最終話 帰りました

 標高三万三千フィート、純白の雲海が辺り一面に広がっている。


「ふぅ、これでこの世界ともお別れになるわけだ」


 現在、時空神殿を目指し、飛空艇で移動中である。時空神殿へは神力を使える者しか行くことが出来ないので、お下げ髪は乗っていない。行くときに散々ごねられはしたが、最終的にはそれが決め手となり、東方大陸で別れることになった。


 この飛空艇だが、制作には一ヵ月しか掛からなかった。しかもその一ヵ月の内の半分は、俺が材料に神力を馴染ませていた期間である。タケルさん曰く、型があれば材料と人手と魔力次第でかなり工程を短縮できるらしい。


 そういう訳で一人で空の旅をしているのだが、この森閑とした飛空艇である。神力を動力としていてエンジン音やスクリュー音等は無く、物音は一切しない。また、俺以外誰もいない為、当然会話も無い。


「これがあと数日続くのか……」


 東方大陸から時空神殿までは約一週間で到着する予定であった。転移を使うのも考えてはいたのだが、動力に影響が出るとのことでタケルさんに止められた。なので、地道に到着まで待たなくてはいけない。唯一の救いはオートパイロット機能だろう。これが無かったら操縦方法とか勉強しないといけなかった。


 と、そんな物寂しい一人旅は、ただただ無為に時間が過ぎて終わったのだった。




------




 時空神殿


 時間と空間を司る双子の巫女が管理する神殿。世界の最果てとも言える場所にある孤島に存在し、特別な存在しか入ることが許されない場所。そこでは過去や未来、別の世界等と繋がることが出来る。その為に相応の代償が必要にはなるが……。


「……ここか」


 目の前にはパルテノン神殿のような石柱で囲まれた建物があった。周りの装飾などはボロボロに風化していてそれなりの時代を感じるが、扉は新品そのものであった。


 俺は一瞬躊躇したが、覚悟を決め扉を開けた。


「失礼しまーす」


 囁くようにそう言って静かに中へと入っていった。


 そこは何も無く閑散としていた。あるものと言ったら部屋の奥に見える扉だけであった。ここで立ち止まっていてもしょうがないので、先へと進んだ。


 すると、扉の先には二人の非常によく似た女の子がいた。見た感じ十歳もいかないだろうか、銀色の長髪に金色の瞳、白いワンピースのようなものを着ていた。


「ようこそ時空神殿へ」

「私達は貴方を歓迎いたします」


「貴方の目的は何ですか?」

「過去の改変、未来の修正、世界の移動?」


 淡々と話を進める双子に呆気にとられながらも、俺は自身の望みを言った。


「俺は元いた世界に帰りたい」


 するとその双子は、


「分かりました」

「異世界への魂の移動には代償が必要です」


「それは貴方の魂の一部」

「それは貴方がこの世界で生きた証」


「その全てを犠牲にすれば」

「貴方の魂を返還できます」


 要するに、この世界での記憶や神力などのことだろう。大凡聞いていた通りなので、その条件で問題無かった。


「ああ、それで頼む」


「では、此方の祭壇に来てください」

「貴方の魂を分離します」


 双子の後ろには一段高くなった場所があり、直径一メートル程の円形になっていた。


 俺は言われたとおりそこへ上がった。


「それでは儀式を始めます」

「目を閉じて、深呼吸をして下さい」


 俺は目を閉じ深呼吸をした。


 何だろうか。


 この数秒が物凄く長く感じる。


 数回深呼吸したところでフッと体から力が抜けた。


 不思議なことに体に力が入っていないにも関わらず、俺は立ち続けている。


 段々と意識が朦朧としてきた。


 魂の分離とやらが始まるのだろうか。


 どうやらそろそろ限界のようだ。


 俺は双子に全てを委ね意識を手放した。




――――――


 微睡の中、何処からともなく声が聞こえた。


「この世界はどうでしたか?」


 悪くは無かったと思います。


「そうですか。なら良かったです」


 あなたは誰ですか?


