想声

第14話 学園行路

「体が…凄まじく痛い…振動がー振動がー」


 幌を纏った荷馬車に揺られるスレイは、苦悶の声を上げながら顔を顰めながら、幌の一部を捲って頭部を外へと晒す。この地方で冬の終わりが近づき、春の息吹を感じさせるほのかな陽気に誘われて山を白く染めていた景色も徐々に別れを告げている。


「うぼあぁ…これだけはいつまで立っても慣れるわけがねえ!」


 学園都市へと進路を取りながら、果てのない道のりを馬車は進み続けるが、元現代人の流星にとって、馬車の荷台は耐え難い苦痛でしかなかった。コンクリートで舗装されているわけではない轍の残った道は、決して快適とはいえない。

 道中、馬車を襲い掛かろうとする大型狼型の魔物も流星の放つプレッシャーに耐え切れず、逃げ出してしまう。護衛としての仕事はこなしているが、かえってそれがスレイに退屈な時間を与え続けていた。


「あぁー…うわぁー…風が気持ちいいぞー……」


 スレイは、幌から頭と晒しながら荷馬車に寄りかかる。くつろぎすぎな状態でも魔物が近づこうとするたびにプレッシャーを与えて追い払っている為、護衛としてやるべき事はこなしている。馬車に乗り合わせている女性陣も呆れながら、彼の行動に口を挟めないでいる。


「……ドラゴンでもでてくればいいんだが」


 最後にボソッと呟いた一言に馬車の中にいるサリアとエリナは、顔を見合わせて苦笑する。朝、昼を移動に割き、夜を野営する標準的な馬車での旅のスケジュールだが、スレイの物騒すぎる呟きのスケールを増していく。


「スレイ先輩、日に日に獲物が大きくなってますよねー。エリナさん的に明日は何が来ると思いますか?」


「そうねー…」


 サリアは、長い髪を纏めながら外を眺めるスレイに視線を向ける。スレイの姿を見ているとまるで、大きな子供のように感じてしまう。


「次は、空を駆ける巨大な人食い魚とか言い出すんじゃない?」


 エリナの言葉にくすくすと声を上げながら笑い出しながら、荷馬車を動かすリオンの元へ移動する。


「リオーン。早く学園都市まで向かわないとスレイさんが退屈のあまりドラゴン退治に向かっちゃうよー?」


 サリアの言葉に思わず噴出したリオンは、手元から地図を取り出してサリアに手渡しながら、大体の現在位置に指を刺す。


「もうすぐ学園都市が見えて来る筈だから、それまでスレイさんがドラゴン退治に行く前に引き止めておいてくれるかい?」


 冗談を交えながら、ほんの少し馬車の速度を速めて学園都市までの帰路を早めていく。リオンから受け取った地図を荷馬車に持ち込んだサリアは、退屈そうに幌から顔を出したまま動く気配のないスレイの下へ歩を進めようとすると、


「サリア、スレイは寝てるからそっとしておいてあげて」


 そんなスレイの姿に呆れたように苦笑するエリナの隣の席に戻り、会話を再開する。


「あ、リオンの話だとそろそろ学園都市に入るそうですよ。…えっと、どこまで話してましたっけ?」


「エルフの生活についての話をしていたかしら…」


 質問に答えながら、慣れた手つきで髪を結い始めるエリナ。サリアが目を放した隙にエリナの長い髪は、綺麗に纏められている。


「そうでした!…えっと、エルフの皆さんって寝返りする時大変そうって話をしてましたよね」


 すっかり打ち解けたサリアの疑問に苦笑しながら、


「基本的に寝返りをしないのよ。もっとも…寝返りを見せるのはそういう相手といるときだけなんだけどね」


 返ってきた答えに瞳をキラキラとさせながら、サリアは食いついた。エリナは、歳の近いサリアの多感なお年頃の少女らしい行動に思わず、人間の女性もこういう話が好きなのかと表情が緩む。


