Awakening Over Driver!!





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『掴世道』-カクセイドウ-

・それは主人公補正と。それはご都合主義だと。好かれ、嫌われ、辻褄合わせで狂言回し。

 世界に言祝がれ、世界に愛された者の証。

 世界『を』動かし、世界『が』動く。眼に見えない、確かな力。

 誰かはそれを覚醒補助と

 誰かはそれを先導者と

 それに憧れ焦がれ、掴世道と。

 誰かがそう『定義』した。


 ある者は『其れ』を息を吸うように扱い、当たり前に世界を変えて行く。

 ある者は『其れ』を持たざる者を羽虫とし、持つ者だけを世界と定義する。

 ある者は『其れ』がなければ一歩を埋められない者に一歩を踏み出させる力だと言う。

 ある者は『其れ』を持っている責任を果たさなければならないと、その身を削る。


 だが、そんなものは関係なく。

 『其れ』を持つ者は『特別』なのである。

 


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 なら、『其れ』を持たない者は?

 世界に選ばれなかった?

 挑む資格すらないのか?

 努力をしても無駄なのか?


 いいや、違う。きっと『其れ』は誰にでも。

 開けようとしないから知らなかっただけ。


 そのドアに、鍵はない。






□4/4

└桜酒城

 └第三離客殿『芥』葉の間→本殿『神籬』桔梗の自室

 


 019


 朝。

 目を醒ます常葉。

 ぼうっと靄のかかった頭に酸素をこれでもかと送りながら、簡易的に体を伸ばし、折り曲げ、骨を鳴らす。

 そんな時、視界に端正な顔立ちの割には、とても子供らしい寝相で転がっている物体が目に入る。

 が。とりあえず見ていない振りをしながら、それが起きないように毛布をかける。普段の立ち姿とか振る舞い、めちゃくちゃ姿勢良いのに寝相はそんなになんだ、とか思ってはいない。

 その動作に身内のことを少しだけ頭の片隅に思い浮かべながら、洗面所へ向かう(勿論ベッドは別な上、それなりに離れている)そんな時。

 ふと、己の体に起こった些細な微細な変化になんとなく、ただなんとなく気付く。

 こう、ただ漠然と、生まれ変わった、ような。

 いや、そう大袈裟な話でもないのだが。

 数年あれば、人の肉体を形成する体組織はほぼ全て入れ替わる、みたいな、そんな話。

 だ、なんだと歯を磨きながら、目を醒ますついでに、脳をこねくり回しつつ考えていた常葉。


 それはあながち間違いというわけでもなく。【繋がる心】の効果の一つとして、世界間を越えた際のデチューンが完全に終わったのである。

 肉体は勿論のこと、思考や概念の受け取り方や見え方といった、この世界で生きる上での必要な刷り込み等。おおよそ体感時間においてもズレを、刹那単位で感じることすらなく。

 日付の概念、暦、秒単位の時間ですら従来通りに刻まれているかのように脳は認識する。要するにこの世界のシステムに合わせたアップデートのようなものなので、本来な、違和感を抱くことすらないのだが……。

 と、そんな時。使いが現れ。

 桔梗からの呼び出しをくらったので簡単に支度を済ませ、支給された衣服を纏い、大きな食堂でこれでもかと腹を満たした後、二人は桔梗の部屋に訪れた。


「おー、おはよう、よーくねむれたか?」


 くぁーーーー、と猫のような欠伸をしながら、出迎える桔梗。

 その大きな瞳の目尻に、たっぷりと涙を浮かべている。

 左手でぐしぐしと目を擦りながら右手をちょいちょいと動かしている、どうやら座れ、とのことらしい。

 やたらと柔らかいソファに腰を掛ける。

 想定の何倍も沈み、驚くほどの快感に弛緩、いや、凄いなこれ、と顔が綻びかけてしまう。

 が、隣の結希があまりにも嬉しそうにあほ面を下げているのでしっかりと堪える常葉。


「ええ、至れり尽くせりで、色々用意してもらってましたし、快適でした、ありがとうございます」

「いい、いい、飯は口にあったか?」

「驚くほど、食に関しての文化の差異、もう少し感じるかなって思ってたんですけど。とても美味しかったです」


 ならよかった、と笑う桔梗。

 ポーカーフェイスを気取ってはいるがひたすらに美味かったらしく、厨房をどうにか覗けないものかとやきもきしていた常葉。

 メニューを一通り眺め(所属している者たちの出自、好みに合わせているらしく数百越えのレパートリー)和食に似た定食を選んだのだが、かなり親しみやすい味かつ、料亭で食べたような感覚だった。

