2.7

《彼女》の目に、そっくりだ。


 思わず見とれていると、千草が顔を赤くしてふいっと横を向いた。

「……蒼、今変態っぽいこと考えてたでしょ」


 ばれたか。


 舌でも出そうかと思ったが、その時、僕は千草の表情が妙に真面目なことに気がついた。

 鋭くて、何かを問い詰めるような、それでいてどこかおびえているような――表情。


 千草が、言葉を紡ぐ。

「それに……あんたの目、多分あたしを見てなかった」

「千草?」


 いつものように肩に触れようとすると、千草はぶるっと肩を震わせて拒絶した。思わず、手を引っ込めた。千草はばつの悪そうな顔をしてから、一つ、大きく深呼吸をした。


 まるで、覚悟を決めたかのように。


 そして、再び僕と視線を合わせる。


 宝石のタイガーアイのような、滑らかで、しかしどこか冷たさを感じさせる光彩が、僕を吸い込んでいく。


「蒼、やっぱりまだ引きずってたんだ。……蘇芳すおうさんのこと」

 息が詰まるのが、自分でも分かった。


「分かるよ。あたしだって女だもん。あたしだけじゃない、蔵指さんを見るときも、調査した他の女の子を見るときも、蒼はその人を見ていなかった」

 千草が、僕を追い詰めにかかる。


あんず蘇芳すおう あんず。……もう、思い詰めるの止めようよ。あれは、運が悪かったんだって。あたしはその時いなかったけれど、あたしでも分かるよ。あれは、蘇芳すおうさんが悪いんだよ。……魔法少年を始めたのも、彼女のことがあったからでしょう?」


 魔法、少年?


「違う、僕は、そんな」


 背中をつぅっと汗が流れていく。やめてくれ、お願いだから。


「違う? どこが? だって、そうでもしなきゃ、魔法少年なんて痛々しいキャラ、クールキャラの蒼がやるわけないじゃん」

「だって、それは千草が勧めるから、」

「あたしが勧めなかったら、やらなかったの? 知ってる? ヴェリテが現れたとき――蒼、すっごく怖い顔してた。あれは――何かを求める顔だった」


 ……僕が? 


 だって、僕はもう、だから仕方なく、え?

 どういう、ことだ?

 僕は――狂った、のか?

 狂うことができた、のか?


 千草は僕を見て大きく目を見開いた。

「あ、お……?」


 唇から、言葉がこぼれる。


 僕は、嗤っていた。

 口元が上がっていくのが抑えられない。


 そう、僕はやっと、やっと。


 ああ、やっぱり始めてよかった。


 あんずのことを、忘れてはいけないと思っていた。

 僕のせいだと、ずっと思っていた。

 自分が壊れてしまうのが、怖かった。


 他の奴らのように。

 でも、壊れたかった。

 壊れたがった。


 これで、楽になれる――。 



 バシンッ

 


 大きな音が、教室に鳴り響いた。

 続いて、急激に熱と痛みを帯びていく、頬。


 のたうちまわっていた感情が、ひどく冷めていく。

 冷静さが、戻ってくる。


 平手打ちをくらったことに気がつくのに、時間はかからなかった。

 ぽかんとした情けない顔で、千草を見る。

 千草は――驚いた顔をしていた。


「……え? あたし、何がしたいんだろ……? 何、が……」


 ぼんやりと、僕を打ったらしい右手を見つめている。


 その時、タイミングよく、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

 まるで人格が切り替わるように、千草がはっと肩を震わせた。


 続いて浮かべたのは、笑顔。

 満面の、笑顔だった。


「ごめん、何か変な妄想してたみたい。もーそー」


 そして、その笑顔のまま、千草は宣言した。


「じゃあ、放課後。さっさと始めて、さっさと終わらせよう」

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