Hello new another world note.



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・『己界』-キカイ-

 それは、じぶんだけのせかい

 その多くは結界術に類型される。

 己の、心の奥の奥にある心象風景や、その脳内、頭の中の深層心理。自我を持ったもの全てが、平等に持っている自分の世界。

 それを、相手に押し付けたり、その中に閉じ込めてしまう技能。

 一纏めに己界と、そう呼ぶ。



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4/3

└■■結■《■界■白き闇■内




 018


 白く、白く、どこまでも白く。

 不気味なくらいに白く、暗い空間。

 見渡す限り乳白色が広がる、清廉潔白な。

 無垢で、純な、せかい。

 現実離れ「わかったわかった、もういいって、何回目だよ、流石に飽きたわ。結希だろ? どこいんの?」


 真っ白で真っ更な世界、一際目を引くように浮かぶ常葉。手をぱたぱたと振りながら、きょろきょろと辺りを見回す。


「…………いや、なん、いや、えーー…」


 ふわり、と何もない虚空から結希が現れる、口をあんぐりと開け、おっかなびっくり常葉の元へ。

 ほんの少しだけ、いつもと違う仕草と、いつもと違う装いで。ほんの、ほんの少しだけ


「お、やっぱこれ結希のなんだ」

「いやいや、なんで分かったの……そもそも一応私出てくるまで大人しくしててよ……変身シーンとか合体シーンとかに躊躇なく攻撃する人?」

「する人。いやはじめて会ったときにああ、あれこの人のだって確信した」


 あっけらかーんと答える常葉に、相も変わらず訳がわからない、と肩を竦めながら首を左右に振る。

 一瞬、間をおいて。


「んー? なんだろ、んー? なんか変えた…? 違うな、結希綺麗になった?」

「へっ!? いや、あー、そんなことは、ないんだけれども…」


 ごにょごにょと小さく小さくなっていく語尾になんでわかるの、とまたまた小さく付け足して。

 白い、ただ白いその姿に僅かながら赤色を浮かべ綺麗なピンクを彩る。


「じゃ、じゃなくて、常葉くんをここに呼んだのは」

「あー、時間つくってくれたの?」


 こくこく、と頷く結希、数テンポ遅れて、何でさきにいうのー! と頬を膨らます。

 ごめんごめんと妖しく笑い、先を促す。


「えー、っとね。桔梗様に、というか桜人衆にとりあえず身柄を預かっていただいたって感じなんだけど、まずもって明日。これからの事をお話していただけると思うのね?」


 今度はしっかり聞き手に回り、ふむふむ、と何もない空間に胡座をかき、ふわふわと揺れる。


「で、一朝一夕じゃどうにもならないとは思うけど、少しでも常葉くんにこの世界のこととか、ある程度の基礎知識とかを擦り合わせておこうと思って。異世界人だし、逐次常葉くんがひっかかる度に説明はしてくれるだろうし、私もするし、私メインで話進めようとは思ってるけど、あんまり多いと、ね?」


 正面切って人と話すのが得意なのだろうか。その細かな仕草、抑揚、ハンドサイン。

 諸々合わさり、やけにするりと胸に落ちていくなぁと常葉は思う。


「だから、要所要所、敷衍しながら。私の自己紹介なんかも兼ねてお話しようかなぁって、思って。いいかな?」

「うん、凄いありがたい、お願いしていい?」


 くすり、と微笑んで。


「あ、その前にね、なんかまったく疑問抱いてくれなかったから話すタイミングなかったんだけど、これ。【白き闇White out】っていうの、私のワンオフポテンシャル」