 もちろん、見たことない食材、料理がこれでもかと言うほどあり、結希の手前なんとか抑えてはいたが、わりとエンゲル係数高めなタイプな常葉は、内心それなりに大変だったとか。


「そーかそーか」


 ゆらゆらと、手にもったグラスを回す桔梗。

 どうやら手癖らしく、小さめの氷がからんころんと楽しげな音を鳴らすと。綺麗な綺麗な薄緑色の液体がとぷんと揺れる。

 間を図るように一つ、置いて。


「そんじゃー、これからの話をしようか」


 にやり、とわらう。

 肩が、表情が、いたる筋肉が強張る結希とは対象にふわりふわりと柔らかそうな桔梗。

 こくり、と。とても、とても扇情的に喉を鳴らしてから。


「さぁて、そだな。そしたら方針を聞かせてくれ。おまえたちは、どーしたい?」


 問う。

 一度だけ、目を合わせる二人。結希の視線に、常葉は頷いて目線を下げる。


「まずは巡様に、春夏秋冬巡様に会わなければならない、という手筈になっています」

「……巡に、か」


 一瞬、含んだものの、続けろと仕草で促し。


「ええと、逆に言えばそれ以外は何も。方針すらない状態です。彼に会えばとりあえず分かるとだけ聞きました」

「んん、多分そのとーりだと思うぞ、そいつは間違いない」

「……と、言いますと」

「それは言えないなあ」

「む、では居場所は、ご存知でしょうか」

「それも言えないなあ」


 ただ、笑む。

 結希はまぁ分かっていたのだろう、表情に出さずに努めているが、どこが歯痒気に、もちろん桔梗は気にも留めず。


「が、なんにせよ、だ。第四大陸から出なくちゃならないな」


 言いながら。つぅ、とグラスの淵を指でなぞる。 小さな体躯から想像できないほどに、細く、長く、しなやかなそれで、やたらめったら、艶かしく。


「それはどうしてですか?」

「そうだな、これぐらいはいいだろ。えっとな、巡にはきっと、普通には会えない。それは分かるな?」

「ええ、本当になんとなくは」


 会話を止めないように、それでも情報を零さないように、聞き耳を立てる常葉をよそに。


「だから、というか。とりあえずお前ら二人は、この現界の、十二の大陸。それら全てを巡らないといけない」

「え…」

「いやまあ、そんな顔するな、ゆっくり、1ヶ月ずつ、1大陸ずつ巡るんだ」

「それが、必要なことですか?」

「そうだな、巡に会うための資格というか、おまえらがやらなきゃいけないことのために必要なものというか、まあ、まあ、ちょっとその話はめんどくさいから一旦おいといて」


 さく、さく、と。

 添えられた、あまりにも上品な茶菓子を、少し無作法に齧りながら。 


「と、なるとだ。いーえっくすしーがいるだろう」

「……EX…?」


 ここで始めて、常葉が口を挟む。

 EXCとはExistence Cardのこと。

 所謂本人確認書類、この世界における存在証明書。

 体内に取り込むことでその人間の生きとし生ける全ての情報を記録し続けるツールであり、これを持っていないと大陸間移動の許可は降りない。

 そもそも特殊な事情が無い限り、EXC不所持者はどこに行っても煙たがられる。


「要はほんかくだよ、ほんかく。まぁうちに所属するにしても、今後この世界で何かと入り用になるからなー」

「なるほど、いやでもそんな簡単に作れるもんなんですか?」

「昨日のうちに二枚ほどぶらんくかぁどを手配してある」


 ひらり、と二枚の真っ黒なカードを取り出す。

 発行、登録に様々な手続きがあるが、国々、大陸ごとに法がばらばらなので入手することぐらい彼女には容易い。


「んあ、ちなみにぶらんくかぁどってのは空のいーえっくすしーのことで、これに個人認証をするんだ」


 勿論、その辺りの手続きをする権利もわたしは持っている、と付け足して。


「で、だ。まさら、ゆきだったよな、一応発行はしたものの、おまえはいるのか?」