「私は、そうですね、神とでも言っておきましょうか」


 そうですか。


「それだけですか?」


 ええ、今は何も……え……い


「ふふ、ではまた……」


――――――




「……っは! ……ふぅ、大丈夫か」


 意識を取り戻した俺は焦って辺りを見回した。そこは気を失う前にいた森の中であり、安堵の息を吐いた。


 そもそも、このゲームには死に戻りが無く、死んだらキャラメイクからやり直しという面倒臭い設定になっている。なので、セーフティエリア以外で放置することは絶対にしない。


 しかし今回、不意打ちのごとく気を失ったのでかなり焦ったわけである。


「さて、無事だったことだし、一度街に帰るとするか」


 落ち着きを取り戻した俺は、安全確保のため始まりの街に戻ることにした。




――――――




 始まりの街


 ゲームを開始すると、この街の教会から物語が始まる。プレーヤーは魔王を倒すために異世界から召喚された者という設定である。


 そんな人間が何でこんなステータスが低いんだとか、物理だけで魔王を討伐するのかとかいろいろ突っ込みがあるが、そんなことを言っても始まらない。


 ちなみに、魔法はプレーヤーが使えないだけで、NPCの上級冒険者、エルフや妖精などの他の種族、魔物や魔族などは普通に魔法が使える。


 こんな理不尽があっていいのか! と言いたい。


 まあ、それは置いといて、俺は今宿屋に向かっている。


 宿屋の泊まっている部屋は自分しか入れないため安全である。安全というのは死ぬ可能性という意味ではない。ログアウトした場合、アバターはその場に残るため、他のプレーヤーからの干渉を受ける。つまり、セーフティエリアである以上PKは無いが、装備品などが奪われたりするのである。これが宿屋に泊ると安全であるという意味だ。


「はぁ、疲れたぁ!」


 宿屋の部屋に着いた俺は、脱力してベットに寝転がった。


「さて、さっきの確認でもするか」


 ようやく人心地付いたので、ステータス画面を開いた。しかし、特に変わったところもなかったので、俺は嘆息をもらした。


 すると何やら運営からのメッセージが届いていた。その内容は次回のアップデートのお知らせであった。



 運営からのお知らせ


 日頃「Normalization Online」をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

 明日深夜0時から翌日深夜0時まで大型アップデートを行います。

 内容は以下の通りです。


 ・共通ストーリーの実装

 ・スキルシステムの実装

 ・ステータスの調整


 大型アップデートのため、明日は全日ゲームをご利用いただけません。プレーヤーの皆様にはご迷惑をお掛けしますが、あらかじめご了承ください。

 今後とも「Normalization Online」よろしくお願い申し上げます。



 かなり思い切ったアップデートだ。


 まず、ストーリーの実装だが、そもそもこのゲームには魔王を倒すという最終目標は与えられているがそこまでの流れが一切ない。しかも王国からの御触れで魔王に懸賞金が掛けられているだけで、倒してくれと頼まれるわけでもない。なので、これは魔王に至るまでのまでのストーリーのことだろう。


 次にスキルとステータスだが、恐らくストーリーの実装に伴って戦闘を余儀なくされるのだろう。だから、その為のパワーバランスを取るために行われるのだと思う。


 まあ、これで大分やりやすくはなるだろうが、Normalization Onlineらしさが無くなるんじゃないかとも思うが、そこはなったらなったで考えればいい。つまらなくなったらやめればいいだけだしな。


「さて、そろそろログアウトするか」


 確認が終わったので、俺はメニュー画面を開きログアウトボタンを押した。




――――――




 ウィーンという機械音と共に俺の意識は覚醒した。装着していたVR機器を外し、ベットから起きる。


「翔! ご飯よ!」


 部屋の外から母親の声が聞こえてきた。


「今行く!」


 行くのが遅くなると、何時までゲームしてるのとか勉強しなさいだとか煩いので、ゲーム機を片付けさっさと部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テンプレ上等! 下トl @ka-ge-be

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