「やっぱり、サリアはそういう話に興味津々なの?」


「もちろんですよ。いいですよね…どんな種族もそういうトキメキって大事だと思ってます!」


 ちょっと得意げな少女の返事に意地悪そうな顔を浮かべて、エリナは以前から気になっていた爆弾を投下する。


「じゃあ、リオンともそういう関係なのかしら?それとも狙ってる段階?」


 それは、少女の白い肌を真っ赤な大地に変えてしまう威力。ワタワタと手を動かしながら、動揺するサリアの姿に悪びれもせずに微笑みならが、小さくチラリと舌を出す。


「いっいいい、いきなりなにを!?」


「あら、違ったの?それともスレイなの」


「ちっちがいますよ!そりゃー二人とも周囲にいた誰よりも異質で目立つ存在でしたけど!!」


 口から妙な声を上げはじめた少女にやりすぎたかとほんの少しだけ反省しながら自身に起こった変化を冷静に振り返る。最初は、自分の知っている人間とはかけ離れた妙な人間だと思っていたが、それは間違えではなかった。

 手違いがあったとはいえ自身の命を賭けた賭けに勝って生き残り、目覚めた時にはその事を責めることなく、自分たちと同じ側にいた存在だったからこそ無茶をしたと明かして受け入れてくれた。状況だけ見るならば、まるで物語。


「そ、そそ、そういうエリナさんこそ、スレイさんとどうなんですか?」


「私は…そうね、信頼はしてるわよ?」


 スレイがあの賭けに勝ったとはいえ、そういう関係には時間をかけるもの。それが亡き父の教えだが、その教えの所為で危うくスレイを死に導きかけた事実を思い出して、渋い顔に変える。


「エリナさん、どうしたの?」


「そうね…父さんの教えって、どこまでが本当だったのか分からなくて、疑問に思っただけよ。えっと、子煩悩なのは良かったんだけどね…」


 微妙な顔で答えるエリナ。サリアも多少、事情を知っているとは言え、どこの父親も娘を心配に思って妙な事を教えようとするのは、人間もエルフもなんら変わらないことに苦笑いをしてしまう。


「大丈夫です。私なんてお父さんの話は、半分くらいしか聞いてませんよ!あんまり、当てにならないので」


「…それはそれで、どうなんだ?」


 サリアの声にあくびをしながら、会話に参加するスレイ。頬には、自身の腕を枕にしていた痕がしっかり残されている。


「あ、起こしちゃいました?」


 サリアに怪訝そうな顔を見せながら、身体を伸ばすスレイ。捲れたままの幌から覗く外の景色は、森を抜けて見るからに広い平原が広がっている。


「そりゃーこの狭い荷馬車の中で騒いでたら起きるだろ…というかそろそろ着くのか」


「牧草地が広がってるってことは、もうすぐ学園都市が見えてきますよ!」


 スレイは、誤魔化す様に話に乗るサリアに嘆息を付きながら、やれやれと呟く。目の前に広がっていく冬を感じさせない青々とした牧草地を見れば、少女たちの話で起こされたことなどどうでもよくなってくる。


「これって何を植えているんだ?ただの家畜の餌ってわけじゃないだろ」


「この変に生えているのは、基本的に魔素を多く含んだ薬草として使われる薬効植物が多いですね。家畜の餌だけでなく、学園の教材としても使われているのですよ」


「…そういえば、薬効植物で育てられた肉質の異常に柔らかい肉が食べられる土地があると聞いた事があるな」


 ボソッと呟いたスレイは、御者を続けているリオンに声をかける。食の事に対しての情熱は、人一倍あると自負しているスレイ。彼にとっての食事とは、本来の役割以上に大切な生命線も含んでいる。


「リオン、学園都市の肉料理は旨いのか?」


「に、肉ですか?ほかの場所と比べたら肉質も柔らかいので、美味しいですけど…いきなりどうしたんですか?」


 リオンの返事に嬉しそうに肩を軽く叩きながら、リオンの隣で目の前に近づいてくる強固な砦に視線を向ける。


「あれが、目的地か」


「はい、正確には外を囲んでいる城壁ですけど…見えてきました、あれが学園都市です」


「学園都市といか城砦都市の間違えじゃないのか…」


 目の前に広がる光景にボソッと呟くスレイ。元の世界で、城程度なら見た事があったが、目の前に広がる光景は城塞都市と言い換えたところで何の違和感も感じさせない。


「まぁ、最初に見た人はみんな同じ感想ですよねー…。古い砦の城壁をそのまま都市の守りとして再利用しているらしいですよ」


「あれだけ頑丈な城壁でも空までカバーできないんじゃないか?まぁ、中身は魔術師の巣窟だから問題なさそうだが…」


 遠くに見える城壁。その広さ故にぽっかりと大きく穴を開けた宙の防衛。魔術師がいれば、宙を飛ぶワイバーンやドラゴンのような大型の魔物も問題なく対応できるとは思うが、そんなものが街に振ってきたら話は別。大きな被害が予想できる。


