第15話 学術都市

「やっぱり、これ城塞都市を守る壁にしか見えないんだが」


 完全に静止した馬車の荷台から飛び降りたスレイは、目の前に広がる光景に呆れ顔になる。彼の目の前をそびえる巨大で分厚い石作りの建造物は、まさしく砦の壁。外敵の侵入を拒む鉄壁の守りだ。スレイの独り言に制服のスカートを抑えながら、エリナと一緒に馬車から飛び降りたサリアが笑いを含みながら返事を返す。


「これが学術都市フォーマルハウトの入り口。サージェンラント共和国で2番目に規模の大きな都市です。魔術学園の大きさから基本的には、学園都市って名前で呼ばれることが多いんですけどね。後は…この場所はどの国家にも属さない特殊な場所なんですよ」


 サージェンラント共和国。

 共和国は、ウェールズ大陸の東に位置する三大国家の一つである。北部と西部を二大国家に囲まれ、帝国を遮る様に西部を高い山々に囲まれている。土地の大半を平地が占めており、経済活動の大半は農業が主流。東部では、海産漁業も盛んではあるが保存技術に難があり、大陸の中心にまでは流通していない。

 亜人に対しての偏見や差別といったものは少なく、難民の受け入れにも積極的。どの種族にも住みやすい土地柄ではあるが、元は二大国家から追われた者たちによって作られた国である為、その外交力や発言力は現在も弱い。


「三大国家のいずれにも属さないねぇ…。自治州みたいなものかー」


 フォーマルハウトは、ウェールズ大陸の内陸部に位置し、共和国の首都から西部に広がる湖を抜けた先に存在している。フォーマルハウトの周辺は大規模な草原に囲まれており、首都へと繋がる東部には巨大な湖がある為、農業と漁業の両方に恵まれた土地である。同時に失われた技術の研究・解析の恩恵も相まって、都市開発が共和国の首都並みに進められている都市だ。


「樹齢100年以上のフェルマードの森の木々並みの大きさ…なんというか身近で見るほど呆れた建造物ね」


「過去の文献によるとフォーマルハウトは、地下にある遺跡の調査と研究の為に作られていた街を学術都市として、再利用する形で誕生したって話ですよ?」


「遺跡の上に立てられた街ねぇー…」


 遺跡、現代ではダンジョンという名で呼ばれることも多い。

 この世界の過去の文明や種族が残した建造物で、内部にはトラップや高ランクの魔物が住み着いた魔境ともいうべき場所。もっとも、リスクだけではなくそのリターンの大きさも計り知れない。内部から発掘される失われた技術は、それだけ価値があるものが多い。

 つまり、ダンジョンとは、いわば自らの命をチップに一攫千金を夢見る者たちにとっての賭博所ともいうべき場所である。なんだってそんな場所の真上に街を作っているんだと呆れてしまうが、同時に発掘したものをすぐに解析に回せると考えると悪くもないように思えてくる。


「というか、エリナ。なんでフードなんて被ってるんだ?」


 スレイの問いかけに何を今更という表情で返したエリナは、吹き抜ける風でフードが捲れる事を押えつけながら答える。


「この都市で堂々と目立ちたくないだけよ?」


 エリナは、フードを深く被り直しながら、なるべく目立たないようにと行動しているつもりのようだが、特異な服装と頭を隠すフードで余計に好奇な視線に晒されている。


「いや、逆に目立つだろ…後で服の調達するときに新しいの買った方がいいな」


 門の前で、エルフであることを主張するような服装にフードを被っている。これが人間ならば怪しい人間程度で済むが、エルフであることを自己主張している服装とフード越しでも伝わる彼女の雰囲気。普通の人間ならば、目に留まってしまってもおかしくない。


「エルフが街に出てくるなんて珍しいこともあったもんだな。おっと…サリアちゃんもお疲れさん」


 馬車を回り込むように武装した兵士が語りかけてくる。この都市の治安や出入りを監視する役目を持つ兵士だろう。鉄製の胸当てに身体の間接を保護する防具一式。

 彼の軽槍には刻印術式が刻まれているところを見る限り、魔法を扱う触媒として利用しているのだろう。一見、槍の扱いよりも魔法の扱いに手馴れているように見えてしまうが、重心のブレないその動きから武術にも精通しているように見える。スレイは、かなり腕の立つ人物のようだと分析する。


「はい!現地の実習終えて帰ってきました。っと、紹介を忘れてましたね。こちらは、この学園都市を守る防衛部隊の長をしているランドさんです」


「そんなに大層な役職じゃないだけどなぁ…あ、それはそうと服の入用なら中央街の服屋が質がよくてオススメだ。男の俺にはよく分からないが、デザインもよくて女性に人気らしい」


 30代半ばのどこか疲れた顔を見せる姿に思わず、上と下との関係で板挟みになって頭皮が薄くなり始めたことを気にする元の世界の上司の姿を重ねてしまう。向こうの元上司は、元気にやっているだろうか。年頃の娘が一緒にお風呂に入ってくれないと愚痴っていた姿。そんな記憶にすら、哀愁がただよう。