 ちょいちょい、と足下、というかこの空間全体を指差す。

 曰く。結希の世界。雪の世界。

 結希の中にある世界のようなもの。

 無理矢理自分の世界を価値観を他人に押し付ける異能。類型としては『己界』と、いう。

 しかし現在はただただ、何もない空間を己が内に展開し、そこに自意識を落とし込む力になっている。

 昨晩、桜人衆の本拠地。桜庭城の客間を借り、軽く風呂を頂き。疲れもあってか若い男女が同室で寝るなんて云々、騒ぐ暇もなくそのまま深い眠りに誘われた二人。

 寝具を一つ挟んだぐらいの距離しか離れていなかった為に今の結希でも常葉を己が結界に引き込む事に成功した。

 肉体に負担はなく、精神を切り離した状態のため、脳自体はしっかり休息を得れる上、ここで得た知識を持ち帰る事も可能である。


「ワンオフ……ってのは?」

「あ、ごめんね。えーと、この世界でたった一つだけの、自分だけのポテンシャルのこと。大概のポテンシャルって再現性があるし、真似できるし、色んな人がいるからこの世に一つってことはないんだけどね。多分あなたの世界でも、有史以来何があってもその人間だけにしか行えない技術ってそんなにないでしょう?」


 こくこく、と頷く常葉。

 こほん、と一拍置いて。


「じゃあ、説明していきましょう。なにか引っ掛かる度今みたいに止めて聞いてね?」

「あいよー」

「えーと、私は真更結希、って言います。歳は18で身長は156。体重はもう少し仲良くなってから、好きな食べ物は鶏肉、趣味は歌と踊りと生き物の生態を知ること、チャームポイントは髪です」


 さらり、と自らの長髪を撫でながら。

 ふふ、と常磐は柔らかく笑み。


「あー、俺は箱庭常葉。19歳。身長は確か174ぐらいだったはず、んじゃ体重は俺ももう少し仲良くなったら、な。好きな食べ物は麺類、趣味は体を動かすことと、他人の感性に触れること。チャームポイントなぁ……なんか指が綺麗らしいぞ」


 けらけらと笑いながら、結希のそれに沿って自己紹介をし合う二人。続いてお互いの好きなこと、嫌いなことを伝え合う。

 ややあって。少し、言葉を詰まらせる結希。

 常葉はただ、紡がれるのを待つ


「で、なんだけど、ええと。私の、目的というか、常葉くんというか」

「うん」

「その、大目的は言えない、というかそもそもぶっちゃけると【ちゃんと知らない】、のね。物理的にも、話せないの。誓約っていうかなんというか。けれど、貴方が鍵で、私が貴方にどうしても会わないといけなくて、これは私と貴方で始めなきゃならない事で」

「うん」

「とにかく、私も正直分からないことばかりで、まずは【春夏秋冬ひととせ めぐる】って人に会えって、会って、そこからなんだって」


 ふわりと、結希が空間をなぞると、名前と巡と呼ばれた男の様相みたいなものが浮かび上がる。はえー、便利だねぇと呟きながら。


「ん、とりあえずの指針はそれ、か」

「うん…後は明日桔梗様とお話してこれからの動きに対してある程度の指向性は持たせようと思ってるんだけど……」

「あー、うん、わかったから。そんな申し訳なさそうにしなくていいって」

「や、だって。おかしいでしょう、普通。ましてやあれほど平和な世界に住んでいて。こんなことになって、なんでそんな冷静でいられるの?」


 ほんの少し、目尻に優しさと申し訳なさが由来の水を浮かべ。問う。


「自分で決めたからな。分からなくても迷わない。結希を守るし、俺に出来ることなら、やるよ」


 言い放つ。迷わずに。心から。

 ……心が動く。というのはこういうことなのだろう。ああ、ああ。胸が、顔が熱くなる。

 どうしよう、私変な顔してないかな。


 やっぱり、この人なんだ、本当にこの人なんだ、と。もう、幾度目になるだろうか。

 結希は、この真っ直ぐな眼に度肝を抜かれた。どくり、どくりと心臓が跳ねる。この人に蕩けてしまいそうになる。


「それに、きっとこうなることをわかってたのかも、しれないな」

「……それって、どういう…?」

「んーー、まあ、その。なんだろう。対応力っていうものをずーっと色々、磨いてくれた人がいてさ、そうだな、じゃあ俺もこれ、詳しくはまだ秘密」


 秘密、きっとこちらに気を遣ってくれたのだ、と理解しながらも、その強さに納得し、常葉のことをようやく一つ理解出来たな、と結希は少しだけ嬉しくなる。同時に胸にどろりと罪悪感が湧き。


