2.8

「さて、変身よ! 変身なのよ!」

「どうやったらそんなにテンションがあがるんだ」


 次の日の放課後、午後六時三十三分。僕らは例の文芸部室前にいた。

 ヴェリテに頼んで先に結界を張ってもらったので、サッカー部の連中もいなくて、周りは静かだ。


 文芸部の部室といっても、隣のサッカー部の部室よりずいぶんと荒れている。「文芸部」と書かれたプレートは虫に食われてぼろぼろ、扉にはめ込まれた窓ガラスにはいくつもセロハンテープが張られている。扉自体も何年もほったらかしにされたせいか、頑張れば蹴破れそうだ。


 あの微妙な空気のまま放課後を迎えてしまった。まだ頬は痛んでいる。


「千草、あの話……」

「あの話って、なんのこと? なんのこと? 告白ですかな?」

「なぜそうなる」


 どうやら、千草は昼休みの一件をなかったことにしたいようだった。

 だから、僕もこれだけ言うことにする。

 言い訳にしか、ならないけれど。


あんずは大丈夫だよ。僕はもう会えないけれど――ゆかりが、面倒を見てくれてるから。だから、僕も大丈夫。引きずってなんか、ない」


「……そう、ゆかり、が。うん、じゃあ大丈夫だね。……では、改めまして。改めましまして」

「改めまして」


 変身、だなんて、初めてだ。当たり前だけれど。

 呪文すでに、ヴェリテから教えてもらった。

 戦い方も。

 まあ、実際、僕らは戦わない方向で行くつもり――なのだけれど。

 そこは、まあ、気分だ。

 そちらのほうが、雰囲気が増す。


 腕を軽く振って、制服の袖に隠していた銀色のブレスレットを手首まで落とす。

 シンプルなチェーンの先には、同じく銀色の指輪。

そこに輝くのは、青い宝石――ソーダライト。


「そっか、蒼は、ブレスレットなんだね」

 千草はそう言いながら、首元からネックレスを取り出した。


同じ銀色の指輪についている宝石は、濃い緑に赤い模様が入ったブラッドストーン。


「うーん、男子だからじゃない?」

根拠はまったくないけれど。


「では」「でわでわ」


 細い、結婚指輪のようなリングを人差し指にはめる。

少し大きめのそれは、指に収まった瞬間丁度いい大きさへと変化した。銀色のチェーンはひとりでに僕の腕へと巻きつき、染み込み、茨のような、絡みつく蛇のような、青い文様になる。

 なぜかチクリとした痛みが走った。


 そして、二人で唱える。


「《知性と決断の海、ソーダライトよ》」

「《イエスの流しし血、ブラッドストーンよ》」

「『我らに、力を』」


 二つの宝石から、光があふれ出した。

 浮遊感が、僕を襲う。

 フードのようなものが、体を覆うのが分かる。

 思い出すのは、あの記憶。



「『蒼、どこまでも、いっしょに、だよ』

『もちろん、あんず――』」

 杏の、輝くような笑顔。吸い込まれるような瞳。



 ――とん、と軽く着地する。

「う、あぅ」


 隣では、変な声を上げながらこれぞ魔法少女! といわんばかりの衣装を着た千草が立っていた。淡いグリーンのハイヒールに、白いハイソックス。浴衣を基調としたドレスには、フリルがこれでもかとついている。胸には大きなリボンがあり、ブラッドストーンでとめられている。うん、典型的。

 髪型は変わらず腰まで届くポニーテール。色も長さも変わっていない。

 そして、大きな死神の鎌。


「似合う似合う」

「蒼は似合ってない。似合ってない……」


 繰り返すな、自覚しているのだから。

 僕は、黒に近い藍色のフードつきコート。ソーダーライトと思われる宝石で、首元の一箇所だけをとめている。袖がないので、手はその下の開いている部分から必然的に出すことになる。コートの下は、あろうことか制服のままだ。身に着けている腕時計などもそのまま。


「これが、魔法少年……」


 冷や汗しか出てこない。アニメ界で変身する魔法少年ものがあまりない意味が、分かった気がする。


――と、そのとき。


「あなたたちが、私といっしょに遊んでくれるヒト?」


 透き通った女性の声が、聞こえた。

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