最終話 災難の始まり

 ジリリリーン、金属をこすり合わせるような、アンティークな電話機の音。

 オボロはカーテンで閉ざされた寝室のベッドの中、手を伸ばし受話器を取り上げる。

 器用に肩とあごで固定しながら、サイドボードに置いた愛用のサングラスを手に取りかけた。


「――はい、オボロです。はい、占術のことでしたらお伺いいたします。

 どちらさんから、私のことを聞かれましたか」


 オボロは何気なく寝室のドアの方を見る。寝室の灯りは消されているが、自分の部屋なのでわかる。寝室のドアは防音になっているから、音は遮断されているのだが。


 妙な胸騒ぎがした。


「すいません、ちょっと取り込み中なものでして。あと一時間くらいしたら、掛けなおしてもらってもかまわないでしょうか」


 丁寧に謝罪し、受話器を置く。

 そっとベッドから降り、寝室のドアをゆっくり開く。


「やあ、起きたかい? オボロ」


 リビングにはシステムキッチンが隣り合わせになっているが、そこにはなぜかエンマがエプロンを白いシャツの上からはおり、オタマを片手に持って何やら調理しているではないか。


「おはよう! おじさん、お寝坊さんだねえ」


 リビングのテーブルにはセーラー服姿の産土神うぶすながみサクラと、その足元ではジンタがしっぽを振っている。


「な、なぜエンマさん、アンタがここにいる? えっ、どうしてここにいるんだっ」


~~♡♡~~


 あの夜、天草あまくさの怨霊を封玉ふうぎょくに閉じ込め、亡者はシミョウのロープで無事捕えた。

 ボロボロのスーツ姿になったエンマは腹が減ったとダダをこねるも、シミョウに強引に腕を掴まれ、封玉と亡者を連行して地獄へもどっていったのだ。


「もしよかったら、私の家へ来るかい?」


 オボロの提案に、サクラは大喜びしてジンタと共に帰宅したのであった。


「まあ、これでお別れだな、オボロ」


 帰り際、エンマは腕を掴まれながら振り返り、ウインクした。

 これでやっと平穏な生活にもどれると、オボロは安堵のため息をついた。


 そのはずであったのに、何故エンマがここにいる?

 しかもエプロン姿で。

 そこへ玄関の開く音がした。


「ただいま、戻りましたでございます」


 黒いミニのメイド服を着たシミョウが、大きく膨らんだスーパーマーケットの袋を抱えて入って来た。


「カードってのは本当に便利でございますこと。

 この世のお金を持ち合わせない私たちには、もってこいのスグレアイテムでございますわぁ」


 どっこいしょと大量の食品を入れた袋をキッチンに置き、シミョウはタスキ掛けのバッグから一枚のクレジットカードを取り出した。

 オボロはそのカードに見覚えがあった。


「まさか、そのカードって」


「もちろん、あなたさまのですわ。

 だって、私たちはこんなカードなんて、作ってもらえないものですから」


 シミョウはゆるキャラのような表情で、ニッコリと微笑む。


「カ、カードの暗証番号は?」


「あらぁ、閻魔帳えんまちょうにはなーんでも登録されておりますのよ、って申し上げませんでしたでしょうか。

 カードの在り処はもちろん、暗証番号まで。オホホホホッ」


 シミョウは口元を手で隠しながら、平然と言った。

 オボロはがっくりと、その場でひざまずいてしまった。


「悪夢は、悪夢は終わったのではなかったのか。

 もしかして、始まりだったのか」


 エンマは楽しそうに口笛を吹きながら、キッチンから顔をのぞかせる。


「さあさあ、今日は豪勢に松坂牛まつざかうしのすき焼きといくからねえ! 

 シミョウ、お肉は?」


「はい、大王さまのお言いつけどおり、霜降しもふりの特上を五キロほどいただいて参りました」


「ほほう、そいつはいいや。では腕によりをかけて作るか! 

 さあ。オボロも顔を洗って、用意しておくれ」


 にぎやかなリビングとは裏腹に、オボロは茫然と口を開けるだけであった。

                      

              了

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翡翠の月 高尾つばき @tulip416

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