「……はい」

「………………ふむ、まぁいい、わかった。二人ともこっちこい」


 ちょいちょい、と可愛らしく手招きする桔梗。

 二人の会話に違和感を抱きながらも桔梗の元へ。   

 桔梗は常葉の右腕にひょいと触れると。


「ん、ときわ、おまえ右利きじゃないのか?」

「いや、一応右利きなんですけど」

「にしては比率おかしいだろ、あれか、おまえ左手でも全く同じことできるやつか」

「んん、そうっすね、誤差出ないようには鍛えてます」

「あーー、よくやるな、じゃあいい、ほら」


 くいくいっと袖を引っ張る、どうやら屈んでほしいらしいので。高さを桔梗の顔に合わせると、頭をぐいっと下げさせられる。


「右巻きだな、てことはやっぱり右手でいいか」

「へ? うおっ」


 流れるように、桔梗の絹のような腕がするりと常盤に絡み、手首を掴まれると手の甲にカードを押し当てられる。二言、三言桔梗が呟くと眩い光とともにカードは常盤の手に溶けていった。


「出し入れ自由だ。使い方についてはゆきから聞いておけ。ほらおまえはどっちだ」

「私は左に、お願いします」


 すっ、と腕を差し出す結希をやや訝し気に眺める常盤。その視線の意味をワンテンポ遅れて理解した桔梗は笑いながら。


「まぁ正確な規定があるわけじゃないんだが、願掛けやら風土習やら、宗教やら実用性の面から、どっちに付けるかってのが結構あるんだよ。ときわにやったのは第四大陸式だ。なんだかんだ私はこれが一番好きなのさー」


 ふぅん、右利きの癖に腕時計を右手に…みたいな話か? と頷きながら自分の手をじっくりと見つめる。異物感は一切ない。

 付けるまでと全く差異も見当たらない。なるほど、とても便利な技術だな、と感心していると。


「んで次はばすでだ、ばすで、ほら」

「おっと」

「きゃっ」


 桔梗が約5.5インチほどの端末を二人に投げ渡す。すると結希の目の色が変わり、いつものようにわたわたし始める。

 またか、と思いつつもどうしたと声をかけようとした矢先。


「こ、これ最新のXIV.T-765JZSじゃないですか!!! まだインブレイス社のプレスカンファレスで発表されたばっかりの、え、嘘。二年ぶりの、全てを注ぎ込んだハイエンドモデルですよね!? 一部限定先行モデルがエージェントや重職者なんかに配られてるだけで、一般市場に出回るまで一年はかかるって言われてる、しかも社長のアーノルド・インブレイス・エンド氏が」

「おちつけ、おちつけって、機械のことはわからんが、とりあえず今一番新しくて強いやつって言ったら来たやつだ。連絡できなきゃ困るだろ、おまえらへの先行投資だ」


 なるほど、こいつガチめにオタク気質だな、しかもこじらせたタイプの。

 と結希を横目にお礼を言いながら端末に触れてみる。大方の想像通り、あっちで言うところのスマートフォンに操作感は酷似しており、慣れるまでに時間はかからないであろう、と思っていると。


「いい? 常葉くん。これはねVSDって言って。超高性能多機能デバイスなの。特許はインブレイス社が取っているわ。この商品が出回ってからは通信事業もほぼ取り込んで完全に連絡ツールとして独占したの。ちなみにVSDっていうのはvariable style deviceの略で。例え世界間であれ、互いの連絡先が分かれば話すことができるの! さっきのEXCと同じく体内に融和させれて、融和度、内在度はEXC以上……って聞いてる!!?」

「あー、聞いてる、でも後で、後でな」


 どうどう、と結希を制止しながら湯呑みに淹れられたお茶をこくりと飲み下す。

 わお、凄く美味しい。

 少し顔が綻ぶくらいに。その表情を見てか見ないでか、桔梗は笑い、この後も一頻りフロー化されたかのような業務連絡染みた言をつらつら連ねられ。ようやく一段落ついたらしく、ふぅ、と艶かしく息をつくと。