「壁自体に魔術を張り巡らせている特殊な構造をしているので、その辺の対策はされているらしいですよ?」


「なんというか…維持が大変そうな建物の作りをしているんだな?」


 そのスケールに呆れながら、改めてこの世界の魔術に対しての認識を改める。

 失った身体の欠損のような治療はできないが、一時的に傷口を塞いだりと便利な使われ方もしているが、都市ひとつを覆う結界を生成できることには、ため息しか出てこない。


「年中起動しているわけではないので、結界自体に問題はないらしいですよ?もっとも、すでに詳細が喪失された技術らしいんですけどねー…」


「リオン、知ってるか?世の中にはフラグっていう、言葉に出すと必ず言った通りになってしまう事案がある」


 苦笑するリオンの姿に似たような光景を一月前に見た事を思い出したスレイは、そっと目を逸らす。


「そんなまさか、たとえ結界を抜けたとしても魔術師の巣窟のようなものですよ?」


「まぁ、そんな馬鹿げた戦力ここぐらいだろうしなぁ…。仮にこの都市で大量の魔物が攻め込んでくるようなどうしようもない事態になったとしても、どうとでもなるか」


 3桁単位の人数で発動される魔法の威力を想像するとヴァイスの威力の減衰した殲滅魔法も可愛いものに見える光景。目の前が真っ白になる所ではすまないだろう。近接職のスレイには、思わず身震いがする光景だ。


「やけに具体的ですけど、その通りです。学園の指導者は、魔導を極めた者や二つ名で呼ばれるような実力者。スレイさんが求めてるようなドラゴンが来た程度で、遅れは取りませんよ」


「いや、別に求めてるわけじゃないけど…食べてみたいと思わないか。結構美味しそうだと思うんだが」


 中身のない会話を続けながら、城壁の中へと続く石畳の上に馬車は乗り上げる。

 スレイは、ここから先はマシな道程で、学園都市の入り口まで向かえそうだと内心ほっとして、馬を操るリオンを珍しいものでも見るようにじっと観察する。


「えっと、なんでしょう?」


「いや、馬って乗った事はあるけど馬車を動かした記憶はないから見てただけだ」


 思わず、馬車の動かし方を師事しようと思ったリオンは、動かしてみますかと問いかける。スレイは、何かを思い出すように上を向いたかと思うとすぐに断りを入れる。


「いや、遠慮しておこう。馬を乗るのだけでも一苦労したのに…人を乗せて走らせるなんて勘弁してくれ」


 リオンの知る限り、あまり苦手なものを見せようとしない性格のスレイ。彼の始めて見せたばつの悪そうな表情に思わず苦笑してしまう。


「馬と女性の涙は、大の苦手だ。まるで逆らえる気がしない」


 隣に座るスレイは、まるで自分たちとは違う場所にいるかのような出鱈目な存在――それがリオンの中でのスレイの姿。

 だが、今のスレイの存在は、とても身近な存在に感じられた。その事実に思わず顔を綻ばせながら、女性に関してだけは同感できるかもしれないと頷き返す。


「普段はこっちが手綱を握ってたと思ったら、ふいに引っ張られる立場になってるんです…なんなんでしょうね?」


 すでに尻に敷かれつつある目の前の青少年。目頭が熱くなるのを感じたスレイは、優しい眼差しでエールを送ると馬車を降りる準備を始める為に荷馬車の中に戻っていく。


「…よく考えたら、似たようなもんだな」


 呟いた声に反応した女性陣の視線が集まるが、気にすることなく自身のハルバートを担ぎなおし、学園都市への到着を待ちわびる。

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