とす。


「よし、もう最後だ、になってやろう!」

「おおお、やってくださいー!」


 マッチョマンのアッパーよろしく右手を突き上げる旭川。ノリノリである。


 鳥、トンボ、タコ、宇宙服、UFO……。

 あらゆる敵をなぎ倒し、ステージの終わりに現れたのは一隻の帆船。


「ここにラスボスがいるのか……?」


 入口らしきところに入っていくマッチョ大平を、固唾をのんで見守る旭川。

 船の中にいたのは、空中を漂いビームを放つマントの怪人。


「これもきっと、懐に潜り込んで攻撃すれば……」


 ビームをタイミングよくかいくぐり、マントの顔あたりを何度かアッパーで攻撃。

 他のボス同様、あっけなくマントの怪人はフェードアウトしていき、主人公はマッチョ化が解け元の姿に。


「よし、倒したー!」

「ラスボスでもマッチョマンの前ではあっけないものですね……。あ、でも主人公の顔がいつもより誇らしげですね」


 そして主人公が甲板に転送され、花火が揚がる。


「花火!? 揚げてるの誰!?」

「つっこんだら負けな気もしますけど、宇宙人あたりがやってくれているんですよ、きっと……」


 やがて船は出航し、エンドロールとともに海を進む。

 主人公が笑顔で舵を操る場面も登場。どうやら自分で船を動かしているようだ。


「おい、操舵できるってコイツ……意外とすごいな!」

「なんですかねこれ……ムダにさわやかな笑顔ですね」


 エンディングの最後には、都会の夜景が映し出され、英語でメッセージが表示される。



 IT WAS NOT A DAYDREAM THAT HIS WONDER EXP.


 THE ISLAND IS UNBALANCED ZONE SOMEWHERE...



  E  N  D



「ええー……」

「意訳すると、『彼の不思議な経験は白日夢ではなかった。あの島はどこかアンバランスな地域なのだ……』、って」

「「それだけですかっ!!」」


 ついつい二人同時につっこむ。


「なんかこう……なんだろうね。俺のこの攻略の努力に対するねぎらいが、これか……」


 今まで集中していたところに突然つっこみどころ満載のエンディングである。大平は一気に力が抜け、イスに浅く腰かけ足を投げ出し、だらけはじめる。

 一方旭川はこのエンディングのセンスにご満悦のようだ。


「あの島をアンバランスの一言で済ませるとは、やりますねビック東海!」

「ああ、そうだった、ビック東海といえば他にもバカゲーがあって、有名なあたりだと『バトルマニア』シリーズかな。メガドライブのシューティングで――」

「やってみたいですー!!」


 シューティングと聞き、話の途中で割り込む旭川。

 大平はそれを制し、話を続ける。


「まあ待て待て。これは相当なプレミアがついてしまっていてさ、そのときの相場によるけども、二、三万はするんじゃないかなー。もちろん、うちにはないけどな」

「ないんですか……残念」

「いやいや、あったらあったで買ったのかい」

「んー、てんちょうのプレゼン次第ですかね」

「よっぽど気に入ったのな、ビック東海……」



【突然!クロージング】


「さて! 今日はあがりますねー。おつかれさまでしたー」

「おう、おつかれさまー」


 カウンターで帰り支度を終え、ポニーテールをふりふりしながら電源の切れた自動ドアへ向かう旭川。

 突然、貼り紙を取り出してテープでドアに貼り付け、ぺこりとおじぎをして帰っていった。


「ん? 何貼っていったんだろ、旭川くん」


 大平が貼り紙に書かれた文字を読んでみる。

 書いてある内容はこうだ。



 IT WAS NOT A DAYDREAM THAT THEM WONDER EXP.


 THE SECONDHAND BOOKSTORE古本屋 IS UNBALANCED ZONE SOMEWHERE...



「いや! いやいや! ここ恐竜とかUFOとかでないからね!? マッチョにもならないよ!?」


 つっこむ相手ポニテもいないのに、ひとりでつっこまざるを得ない大平であった。




 なお、マッチョになったりはしないが、この日の突然の来訪者が火種となり、しょうもない戦いが繰り広げられることを、このときはまだ誰も知る由もなかったのである……。




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