「んで、だ。もうひとつ、やってほしい、というかやっておかなければならないことがある。ついてこい」


 桔梗が振り向くと同時に大きな襖ががらりと開く、まるで幼子を連れ去る怪異の如く、彼女は今までで一番妖しく微笑んだ。


 020



□4/4

└本殿『神籬』離れ『第2修練場』


 数分前まで、これでもかと和を押し出していた室内と打って変わり。やけに機械的に、人工的な、何もない無機質な部屋、と呼ぶには少し広すぎる空間に誘われる。

 かつり、かつりと冷たい音を奏でながら歩いていく。歩いていく、歩いていく。

 やがて、とてつもなく開けた場所に着くと。


「じゃあ……ほら、こい」


 くるり、と振り替える桔梗。

 ひらりと舞う絹のような髪に、その姿からは想像も出来ないほど香る艶やかな匂い。

 ただ、ひたすらに柔らかそうで、それでいて、不自然なほど長い左の手指には、いつの間にか、身の丈に合わない、大きく、真っ黒な木刀が握られていた。


「え、ちょっと……へ、あ。と、常葉くん」


 当然のごとく狼狽える結希の肩に手をおき、ぐいっと一歩後ろに下がらせる常葉。

 前に出て、桔梗の目をしっかりと捉える。


「ときわ、ああ、いい顔だ、ふふふ」

「あ、あのっ、桔梗さん」

「心配するな、お前も多少なりとも考えてるってのは分かってるよ。だけど事情が事情だ、今ときわには」

「そもそもの基礎すら出来ていないし、足りていないって事……っすよね」


 言葉を切られ、尚笑う桔梗。

 やけに、やけに嬉しそうに。


「んん、まぁ。そうだな……うちの一員になるんだ、実力を知っておきたいって建前があったんだが、そう、その通りだよ」

「……」

「おまえはつよい、見れば分かる。けどな、今のおまえはうちで一番弱い、いいや、ともすればこの世界で、一番弱いかもしれないな」


 どういうことか、わかるな?

 と、蕩けるような声で付け足しながら。


「なんとなく、ですけどね」

「ふふ、つまりそれを無理矢理、このわたしが直々に教えてやるってことさ、一国の王すら叶わないぞ、誇れ」


 今度はけらけらと。

 礼と一緒に軽く頭を下げる常葉。

 数秒の後ざっ、と構える。

 ぴりっ、と空気が弾けたかのように錯覚するほど、纏う雰囲気が変わる。


「ああ、いい、ほんとうに、おまえはいいな。礼なんか、いらないんだ。ただ、そうだな。願わくば、わたしに一撃、当ててみろ」


《威圧:鬼》†《第四王》


 ざわっ、と。常葉のそれとは、比べるのが恥と感じるほどに。

 世界が、一個人に意思をもった上で押し潰そうとしているのではないか、というほど、空気が一帯を押し潰す。

 瞬時に脳が叫ぶ。

 全てをかなぐり捨てこの場から立ち去れと、脂汗が滝のように噴出する、源泉かのように涌き流れる。

 殺意が、死のイメージがこびりつく、殺す、という念が形を持って、己が体を捻り切ろうとする。

 駄目だ。死ぬ、無理だ。やめろ、逃げたい、怖い、恐い、畏い、どうする、なにができる、俺は、俺は、俺は。

 潰えかけ、決壊しかけた意識。ふと、視界の端に結希の姿が映り込む。

 いや、そうか、器用にこの殺気、俺だけに……じゃねぇ。何を一瞬でも、俺は。


 


「お、やっぱり立ち向かえるのか」


 気付けば、もう一度構えていた。

 結希を見た瞬間、冷や水でもぶっかけられたかのように頭が冴え渡った。

 そうだ、俺のやることは。

 いや、そもそも彼女の前でこんな姿は見せられない。


「あぁ、ごめんなさい考え事してました」

「はっ、男の子やってるじゃないか」


 もう意味がないな、と軽い重力のような殺意を引っ込め、ぶんぶんと片手で木刀を振るう。

 ちらりと結希の心配そうな顔を覗き、再度常葉に目を移す。


「おまえ、得物は」

「いらないです」

「あっそ、じゃあはじめよう。おまえを見せてくれ……かかってこい」


 ひらり、と誘うように指を折り曲げる。

 刹那、目に映っていた常葉は姿を消す


(思ってたより早い)


 音と姿勢から反射的に右を向いた桔梗、その眼前には既に大腿部が競り迫っていた。

 が、まるで暖簾を潜るように(そもそも暖簾を潜るほどの身長はないが)ゆるり、とかわす。

 ハナからそれを見越した上で、蹴り足が空を切る前には空中で体制を入れ替えており、流れのまま踵を落とす。

 一瞬お、と驚いた表情を見せるもふぉん、と左腕を振るう。


(な、にぃっ!?)