「……あのね、それで、その常葉くん」

「ん、どうしたの?」

「確信できたら、言えって言われたの」

「……何を?」

「さ、【サカキ】…って分かる…?」


 結希が、そう、絞り出した瞬間。

 初めて、常葉の表情、というか心が目に見えて揺らいだのを感じた。が、即座に冷や水を浴びせたようにそれらを落ち着かせ。


「……だろうな」


 と、呟く。敢えて、結希はそこを追求することはしなかった。きっと聞いても先と同じく隠すだろう。そういう性格であることを既になんとなく感じ取っていた。

 きっと、彼は聖人君子ではない、誰彼構わず、私にしているようなことをしているわけではないと、少し調子に乗ったような発言だが、自負している。

 だからこそ彼が私のために動いてくれる理由もそこにあるのだろうか、とちょっとばかり考えなかった訳ではないが。とりあえずここで一つ区切ることにした。


「伝わったならよかった。じゃあ今度は、世界について話始めてもいい? 時間もそこまである訳じゃないし」

「……うん、頼む」

「じゃあね、まず。基礎知識として、多分もう既に何度も何度も覚えた違和感だと思うけど。この世界は、この世界の人たちは今、翻訳だとか、所謂広義な意味での異文化コミュニケーションを擦り合わせる必要がないの」

「……なーるほど、簡単に言えば、俺と結希は実際のところは同じ言語を話してる訳ではない、ってことか?」


 間。

 出来る限り噛み砕きはしたが、まさか一度で理解されるとは思っていなかった。なるほど、対応力特化と言うのは思考の軟度までもなのか、恐ろしい、と結希の脳を巡り。


「そう、そうなの。異国どころか、異世界人の貴方と言葉を交わせるのは。魔を操り、導く者としてこの世で最も長けた魔術師によりこの世界全体に掛けられた対界魔術のおかげ」


 対界魔術。今よりしばらく前。

 この世界に、この世界に住む人に掛けられた概念魔法。

 名を【繋がる心world linker】という。

 交わす言葉を全て自動で翻訳し、感覚としてその意味を脳に伝える。どんな言語であれ、どんな概念であれ、その人同士の持つ知識、概念から最も適当なものを感じ取れるようになる。

 ただ、やはりそもそも知らないもの分からないものを伝えることは出来ない。

 概念としては伝わるが概要としてはまずまずの知識が存在しないので、ましてや異世界人である常葉とはこういう擦り合わせが必要なのである。

 


「……繋がる心、すげぇなそれ。いや、すげぇ、そんなもん…」


 意味がわかれば、なんと凄まじい事だろうか。

 知らない人と、己と違う民族と、ましてや種族と語らうのに、なんの用意も必要ないのだ。

 もし、自分の世界にそんなものがあったなら、と考えずにはいられない。


「この世界に生まれたら、その時点で掛かるの。だからあっちでも常葉くんと話せた。この世界じゃあ当たり前の概念」


 ただただ、感嘆する常葉。

 何故だか誇らしげである結希を見て。


「…なんで結希が得意気なの」

「へっ? あぁ、えっと…それは…ひ、秘密!」


 さいですか、と目を伏せながらも。



 その後も、時間が来るまでこの世界について共有する二人。白と黒。

 時に笑い、時に驚き。きっと子供の成長速度のような、風に遊ばれた桜の花びらが落ちていくような、そんな速度で。二人は親密を深めていく。

 ゆるり、ゆるりと優しげな時が彼らの頬を子のように、撫で続けていた。

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