「何いってるんですか、学園都市の警備部を取り仕切る長なんて名誉ある職じゃないですか」


 馬を一旦繋ぎ止めたリオンは、ランドの背後からひょこりと顔を出している。その表情は、まるで冗談は止めたらどうだといわんばかりに苦笑している。


「やってることは、街中で魔術暴走させてバカやった学生や酔っ払いの確保ぐらいだ」


 投げやりな溜息をついているが、魔術の暴走や魔術を学んでいる学生同士の喧嘩を止められるということは、見た目以上にその実力は高いということである。魔力を打ち消すには、それだけ干渉力や魔術に対しての知識を持ち合わせていなければ対抗することは難しい。スレイは、目の前の男は、見た目以上の実力者と結論付ける。


「とりあえず、この都市に来た目的と身分証を提示してもらえるか?一応、この都市に入る為の規則なんでな」


 基本的に大きな都市に入る時には、身分を確認する作業が入る。スレイは、懐から青みがかった白金のギルドカードとエリナの為に用意された薄緑のギルドカードをランドに手渡す。

 学園都市の出発直前にスレイに預けられていたのギルドカードは、登録された冒険者と行動を共にしている時にのみ、ギルドカードとしての効力を持つ特殊なカード。下手に低ランクのギルドカードを持って行動するよりもマシだというヴァイスの判断で本人に無断で作成された。


「アスタルテ支部専属冒険者のスレイとその補助役のエリナ・フィルマード。まぁ、聞かなくても分かるが、この都市に来た理由は護衛ってところか?」


 手元の記帳に記録をとりながらランドは質問を続ける。


「あぁ、お転婆な新人達が面倒ごとに巻き込まれないように保護者として来た。後は、俺の装備と彼女の生活品などの買い足し。滞在期間はそれなりに長くなる筈だが…まぁ、20日ぐらいか」


 隣にいるエリナに視線を向けるとフードで頭を隠しながら、小さく頷く。


「手馴れてるな。流石に専属というだけあって、都市の出入りには慣れてるのか?」


 記録をつけていた特殊なインクを内包したこの世界のペンシルを走らせる手が止まる。深い意味はなく、専属と呼ばれる人材が都市まで出張ってきていることに対しての疑問だろうとランドの表情で察したスレイは、


「一度入ればどこも似たようなものだろ?」


「ごもっともだな。ようこそ、この大陸の中立地帯にして、大陸中の頭脳が集まる魔都フォーマルハウトへ。歓迎するぜ?」


 記帳を終えたランドは、軽槍を担ぎなおして兵士の詰め所へ歩を進める。


「手続きも済みましたし、馬を返却して早速フォーマルハウトの街を案内しますよ!」


 両手を広げて、街の案内をするとはりきるサリアの無防備な頭部にリオンの手厳しい一撃が襲う。


「先に学園に報告だよ。順序を間違えちゃいけない」


「あー…そのことなんだが、中央街通るなら服屋に寄り道をしてからでも構わないか。エリナと俺の分の服を買わないといけないと思ってな。流石にあちこちガタがきて、ボロボロのまま報告しに行くってのもアレだろ?」


「えーっと、なら効率よく二手に分かれましょう。僕は馬を預けてくるので、サリアと先に服屋に向かっててください」


「いやぁー…なんか悪いな」


「いえいえ、こっちはすぐに追いつくので大丈夫ですよ」


 軽く手を振るリオンと一旦分かれて、サリアの案内で街の中央に広がるアーケードをゆっくりと歩き進める。サリアと同じようなブレザー上の制服を着た少年少女、無精髭を生やしたまま白衣を纏った男、大量の荷物を馬車に載せながら各商店に荷卸をしている行商人たち。異世界といえど、昼時の街の光景はあまり変わらない光景が向かえてくれる。

 建物の大半は、赤レンガ作りで3、4階建て。さらに街のあちこちを魔力灯が設置してあり、夜でも明るく街を彩る辺り、まさに産業革命前後のヨーロッパの町並みにでも迷い込んだかのようだ。


「サリア、上の屋根って魔術かなにかかしら?」


 天井を屋根のように走る水の膜。一見幻想的な光景だが、これも一種の結界技術、所謂失われた技術の一つだろう。平地を駆け抜ける強い風に吹かれて、水面が揺れ動き、天井の水面と同様に足元に作られた影が幻想的な光景を作り出す。エリナも思わず目を奪われているようだ。


「あの屋根に見える水の膜は、平地を吹き抜ける強い風を遮る為の結界のひとつですね。この街の観光ポイントの一つなんですよ!とってもきれいですよねー」


「なんというか…これの他にも対魔物用の結界もあるなんて、贅沢な限りね」


「あはは…そういえば、お二人の宿屋も早めに取らないといけないですけど…もしよければ、うちに泊まっていきませんか?私とお手伝いちゃんだけで住んでるお家なので、是非止まっていってくださいよー!」


 ニコニコと笑顔を振りまくサリアの誘い。護衛以外にもある目的の為にこの街にきたスレイ達にとっては、ありがたい申し出。だが、お手伝いちゃんといわれた所でスレイの心に待ったがかかる。


「あら、サリアいいの?」


「ありがたい限りだが…大丈夫なのか?」


「大丈夫、お二人なら大歓迎ですよー!」


 スレイは、サリアの言葉に一抹の不安を覚えながらも、街を案内するサリアの後に続いて歩き出す。なぜか、よく当たる勘が警報をあげているが聞かなかったことにした。

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