 どかぁぁあん、と音がやや遅れて聞こえるほどの速度で、常葉は壁に叩き付けられた。


「おお! おお! やたらに受け身が上手いな!!」

「……………一応、特技です」


 衝撃を殆ど流したとはいえ、亜音速のごとき速度で、おもちゃのように吹き飛ばされた常葉。

 肺から抜けた、とてつもない量の空気をいっぱいに吸いながら、答える。


「次」

「言われ、なくてもっ!!」


 少し体勢を低く落としておいた常葉。

 桔梗からは見えにくい位置で、壁をスターディングブロックのように扱い、意識の外から攻めるために、本来の姿勢とはかけはなれながらもクラウチングスタートを成立させ、己が体を射出させる。

 生身の肉体が出せる最高速であろうその速度で、二、三フェイントを噛まし、距離を詰める。


(単純な歩法すらよく出来ているな、真っ直ぐ進みながら何度も視界の外に入り、偽装を重ねている、上手い、それでいて一切の減速がないのは驚嘆だな)

「ふっ!」


 桔梗から二尺ほど離れた位置で、速度を落とさず、膝を折り畳みながら前へ体を倒す。

 当然、慣性で体が桔梗に向かい放り出されるが、地面に手を付き、手首を捻り、木刀の柄と、顎先に同じタイミングで蛇のような蹴りを捩じ込む。


「じゅーぶん、おそい」


 大裁ち鋏のようなそれらに向かい、更に一歩進むと、撫でるようにいなし、流れるように切り上げる。


「ちぃぃっ」


 肘間接を脱力させ、かくん、と体を落としながら腹筋と背筋をこれでもかと使い、腹を引く、切っ先を臍に掠めながらも、足を桔梗の腕に絡めようとする、が。


「雑技団かなにかかおまえは」


 その足を掴まれ、身動きが取れない状態で、木刀を降り下ろされる。


「とっ、常葉くん!!!」


 結希が叫ぶと同時、凄まじい轟音。

 常葉どころか、特殊加工されたこの空間の地面に、大きく大きく傷痕を与えた。

 まるで巨大な鉄塊で殴ったかのようなクレーターを見て、結希の顔が青ざめる。が。


「……おいおい」

「言った、で、しょ。受け身は得意だって」


 握力だけで体を支え。

 掴まれていた足を強引に振りほどくと、転回しながら距離を取り、息を整える。


「いや、おまえなぁ……どんだけ受け身がうまかったら、ロクな体勢でもないのに上から降り下ろされた衝撃を全部地面に逃がせるんだ。もー、また怒られるだろー、ここ金かかってるから壊すとうるさいんだぞ」


 と、ぶつくさ言いながらも目がこれでもかと輝いている。それは幼い少年が新しい玩具を見つけた時の瞳によく酷似していて。

 それとは裏腹、常葉の思考は少しダウナー気味に。


(いや、全然逃がしきれてない。体の内側へのダメージがひどいな。にしても今ので確信した。俺が何とかしなきゃ確実に壊すつもりだ、そもそもなんて力してやがる、まるで出力の元本がシステム的に違うみたいに、あり得ない腕力だ)


 ぎゅるぎゅる、ぎゅるぎゅる、と思考が回る。


(いやまぁ、あり得ないなんてあり得ないよな)


 そう、箱庭常葉は疑わない。

 全てを受け入れる。それが当たり前で、常識かのように。

 自分より一回り、二回りも小さな童女が、自分より早く動き、鉄より硬い壁を砕く。

 それがどうした。

 眼をあけたら空から落ち、山のような龍が飛び、雷を自在に操る、人語を介す狐が居た。

 それがどうした。

 この世界ではなにもかもが常識外であり得ないだらけだ。それがどうした。

 知らないなら知ろう。

 見たことない? 今見た。

 聞いたことない? 今聞いた。

 なら事実だ。受け入れろ。

 その上で対策を立てろ、対応しろ。俺に培われたのは、その為の力だ、と、箱庭常葉は疑わない。


(うん、まぁ想像以上だ。けど、こんなもんか、面白くない、ぞ……いや)


 そんな常葉をさておいて、桔梗は少し思い耽る。そうして、ゆるり、と木刀の切っ先を結希に向ける。にやり、と笑いながら。


「そんなもんなら、別にいい、なぁ、ときわ、わたしはいまからこいつを殺す、とめてみろ」


 ただ、ぽかぁんと呆ける結希。

 状況が理解出来てないのもあるが、そもそも急に先ほどまでにこやかだった人間に、一大陸の主に、殺すだのと言われて、ああ、殺される、と誰が思うだろう。ただの冗談だな、としか考えない。

