1.3

ふじ ゆかり蘇芳すおう あんず――私達は、魔法少女だ。

 あの、ファンシーでふわっふわの衣装を着た、「わるいやつ」と戦うあれである。


 さっきは茜さんに追いかけられていただけなので、アメジストから身体能力系の簡単な力を借りるだけの「サポートモード」ですませた。

 変身、はさすがに恥ずかしいので日が出ている時間帯はやらない。


 魔法少女。


 別に、ファンタジーではない。妄想でもない。残念ながら、現実だ。

 ……少女、というには少し私達の年齢が高い気がするけれども。


 ひょっこりとあんずのベッドから黄色いもこもこが出てきた。どうやらお目覚めのようだ。まだ眠気が残っているのか、左右にゆらゆら揺れている。


「あ、おはよう――ヴェリテ」

私は片手を上げたが、


「おはよ………すぅ」

 力尽きたようで、横に倒れてしまった。


「ふふふ、可愛い」

 あんずが紅茶を飲みながらつぶやく。そういえば、と私は口を開いた。


「ヴェリテは大丈夫なんだね。あいつ、『僕』だの『俺』だの言うけど」


 一瞬、あんずが固まった。


 しまった、デリケートすぎた、か?


 しかし次の一瞬には、元に戻って紅茶を味わっていた。私もカップを口元へと運ぶ。今日はアールグレイのようだ。


「うん。ヴェリテちゃんは性別不明だしね――。一人称がころころ変わっていくし。それに、単なるひよこだし。ひよこは怖くないよ。怖くない」

 首を振って怖くない、なんて否定しながらも、それはまるで自分に言い

聞かせているみたいだった。


 あんずは、男性恐怖症だ。

 それゆえに、引きこもりでもある。


 小学生のころ、杏は誘拐されたのだ、と茜さんから聞かされた。

 きっかけは、家出だったという。

 茜さんがふと目を話した隙に、あんずは着替えとありったけのお小遣いを持って家を出た。普通なら、連れ戻されて終わりだった。しかもご両親は海外暮らし、茜さんと二人で過ごしているとはいえ、こんなに広いお屋敷に住むほどのお金持ちだ。茜さんの一声で大勢の人が集まり、あっという間に捕まるだろう。そう思われた。


 しかし、あんずは運が悪すぎた。


 公園で一人ぽつんとブランコを漕いでいるところに、男達が現れてあんずをさらっていった。


 その後起きたことは、誰もわからない。


 ご両親と犯人の間で、何かしら交渉が行われたのだと思う。結果として、あんずは帰ってきた。心に、大きな傷を抱えたまま。

 あんずは、誘拐されたという事実ごと、その頃の記憶を全て消してしまった。


 ただ、男性へのとてつもない恐怖は消えていなかった。


 私が興味半分本気半分で忍び込むまで、あんずは屍のようだったという。だとすれば、ここまでの回復は奇跡的だった。


「それに、ヴェリテには感謝してるんだ。私に、踏み出す力をくれたから。――もちろん、ゆかりにも」


 その言葉に、私はうれしくなる。誘ってよかったと、本当に思う。


『魔法少女にならない?』


 そんな、中二病くさい台詞を、中二病くさいシチュエーションで吐いた日のことは、よく覚えている。満月がとてもきれいだった。

 今日のように窓枠に足をかけてバランスを保ったまま、私はきざったらしくあんずに手を差し出した。長い髪をなびかせ、いかにも自信ありげな様子で、彼女の元に飛び込んだ。私もその頃は成り立てで、とにかく相棒がほしくて、一人では心細くて、そんな下心丸出しで私はあんずに近寄った。


『まほ……う、しょう、じょ?』

『そう。魔法少女。貴方の力が、必要なの』


 どこかの漫画で言っていた言葉をそのまま引用して、とことんあんずを口説いた。


 結果、夜限定、ターゲットは女性系だけ、という条件で彼女は魔法少女になることを了解した。


 約五、六年間外に出ていなかったあんずにとって、最初は夜の街は恐怖でしかなかった。何度も逃げ帰っていたし、そのときは私一人がやはり戦うことになった。

それが今では、


「……で、そんな暗い話は置いといて。今日は誰? 何をやっつけるの?」


 狩りとも呼べるような計画を、楽しそうに尋ねてくるまでになった。

 ……育て方を間違えた気がしないでもない。


 私は一つ溜息をつくと、改めてあんずに向き直った。少し冷えたスコーンをかじる。

 こういうときのあんずは、誰にも止められない。

 肩に届くくらいの、まっすぐな黒髪がはらりと彼女の顔を覆う。邪魔そうに横髪を耳にかけたあんずは、とてもきれいだ。

 目は少し茶色がかっていて、黒目が大きい。そして、とても澄んでいる。それでいて、確かな意思を持っている。汚れた世界なんて見ない――見せたくない、そんな瞳。


 守ってあげたくなるくらい、素直で、優しくて、はかない。

 私の、大切な存在。


 いつまでも、隣に居たい。


 そのためなら、私は何だってしてみせる。


 ぼうっと見つめてから、私はあわてて話し出した。

「えっと、今回の標的ターゲットは――」

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