 遊ぶように振り上げる木刀、柄を握る手に少し力を入れた、その瞬間。


《■闘熟■:■手(■級)》


 研ぎ澄まされた漆黒な槍のごとき殺意を身に受け、振り返ると同時。

 既に手元の木刀はどんな手品を使ったのか、弾き飛ばされていた。

 息つく間もなく、常葉の左手が喉笛を狙い、最短距離を射抜いていた。


「おどろいた」


 伸びてくる常葉の腕、その手首を右手で掴み、空になった左手で思いっきり突く。

 弾丸のごとくまたしても壁に突き刺さる常葉。口元からはたらりと血を流していた。

 

(……格の違う相手から、思いきり殴り抜かれたのに。インパクトの瞬間、受け止めるのは勿論顔を蹴ろうとするとか、なんだこいつ……それに、今のは……)


 握った拳をふわりと開き、どうやら上がった口角を戻せないらしく、むにむにと柔い頬を手で弄びながら、常葉を見る。

 彼も、ひたすらにこちらを見ていた。

 ぞくり、と駆け巡る電気。桔梗はまた笑う。


(今も、完全に殺す気だった)


 ぐらりと漂うように立ち上がる常葉。一歩退がり、壁にぺたりともたれ掛かる。

 大きく大きく息を吐くと深く眼を閉じる。


(違う、足りてない。これじゃ届かない。何かが、根本的に違う。見ろ、観ろ、視ろ、一挙手一投足見逃すな)

(……空気が、いや意識が変わったな)


 こくり、と無意識に喉を鳴らす桔梗。

 敢えて、待つ。

 常葉が次に動くまで、ゆるりと力を抜く。


 観察されているのを知りながら、その上で見せびらかすように佇む。


(練度の違いじゃあ、ない。肉体の違いじゃあ、ない。精神的なもの、きっと気とか、サイキックとか、そういう概念的な……いや、それすら硬いか。もっと柔らかく、世界が違うんだ)


 観察力。

 というより、識る力、識ろうとする力。

 見たもの、聞いたこと、知ったことを己の内で噛み砕き、外に出す力に、常葉は長けていた。

 敢えて纏めるなら、これでもかと突出した理解力。システムを紐解く力。

 それこそが自分の奥義だと常葉は強く信じている。現に今。


(もう、見えかけてるのか。いやまぁしこたま籠めて殴ったけど。開いてる、この世界の扉を)


 彼の眼には新たな世界が写りかけていた。


(靄……きっと、あれが今の俺とこの世界の決定的な差、今まで、こっちに来てからずっと抱いていた違和感。森の獣すら、当たり前に纏う技術、いやというより呼吸だとか、もっと日常寄りの概念)


 巡り、廻り、回る。

 一つ、また一つ。

 恐ろしくも美しい速度で真実に近付いていく。桔梗は好奇心旺盛な我が子を優しくあやす母のように、その時を待つ。


(どうすれば、あれを。なにが、足りていない、全員やってるんだ、俺にもできるはずだろ)


 分からない。

 解らない。

 理らない。

 知ろうとしているのに。

 届きそうに、ない。

 


 ほんの一瞬、思考がぴきり、と止まる。

 きっとそれはただの偶然で、思い返せば笑い話になるような、齟齬。混濁。

 それは。




『分かるか? なにもかもだ、この世を、ただひたすらに、全てを受け入れろ、そして塗り潰せ。お前は【黒】だ。何よりも【黒】だ。漆黒で、全てを呑み込む、冷たく、彩られない、無彩色、けれど』

『どんなものすら、受け入れるの。冷静に、誰よりも、どこまでも見据えて、暖かく。きっと清濁なんて関係ない、あなたが、変えていく』


 ずっと前に、何度も。聞いた。

 一回り上の、二人。己を磨き抜いた。

 最上の恩人。


 そして。





『……………』

『大丈夫よ、あなたなら、ね?』




 それは。

 もう二度と、見ることの出来ない。

 ずっとずっと、見たかった二人。


『ほら、あなたも』

『………あー、おまえは、おれの』


 


 カチリ。

 と、今度はちゃんと、聞こえた。

 きっとこれが、世界の音。

 

 手を伸ばせ!!!

 掴め!!!



 どくり、と、鳴った、その音は。


「こ、れ、かぁああああっっっ!!!!」


掴世道The awaker》†《Chain!!:先醒導》

《掴世道》†《Chain!!:虹を待つ人》


「う、お、おお、おおおおお!!!!!」


《COLORS:BLACK》


 叫ぶ、叫ぶ、声にならないその声を。

 張り上げる、沸き上がる、沸き上げる。

 喉の奥からどぷりどぷりと泉のように。

 いや、それは、もっと深く、もっと、体の、肉の、心の、もっと奥の奥の方から!!


「あぁあああぁっっ!!!」


 溢れる。

 開封前にこれでもかと、振動を加えた炭酸水のごとく。止まることを知らず。

 それは、オーラだの霊気だの、気だの、念だのと呼ぶにはあまりにもそこに在り過ぎて、現れすぎていて。


 その力は。

 『色』

 そしてその形質は



 常葉を中心に、空間一体を覆い尽くさんとする。

 黒い、ただ黒いそれはどうやら質量があるらしく。壁や地面を意思を持った獣のように、喰い散らかし喰い破っていく。

 飢えを凌ぐように削っていく。


「そうだ、それだ。ほら、どうにかしてみろ。おまえは、しゅじんこーなんだろう」


 結希の前に立ち塞がる桔梗。

 その獣の牙を、暴力のような質量を、毛先一本分すらその背に通すまい、と、強く、強く佇む。

 ただ信じ、ただ念じ。


(COLORS……魔力でも法力でも霊力でも念でも理力、チャクラ、練、気、輝力や晶術だなんてオリジンでなく。そんなところから、おまえは始まるんだな。つくづく、世界に干渉していくのか)


 オリジンとはその者の源泉。

 この世界ではありとあらゆる力が、当たり前のように、息をするように存在し混在している。

 魔術を使うなら魔力。

 治癒術を操るなら法力。

 霊能力があるなら霊力。

 といった具合に、地域や生まれ、系統や流派で数えきれないほど、それこそ人の数ほどに存在する。

 常葉に足りていなかったのは、その力。

 ただそれに尽き。どれほど戦闘経験が無かろうと、生まれてまもなくとも。

 この世界に生きる限り誰しもが必ず纏う力。

 ほんの一縷、纏っているだけでも、オリジンを持たぬものは傷を付ける事ができない。

 だから、ここで戦う為の力。

 少し書物でも読めば、運動神経があればそれすらも必要なく発現できるであろう基礎ポテンシャル。  

 戦闘熟練の初級すら、常葉は持つことができなかった。が。


(ぐ、うう。う、くそ、くそ。全くコントロールが効かねぇ。余裕はある、頭は動く、どうすれば、いい? これを、こいつが…! こいつを、当たり前に……!)


 ただひたすらに輝くその黒い海の中で、産まれたばかりの赤子のように、もがき、苦しむ。

 要は生命力、体力を際限なしに放出し続けている状態。

 どれだけ辛かろうが、奥から奥から、ダムが決壊したかのように止まることを知らない。


(……………? ちょっと、まて、流石にこいつは……いや、この純度で……やばいな)


 ふと、本当にふと、桔梗が疑問を抱き。脳で反芻しようとした、その瞬間。

 脇から結希が飛び出した。待て、と伸ばした手は空を切る。

 走る、走る。

 きっとその華奢な身には想像を絶する痛みを伴いながら。

 駆ける。真っ直ぐ、真っ直ぐに。

 すぐに常葉がその姿に気付く、が、それで抑えられるようならそもそも、という話。

 むしろ精神の揺れに呼応し、もう一段。それが激しくなる。

 結希を護るための防御体勢を展開していたそれを無理に解除したとはいえ、桔梗が一瞬よろけるくらいには。

 きっと聞こえていない君の声は、けれど走る、きみのもとへ。


「とき、わ、くんっ」


 その苦しそうな胸に飛び込む。


「ほら、一緒に」


 白く透き通った指を、流れるように常葉の指に絡めて。


「大丈夫だよ」


 ぱしゅん。と。


 嘘のように太陽のごとく輝いた黒燿は消え失せて。

 きっと今日一番驚いたような顔をした桔梗、瞬きする間に表情を戻し、優しく笑う。


「なるほどな、今は二人で、ってことか」


 へたり、と座り込む二人を見る視界が、何故か少しだけ潤むのを感じながら。


 桔梗はもう一度だけ優しく笑った。

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